猶予期間と作戦会議
シトリンとカルサイトは、クリスタルを砕いたあと、皆で地図を確認する。
残るところ、あとふたつ。
「次の場所もまた、難しい場所になりますが……早ければあと二週間でサンストーンまで戻って、結界の修復ができるかと思います」
ラリマーがそう言う。
今までは町中にクリスタルがあったが、残りの場所は、どれもこれも民家からは遠い場所になっている。
「というか、今までのクリスタルって、なんで民家の近くにあったんだろうね。これくらい離れてくれたほうが楽に壊しに行けたのに」
「それこそ、民家というより、教会の目が届く場所っていうのが絶対条件だったんじゃねえの? ルビアみたいに神殿文字が読める人間ばかりじゃねえしなあ。今でこそ教会の活動は普通に認知されるようになったけれど、大昔は教会の布教活動は全面禁止どころか国外追放されてたしなあ」
ジャスパーとカルサイトのやり取りに、シトリンはなるほどと思う。彼女自身も信仰心は薄いが、その信仰心がなかったら、クリスタルだってデュモルチェライトの所長のように透明度の高いレンズくらいにしか思わないから持って行ってしまうことだってあるだろう。
次の場所を見て、カルサイトは腕を組む。
「次は鉱山だなあ……貴族ご用達の宝石用の」
「ここは路線に沿って走れば、なにも問題なく到着するかと思いますが、問題は」
「最後のクリスタルの場所、だなあ」
カルサイトとトリフェーンが腕を組んでいるのに、シトリンは思わず縮こまる。
ふたりがピリピリしているときは、大概戦いが絡んでいるときだ。
何故か帝国錬金機関が、ロードナイト以降音沙汰がないのだから。能天気なシトリンだが、ロードナイト以前にさんざん帝国機関に追いかけ回された記憶は鮮明に覚えている。さすがにこれだけ放置されていると、なにかあるんじゃないかと勘繰りたくなる気持ちだってわかる。
最後のクリスタルの場所は、ペリドット鉱山より北上したオブシディアン洞窟。そこでクリスタル破壊は完了するが。
カルサイトが指を折る。
「洞窟っていうのが引っかかるんだよな……こんなところで帝国機関に襲撃かけられたら、逃げ場所なんてねえ。全滅は免れないんだよな」
「あのう……だったらここに先に向かって、最後にペリドット鉱山に向かうというのは無理なんでしょうか……?」
シトリンがおずおずと言ってみると、ラリマーが顔をしかめて首を振る。
「本来ならそれが妥当ですが……今回は旅を急がなければなりません。クリスタルの回収を優先させたほうがいいでしょう」
「路線の関係上、ペリドット鉱山を通過しないことにはオブシディアン洞窟には入れないんだよなあ……でも洞窟に入って最後のクリスタル破壊直後に襲撃されるってことは、可能性としてありえる」
カルサイトはちらっとトリフェーンを見る。
トリフェーンもまた、腕を組んで頷く。
「正直、武装も人数も、帝国機関が本気を出したら俺たちだと太刀打ちできない。オブシティアン洞窟に入ってクリスタルを確保したあとに、即離脱しなかったら詰む」
「それ、ものすっごく困らない? 帝都にいるルビアさんとか大丈夫なのかなあ」
ジャスパーが頭を抱えている中、シトリンも考え込む。
正直、帝国機関。特に帝国錬金機関が考えていることが全く読めないのだから困る。
だが、攻めてくるとなったら、どう考えてもオブシディアン洞窟だ。一方通行でしか突き進むことができない以上、考えないといけないが。
そこまで考えて、ふと気付く。
「あのう……教会って、昔は帝国全土で禁止だったんですよね?」
「おう。つい最近だしなあ、教会の活動が認知されるようになったのは。それまではものすっごく隠れてやっていたから」
「それなんですけど……どうして洞窟が教会の目が届く場所だったんでしょうか?」
シトリンが言ってみる。小さい頃に廃止されてしまった教会くらいしか知らないが、近所にあるんだったら行くが、遠くまで行くほど彼女は信心深くはない。
だが、教会が禁止されていた時代だった場合は、もっと勝手が違うのではないだろうか。
そこでラリマーは、はっと顔を上げる。
「……教会信者の潜伏先。その手の場所でしたら、帝国からの逃走経路も確保されているかもしれません。ルビアさんに連絡を取りましょう。ただ、彼女を直接巻き込んではいけませんね」
