ペリドット鉱山
宿で食事を摂ると、最後にラリマーは所長となにやら話してから、デュモルチェライトを後にする。
路線に沿って車が走ること、一刻。だんだんと辺りは霧が濃くなり、森の木々と崖の区別が付きにくくなってきた。
「ここから先は、本当にクリスタルの地図と路線頼りだよねえ。なーんにも見えないから」
ジャスパーがそう軽口を叩きながら車を走らせていく。ときおり昇る蒸気は霧に溶けて見えなくなる。
それらを見ながら、カルサイトもまたジャケットの中に手を突っ込む。
「こーうも見えないってのは厄介だなあ。そろそろ仕掛けてくるかなと思ったんだけど」
「帝国機関はあれでも効率主義だ。闇雲に待ち構えたりはしない。仕留められるという場所でのみ罠を張るのだから」
「だよなあー、サンストーンとかでもそうだったし」
カルサイトとトリフェーンのやり取りを聞きながら、シトリンはおずおずとワンピース越しに胸元に触れていた。いつもいつも、彼女の胸元に生えた賢者の石は、危険を教えてくれた。胸元のそれは、彼女に痛みを与えていない。
「……あのう、大丈夫だと思います。多分、ですけど」
「ああ……シトリン、今は賢者の石のせいで、痛くはないんだな?」
「はい。今はちっとも。何故かわからないですけど、痛くないってことは、そこまで悪いことはないんだと思います」
シトリンがそう言って、胸元に触れると、カルサイトは心配そうな顔で目を細めた。
「なんでか知らねえけど、その賢者の石が反応しないからって、あんまり過信するなよ。そもそもそれ、全然理屈がわからないんだからな」
「ありがとうございます、カルサイトさん。でも、本当にときどき痛む以外は、全然なんにもないので」
シトリンがおっとりとそう言うと、トリフェーンは銃に弾を込めながら怪訝な顔をしてみせた。
「いったいどういう理屈だ? 彼女のは」
「ルビアさんも出立前におっしゃってました。本当は賢者の石はなにも悪くはないんだって。悪いのは、タイミングとか拒絶反応とかそんなので……だから、多分私は運がいいんだと思います」
「ふーん、賢者の石が幸運のお守り、なあ……まあ、守護石なんだから、本来だったら皆幸運のお守りだったんだろうに」
「そうかもしれませんねえ」
車はガンガンと揺れ、少しずつ坂を登っていく。路線通りに進めていかなかったら、少しでも道が逸れてしまったら、山肌が荒れ過ぎて車輪を替えてもなお、車で昇り詰めるのは困難であろう。
しかし、残りふたつのクリスタルを破壊したら、すぐにサンストーンにまで戻らないといけないのだから、車を乗り捨てると時間ロスをしてしまうために、慎重に慎重を重ねた速さでも、車を置いていくことは難しかった。どっちみち、人の足や馬車よりは速いことには変わりないのだから。
やがて、ペリドット鉱山の竪穴のひとつにまで辿り着いた。今はこの穴は放棄されているのか、風が通っている音だけが聞こえている。
「鉱山で、今でも路線が張り巡らされてるのに。ここだけ全然人の気配がないよね」
車を停めながら、濃霧に目を細めつつ、ジャスパーが言う。ラリマーは辺りを見回した。
「今は宝石よりも鉄のほうを帝国機関も欲していますからね。この辺りは隣国への輸出品としては使えても、産業のほうにはなかなか使えませんから。もう少し落ち着いたら、再びこの辺りも人が賑わうと思いますよ。それに、濃霧が晴れる季節でなかったら、着くことはできても戻ることも叶いませんから」
「たしかに。これだけ神経使って運転することなんてないもんねえ」
そう言ってジャスパーは肩を大きく音を立てて回した。シトリンもちらりと山肌を見る。
霧のおかげでうすらぼんやりとはしているが、こんな荒れた山肌に落ちたら、死んでしまうだろうということだけは想像でき、ヒュンと身を震わせた。
カルサイトは手で銃を弄りながら、辺りを見回す。
