天文台への訪問
皆で賢者の石をひとつひとつ検分していくが、クリスタルの守護石ほど透明度が高くて大きな石は、なかなか見つけられなかった。
「これだけあんのに、どうしてひとつくらいいいのが見つからないのかねっ」
カルサイトはガリガリと頭を引っ掻くと、マスクをしてゲホゲホと咳をしているジャスパーが「そりゃそうだよー」と声を上げる。
「これって人の体の中から出てきたり、吐き出したものじゃない。そんな大きな欠片が喉から出てきたら危ないでしょ。生えてきたら、そんなのでショック死しちゃうし。元々はこれ、守護対象を守ろうとしての行動なんだから、生かさず殺さずが鉄則でしょ」
幻想病で検分作業中ひたすら咳が止まらないジャスパーの実感のこもった突っ込みに、カルサイトはグーの音も出ない。
シトリンも何個か賢者の石を手に取って見てみるが、やはり望遠鏡のレンズになりそうなほどのものではないように思う。だが、あのクリスタルを壊して力を得ないことには、結界の修復はかなわない。幻想病がこれ以上広まってしまったら……日常生活なんて送れなくなってしまうし、きっとどこかで文明が止まってしまう。
ラリマーに診てもらうまでのアンバーの光景を思い浮かべながら、シトリンは必死にレンズに使えそうな石を探して、手を取っている中。
急にシトリンの胸の賢者の石が、彼女に痛みを訴えた。
「いった……! な、なに……?」
彼女の悲鳴に、ラリマーは検分の作業を止めて、彼女の顔を見る。
「シトリンさん、大丈夫ですか? これは、拒否反応で?」
「た、多分そうだと思うんですけど……なんだか違うんです」
「違う?」
「ええっと……上手く説明できないんですけど、私がレンズになりそうな石を探していたら、急に痛み出して……」
今まで、危険が近付いてきたときは急にシトリンに危険を知らせるように痛んだ賢者の石だったが、今の反応はなにかが違った。
具体的には、賢者の石がなにかを教えるように彼女に痛みを与えているように思えたのだ。シトリンがおろおろして、痛みが訴える方向に手を伸ばし、賢者の石の入ったバケツに手を突っ込んだ。石の痛みがもっともひどくなったものに触れて引っ張り出すと、ずいぶんと大きな塊が出てきた。
「あ、あれ……? 賢者の石って、こんなに大きいものでしたっけ……?」
どう見てもそれは、人の体から出てきたものにしては大き過ぎる。デコボコしているし、いろんな色の賢者の石が癒着してしまっているように見える。
それにジャスパーはゲホゲホと咳をしながら答える。
「ゲホッ……それ多分、列車の近くに置いておいて固まっちゃった奴だと思う」
「ええ?」
「たまに賢者の石の中でもあるんだよ、熱をちょっと加えただけで溶けちゃう奴がさあ……でもこんな塊、クリスタルの代わりには……」
「いえ、使えるかもしれません」
ラリマーは手持ちのルーペで、シトリンの持っている賢者の石の塊を見る。
熱に弱くて癒着してしまったそれは、それぞれの賢者の石が混ざり合った結果、本来の性質と変わっている。
「……ずいぶんと、運がいい話ですね。透明度は申し分ありません。ただこのままでは使えませんので、研磨する必要はありますが、これくらいの大きさだったら、交渉の余地はあると思います」
「じゃ、じゃあ……!」
シトリンがぱぁーっと表情を明るくさせると、ラリマーは頷く。
「これでクリスタルと交換できるかもしれません。あの天文台の錬金術師が許してくれれば、ですが」
「やったじゃねえか、シトリン。さっさと天文台に行こうぜ」
「は、はい……!」
皆で賢者の石をバケツに戻すと、交渉用の石を持って、天文台へと向かうことにした。
ひとり、戸締りをしていたラリマーは、顎に手を当てて考え込んでいた。
「……いくらなんでも、出来過ぎでは?」
たしかに賢者の石同士がくっついて塊になる例は、暁の明星団で帝国各地から賢者の石を回収していた際にあった。だがほとんどは、本来あったはずの透明度が失われ、ただ処分に困っただけの代物であった。
それが、シトリンが痛みと共にバケツを漁った途端、透明度の高い癒着した賢者の石が出てきた。たしかに皆で探していたらいつかはバケツの中からそんな石を探し出せたかもしれないが、あれはシトリンが引っ張り出さなかったら誰もが「これは無理だろう」と見過ごしていたようなものだった。
シトリンは農村に住むただの娘のはずである。「運が悪く」銃撃戦に巻き込まれ、「運が悪く」賢者の石を胸に生やしてしまった、帝都に住む者よりも純朴で、知識に欠けている農民の少女。
