哲学者と天文台
ジャスパーは車を停め、村の入り口の端へと寄せる。皆で車を降りると、デュモルチェライトへと入っていった。
高層建築物がなんなのかがわからず、皆で見上げる。
「なんだ、これ……? こんなもん建ててアミューズメント施設として人寄せしたい訳でもないだろうに」
カルサイトの悪態に、トリフェーンが呟く。
「……観測、だろうな。おそらくは」
「観測って」
「錬金術師は元をたどれば学者だし、ラリマーも言っていただろうが。全ては哲学に繋がると。やっているのは、おそらくは結界の観測だろう」
「結界の観測って……! ここの連中、神殿文字の解析を……」
カルサイトはちらりとシトリンを見る。
シトリンは困った顔で、ワンピース越しに胸に手を当て、賢者の石に触れていた。
「悪意は……ないみたいなんですけど。帝国錬金機関の人たちに会ったときみたいな、痛みはないです」
「そっか。まあ、シトリンも痛みがあったらすぐに言えよ。それで……次のクリスタルだが」
「ええ」
ラリマーはクリスタルの地図を見て、紙の地図と照らし合わせる。そこから出てきた場所は、どう見てもこの高層建築物なのだ。
「……どうも、次のクリスタルがあるのはここみたいなんですが」
「おいおい……やっぱりここの錬金術師に持っていかれていたのかよ。どうするよ?」
カルサイトが苦虫を噛み潰したような顔をすると、トリフェーンは「ふん」と鼻息を立てた。
「交渉するしかないだろう。この建築物の所有者と。どっちみち、この建築物は帝国機関はなんら関わってはいないから、帝国錬金機関と既に組んでいないか祈るしかないだろうな」
それらを聞き、シトリンは顔を青褪めさせた。
ただでさえ暁の明星団はテロリスト集団として帝国機関から目を付けられているのだ。ここで強盗騒ぎなんて起こしたら、今度こそ帝国近衛騎士団が送られてくるだろうし……帝国諜報機関のトリフェーンに迷惑がかかるだろう。
「が、頑張りましょう……!」
シトリンの素っ頓狂な言葉に、皆の視線が一斉に向き、彼女はあわあわとさせた。それで空気が抜けたのか、カルサイトがぽんぽんと彼女の頭を撫でた。
「まっ、どっちみち宿を取ってから、ここの建築物の所有者のことを調べるか」
「そうだねえ、あんまり頭の固い人じゃないといいよねえ」
カルサイトとジャスパーの言葉にほっとしながらも、シトリンは皆と一緒に宿へと向かった。
宿には人が集まるし、その分情報も集まる。聞き込みをするにしても、まずはさりげなく集めるところからはじめなければ、目立ち過ぎるのだ。
****
デュモルチェライトの宿は閑散としている。店主もやる気なさげにあくびばかりをするし、借りられた部屋のシーツは変な匂いがするし、ベッドに至っては一部は壊れているのでソファーに布団を持ってきて寝るしかないありさまであった。
「あのう……ここってこんなにやる気がなくって、いいんでしょうか……?」
シトリンは使えるベッドを譲られたものの、寝ているときに壊れないだろうかと思うと、怖くて眠れるか心配で、布団を被らずに布団の上で寝るしかないだろうなと彼女は思いながら言う。
同室になったラリマーがあっさりと言う。
「ここは年に二回の学会以外はまず人が集まりませんからねえ。この宿もその時期にならない限りはやる気がないかと思います。その年に二回で一年分の収益を得ている村ですから」
「学会って……錬金術師の、ですか……?」
「はい。すみませんね、シトリンさん。あなたには何度も怖い思いをさせてしまったせいで、錬金術師を相当怖いものだと思わせてしまいましたが、帝国錬金機関みたいな人間ばかりではないんですよ、本当は……トリフェーンくんはどうしても帝国錬金機関の人間と接触するせいで、悪く思いがちですが」
「ええっと……」
そうは言われても。とシトリンは思う。