「しっかし……こんな産業になるようなとこに教会の潜伏先なんか置いてたら、普通は見つかって追い出されないか? それか掘り出し物だと思われて持っていかれてたら、帝国のどこに売り飛ばされたのかなんてわかんねえぞ?」
「でもさあ、一応クリスタルは反応してるってことは、ここにあるんじゃないの? シトリンの会った人を信じるんだったら、そうなんだと思うけど」
「まあなあ……でも、シトリンの出会った人も、まさかデュモルチェライトで自分の置いてったクリスタルが望遠鏡のレンズに使われるなんて思ってもいなかったと思うぞ」
カルサイトはそう言いながら、竪穴を見やる。そして、深く溜息をついた。
「まっ、ガタガタ言ってても駄目だわな。とりあえず行ってみるか」
皆、それぞれ手持ちにヒカリゴケの入ったランプを持ち、進んでいった。
だんだんと穴が狭くなってきて、大柄な人間では通れなくなってきた。
「……すまん、これより先は行けないみたいなんだが」
トリフェーンが穴を見る。一番武器を持ち、背も肩幅もある彼では、たしかに通れなさそうだ。それに、カルサイトもやや厳しい。細いし肩幅もないが、身長のせいでそろそろラリマーも難しそうだ。
「えー、でもカルさんの守護石を強化しないと駄目なんでしょ? おれやシトリンが守護石持って行って強化なんてできるの?」
ここから先は、たしかに背丈も肩幅もないジャスパーやシトリンしか通れそうもないが。ジャスパーの声に、カルサイトも「そこなんだよなあ……」とガリガリと頭を引っ掻く。
「そもそも、守護石を強化しないと駄目なのに、俺が代わりにふたりに頼んで、大丈夫なのか? 特にジャスパーは幻想病だろ。それで症状が悪化したら。その辺り、錬金術師としての見解はどうだよ?」
話を振られ、ラリマーは「そうですね……」と顎に手を当てる。山の空気の薄くなっている場所で、軍手だけならいざ知らず、マスクまでしたら呼吸困難になってしまうかもしれない。
しかし。ラリマーはシトリンを見る。シトリンはきょとんとした顔で、金色のおさげを揺らした。
「あのう、ラリマーさん?」
「……おそらく、症状は悪化しないとは思います。ただ念のため今日の分の処方薬を飲んでから行きなさい」
「ふーん。まあ、たしかにクリスタルを破壊しているときだけは、そこまで症状悪くないから、まあ大丈夫かなあ。じゃあ薬飲んだら、シトリン一緒に行こうー」
「は、はい」
たしかに、他の賢者の石に触れているときは、ジャスパーも咳からゲホゲホと石を出して痛そうだが、クリスタルを破壊しているときは、そこまで症状が悪くはない。
ジャスパーはつなぎに入れているピルケースから薬を取り出すと、それを水筒の水で飲み干した。
カルサイトは自分のブレスレットを差し出す。
「これ。ぜっっっったいに無くすなよ。これ無くしたら、なにもかもがおじゃんになるんだからな」
「わかってるよー、子供のお使いじゃないんだから。それにおれ、カルさんほどそそっかしくもないってば」
「お前も言うようになったな」
適当にジャスパーを小突いてから、カルサイトはシトリンの頭をポン、と撫でた。
「今回は一緒に行ってやれねえけど、危ないって思ったら、守護石の強化よりも先に逃げろよ」
「大丈夫ですよ。ちょっと行って戻ってくるだけですから」
「ほら、お前。なんか知らないけど賢者の石のおかげで油断してるから」
そう注意され、シトリンは髪を揺らしながら、「大丈夫ですよ」ともう一度言ってから、ジャスパーと共に穴の向こうを潜り抜けていった。
「大丈夫ですよ。すぐに戻りますから!」
それだけ言い残して、ふたりで穴を通って行った。
トリフェーンは目を細めて、カルサイトを見た。
「……さすがに彼女を侮り過ぎではないか? たしかに、彼女は一般人ではあるが」
「そりゃそうなんだけどさあ。なあんだろ」
カルサイトは不貞腐れた顔で、手を顔に当てた。
「慢心は、命とりだろうが。一般人だったら余計に」
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