「どうするんですか?」
「少し考えます。皆さんは、引き続きクリスタル確保の方法を模索してください」
そのまま急いでラリマーは電話をしに向かった。
残された皆は、顔を見合わせる。
「……ラリマーさん、なあんか隠してない? 普段だったらもっと石橋を叩いて渡るタイプなのに、焦ってる」
ジャスパーが目を細めて、ラリマーの去っていったドアの方角を見やる。
それにトリフェーンは腕を組む。
「帝国機関の動向が読めないのは事実だがな。それに、そもそも結界の修復まで残り猶予がどれだけ残されているのかも定かではないからな」
「まあ、たしかに。でもなあ……」
カルサイトは言う。
「俺だったら、オブシディアン洞窟以外に、もう一か所仕掛ける場所を考えるんだけど。そっち対策はどうするよ」
「もう一か所ですか?」
キョトンとするシトリンに対して、カルサイトは地図をトン。と叩いた。シトリンは目を見開く。
「それって……ものすっごく困るじゃないですか……」
「だよなあ。あー、本当に皇帝が味方だったら、もっと俺たちは堂々とクリスタル破壊ができるんだけど」
戦えるのはカルサイトとトリフェーンだけ。
作戦立案はラリマーが担い、車の運転や蒸気機関の扱いはジャスパーが担っている。
シトリンはただ、ここにいるだけでなんの役にも立っていない。ただ。
彼女はいるだけで意味がある。そのことにまだ、ラリマー以外は気付いていない。
****
「……事情はわかりました。すぐに地図を出してください」
ルビアは淡々とラリマーに地図で説明をする。
帝国工業機関が最近、帝国全土に集音機を仕掛けたという厄介なことをしてくれたことは、帝国内で賢者の石を回収して回っている暁の明星段の構成員たちや、教会にたびたびやってくる里親からの情報で、既にルビアの耳にも入っていた。
ラリマーもおそらく感づいているのだろう。ふたりでさんざん地図に引かれている数字を元に神殿文字による暗号を伝えて、教会の潜伏先の脱出通路の説明をした。
最後にルビアは尋ねる。
「それで、皆さんは元気ですか? カルくんは定期的に連絡をくれるので安心していますが、特にシトリンさんを心配しています。車での旅なんて、なかなか寝付きにくいでしょから」
「ええ。大丈夫ですよ。彼女にも充分休息を取ってもらっていますから。ただ、彼女がまだ気付いていない賢者の石のことについては、考え込んでしまっていますね」
「そうですか……やっぱり象徴の力が育ちつつあるんですね」
「……ええ?」
ラリマーの言葉に、ルビアはやんわりと「なんでもありません」と答えた。
「それでは、そろそろ集音も心配でしょうから、この辺で」
「ええ……本当になにからなにまでありがとうございます。ルビアさんも、どうか気を付けて」
「ありがとうございます。皆さんも、どうか主と守護石のご加護がありますように」
電話を切ってから、ルビアはほっと息を吐いた。
大昔、魔科学を司った力は、それぞれの守護石により異なる力を持った魔法である。それらは守護石を象徴した力ということで、象徴の力と呼ばれていた。
そしてそれらは、大まかに分かれて、三つの力が存在したとされている。
ひとつ、自ら行使する力。魔科学で使われた力は、ほとんどこれに該当する。
ひとつ、誰かに害されたときのみ反応する力。
そして最後のひとつ。誰かと一緒にいなかったら意味をなさない力。
下のふたつに至っては、傍から発見することが難しく、魔科学の研究者が検査を行わなかったら見つけることも困難だったとされている。
帝国錬金機関には、いったいどれだけ象徴の力に関する知識があるのかはルビアも不明だが、シトリンが無意識の内に行使している力は、下のふたつのいずれかのはずだ。
「どうか……どうか、旅する者に、主と守護石のご加護がありますように」
その象徴の力が、必ずしも持ち主を守るために作用しないということも、ルビアは知識としてはわかってはいるが。
それでも、正しい行いをしているものを、正しく守ってくれるようにと祈ってなにが悪いというのか。
ルビアは、皆の無事に祈りを捧げる以外、帝都からできることはなかったのだ。
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