帝国錬金機関は、何故か執拗に彼女を追い掛け回していたが、こちらが結界の修復のために行動を起こしたら、途端に今までの行動から真逆に、何故か守護石の強化を手伝うような素振りまで見せてくる。
シトリンと帝国の上層部がなにかしら繋がっているのか? その可能性はすぐに否定する。彼女は田舎者らしく、帝都のなにもかもの区別がついていなかった。そもそも彼女は帝都の路線のことについてなにひとつわかっていなかったのだから、彼女が帝国の上層部と繋がっている線はなしだ。
帝国錬金機関にとって、彼女は利益があると考えるとすると。可能性があるとすれば彼女の賢者の石の存在だが、そもそも暁の明星団は、蒸気機関を使っている人間がよだれを垂らすほどの量の賢者の石を使っていないだけで所持しているのだ。彼女ひとりを狙うよりも、暁の明星団そのものを狙ったほうが早いが、それもしていない。
だとしたら、彼女の賢者の石を欲しているということになるが。
そこで思考は停止してしまう。残念ながら、ラリマーは賢者の石自身の知識についてはそこまで深くはない。賢者の石の区別自体が、そこまで付かないのだ。
この辺りはルビア経由で調べ直したほうがいい。それだけ思いながら、皆を追いかけるようにして、宿を後にした。
****
天文台の入口へと向かうと、「なにか御用でしょうか?」とケープを着た人に声をかけられた。受付をしているのも錬金術師らしい。
「すみません、ここの責任者とお話をしたいんですが。自分たちは賢者の石の研究をしている者でして」
ラリマーがそう答えると、受付の人は困惑したように一行の様子を見た。
基本的に錬金術師らしい格好をしているのがひとりな上に、助手というには納得のいかないいかつい面子が見えるのだから、普通はなんの集団だろうと思うだろう。
それにカルサイトは笑顔で調子を合わせる。
「自分たちは、帝国各地を歩き回るフィールドワークを主体にしておりまして。それで、責任者の方は?」
「はい……少々お待ちくださいませ」
前にトリフェーンが指摘したとおり、専門知識は深くとも、分野違いなことにはとことん疎いのが学者の性分だ。フィールドワークと言われてしまったら、それ以上のことは突っ込めない。
受付は納得したようなわからないような顔をしながら、内線で連絡を取ってくれた。しばらくしてから、受付の錬金術師が顔を出した。
「お待たせしました。所長の面会許可が出ましたので、最上階の展望室へどうぞ。そちらのエレベーターをお使いくださいませ」
それに全員は上を見上げた。
螺旋階段がどこまでもどこまでも続いている中、その真ん中に手動式のエレベーターが存在してる。皆でそのエレベーターに乗り込んで最上階に着く。
展望室を探して、ぐるりと最上階を回ったところで、それらしいプレートのある部屋に辿り着いた。
「所長、やはりこの数式では再現するのは難しいのでは……」
「いや、この数式に更に解を加えれば……!」
なにやらバタバタしている。
そして、足を踏み入れた先を見て、絶句した。
大きな望遠鏡は、考えていたものよりもよっぽど大きい。そして床。本来なら磨き抜かれているだろうそれは、紙で覆われて下が見えない。そしてどの紙にも数式が書き込まれている。
拾ったほうがいいんだろうかと、シトリンはしゃがんで取ろうとしたとき。
「僕の計算に触れないでくれたまえ!」
いきなりピシャリと言われて、シトリンは思わず手を引っ込める。
白いケープを着た男性は、日焼けすることなく白い顔をし、オレンジ色の髪にはひどくうねった癖を付け、キリッとした表情をしているが……目の下には心配するほど落ちくぼんだ隈が見える。
「あ、あのう……お話に来たんですが……」
「今晩の観測までには時間がないんだよっ! いったいなんだいうちの受付がうっかり通してしまうから……! 終わったら用件はいくらでも聞くから、端で大人しくしていたまえ!」
そのまま神経質な怒声を浴びせられたかと思ったら、彼は助手らしき人と一緒に再び紙束と格闘しはじめてしまった。
シトリンは助けを求めるように皆の顔を見る。
「……なんというか、錬金術師ってどうしてこうも治癒院の人以外は人の話を聞かねえんだ……?」
「……治癒院の錬金術師は、人の話を聞かなければ治療はできん。他の連中は己としか対話してないからだろ」
呆れた声を上げるカルサイトとトリフェーンの会話が、耳に入った。
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