帝国錬金機関・2

 ファイブロライトは両手をピン、と左右に広げて、目を閉じていた。

 漂白された髪が揺れる。

 帝国諜報機関のために帝国工業機関がつくった集音器はまだ不安定で、人体を通ってしか、音を拾い集めることはできない。

 帝国工業機関が回った都市の音を拾い集めるそれは、デュモルチェライトの天文台にも備え付けられている。

 近くには大きな飛行艇。そんなものは、帝国機関でしか使うことはできない。

 空は未だに、帝国民のものとは程遠く、帝国機関しか自由に行き来することはかなわない。


「ファイブロライト、彼らは無事にデュモルチェライトのクリスタルを手に入れたかい?」

「……ラリマー・モルガナイト、カーネリアン・アゲートと接触のち、天体観測にて結界のほつれを観測。後にクリスタルを獲得」

「ああ、やっぱり先生は気付いちゃったんだ。こっちの目的に。それで、シトリン・アイオライトはまさかデュモルチェライトに置いていくなんてことはしないよね?」


 ファイブロライトは手を広げて、集音器の音を拾い集める。彼の体を音が通っていき、鼓膜がぶわりと広がる。


「シトリン・アイオライト、カルサイト・ジルコンと共にクリスタルの破壊を確認。このまま旅を継続」

「あはっ、よかったぁ……彼女がいないと駄目だったんだよねえ……」

「マスター、質問はいいか」


 ファイブロライトの抑揚のない声の質問を、ジェードは楽し気に尋ねる。


「今、ぼくはずいぶん機嫌がいいんだ。なんでも答えてあげてもいいよー」

「ラリマー・モルガナイトとカーネリアン・アゲートは、明らかに会話を省略していた。既に集音は気付かれているのではないか?」

「ああ、それ。先生は用心深いからね。肝心な部分は確証が持てるまで黙っているだろうし、カーネリアンとも推測は筆談で済ませただろうさ。だから、この辺りは集音に意味がないね」

「マスターがシトリン・アイオライトにこだわる理由は? シトリン・アイオライトは、ファイブロライトにも運べる程度に軽く、軟弱。知識が長けている訳でもなく、なにか特化した力も持っていない、普通の人間」

「あはははは……ぼくよりもファイブロライトのほうが、シトリン・アイオライトに対して執着してるんじゃないかなあ? うーん、ホムンクルスに心が宿るかどうかっていうのは、ぼくの研究対象ではないんだけどなあ……」

「マスター?」

「あははは、ごめんごめん。質問に答えるね。元々、蒸気機関はこのまんまだと、どん詰まりなんだよねえ。蒸気機関のおかげで、大昔の魔科学の再現はずいぶんとできるようになったけれど、もう各地で燃料にしている石炭は枯渇しつつある。錬金術師の今一番の急務は、石炭の代替燃料の開発なのさ。ここまではわかるかな?」

「……燃料不足は理解した。しかし、シトリン・アイオライトとの関係がまだ不明瞭」

「あはは、ごめんごめん。結論だけ言っても意味がわからないから、どうしても説明が長くなってしまうのさ。で、続き。そんな中、賢者の石が発見されて、錬金術も発展していった。でも賢者の石の使用により、この世界には結界が存在し、その結界のほつれからの恩恵を受けているに過ぎないということが発覚した。先生たちは現在進行形で、世界中から幻想病で苦しむ人たちを救うために、結界を修復しようとしているっていうのは、君も知っている話だったね? で、本題。帝国錬金機関としてみれば、これはチャンスなんだよねえ」

「チャンス?」

「ああ。チャンスさ。聖書の登場人物がどう思っているのかは知らないけれど、帝国機関の人間からは、自分たちの研究と国の繁栄を両立できるチャンスだと思ったのさ。そして、トリフェーンの殺しかけた女の子のおかげで、さらに運がぼくたちに転がり込んできたって訳さ。その運命の少女こそが、シトリンさ」

「そのチャンスのために、シトリン・アイオライトが必要」

「ああ、そうさ」


 ジェードはニタリ……と笑った。

 普段はハニーフェイスの彼の顔が歪む。

 抑揚のない顔のまま、ファイブロライトは押し黙った。

 本来、帝国機関は帝国の繁栄、皇帝の栄光のために行動しているものだが、ジェード含め帝国錬金機関は違う意思で動いているように思える。

 ホムンクルスはつくられた命ではあるが、マスターとも、モデルとも、宿している守護石も命も感情も異なる。

 何度か抱えたことのある、あの小柄な少女のことが頭に浮かんだ。

 金髪の二本の三つ編み。エメラルドグリーンの瞳はいつも困り果てた色を浮かべている。ワンピースにエプロンを巻いた姿は農村に住まう少女そのものである。

 ジェードの言い方であるならば、なんの面白みもない、なんの特技も特徴も見いだせない少女である。そして彼女を「物」として欲しているマスターの意向に、彼はホムンクルスである以上従わなければいけない。

 そこになにか違和感を覚える。

 ファイブロライトは考える。マスターの命令はシンプルだ。

 シトリン・アイオライトの確保。ただしそれは最後のクリスタルを獲得、破壊した末。

 ただそれを彼はむず痒く思った。

 その違和感の正体を、ファイブロライトは知らない。

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