たしかに幻想病の元凶は帝国錬金機関が賢者の石をばら撒いたせいで引き起こされたものだ。最初は新しい燃料のつもりだったのだろうが、もう今では幻想病を元に結界の場所を特定しようとしているだけで、迷惑極まりないものだ。でも。
アンバーで苦しんでいる幻想病の皆を助けてくれたのは、間違いなく錬金術師のラリマーであった。たしかに帝国期間は怖いが、錬金術師全てが怖いとは、彼女には思えなかったし思いたくはなかった。
「あのう、私のことはそこまで気にしないでください。たしかに、帝国機関は苦手ですが、ラリマーさんもトリフェーンさんもいい人です。全員が全員、怖い人とは思っていませんから」
シトリンが手をブンブンブンと振りながらそう答えると、ラリマーは困ったように目尻を下げて笑った。
「ありがとうございます。あなたを励ますつもりが、逆に励まされましたね」
「いえ……もうカルサイトさんやジャスパーくんは、宿の人から話を聞けたでしょうか」
そう話を変えようとしたとき、ドアがコンコンと鳴らされた。
「俺だ、ラリマー」
カルサイトの声に、ラリマーがドアを開ける。
「なにかわかりましたか?」
「うーん、あの宿の店主はあんまり情報持ってなかったけど、働いてる奴捕まえてちょっと話を聞いてきた」
ドアを閉めながら、カルサイトとジャスパー、トリフェーンが入ってきたので、とりあえずシトリンも立ち上がって話を聞いた。
「それで、あの高層建築物はなんだったんですか?」
「あれは天文台だってさ。大昔は星を見て、それで暦や天気を観測していたのが、年々増築工事をして、最終的にああなったのだと。そういえば、ラリマーはここに来たことあったのか?」
「自分は元々学会の発表とはほとんど無縁でしたから、論文をここ宛に送っていた程度ですよ。天体観測を行っていたのは知っていましたが、ここまで大掛かりな建物ではなかったはずなんですが」
「ふーん。だとしたら、やっぱりトリフェーンの言った通り結界の観測でもしてんのかねえ……」
ふたりの話を聞きながら、シトリンはおずおずと口を挟む。
「あのう……だとしたら、クリスタルを持って行った人は、誰なんでしょうか?」
「それなんだけど、ちょっと想定外なことになっててなあ……あの天文台の持ち主、望遠鏡のレンズに今までにないものを見つけたって、発掘した際にレンズにはめ込んでしまったんだと。あれが過去の遺産と気付かず、クリスタルをレンズとして研磨してしまったんだと」
「ええ…………?」
シトリンは困惑の声を上げてしまった。
てっきり、結界のことで魔科学がどうのこうのと調べているのかとばかり思っていたが、こんなことでクリスタルを持っていかれたとは思ってもみなかった。
たしかに今まで見たクリスタルも、何百年前のものとは思えないほど、研磨する必要もないくらいにきらめいていたが、それを望遠鏡にはめ込まれてしまっては困る。ものすごく困る。
トリフェーンが苦々しい顔で言う。
「学者連中は、基本的に自分の分野以外には疎い。おそらくその錬金術師は魔科学にはひとかけらも興味がないんだろうが……望遠鏡のレンズを取り上げたら発狂しかねん。どうする?」
「うーんとさあ」
ジャスパーはマスクをし、軍手をはめながらバケツを持ってきた。中に入っているのは、今まで回収してきた賢者の石が入っている。
「この中で、代わりになるような石ないかなあ? 何百年前のクリスタルがどうしてそんなにいいレンズになるのかはわからないけど、代わりがあったら、納得してくれるんじゃないの?」
ゲホゲホと咳をしながらバケツを見せるのに、全員は顔を見合わせた。
錬金術師はどういう理屈かは不明だが、幻想病にはかからない。そもそもクリスタルの守護石を持って平然としていることは、持って行った錬金術師もなんの影響も受けてはいないのだろう。
「まあ、ここで強盗するよりはマシか。とりあえずよさそうなのがあったら、それを引き渡して納得してもらおうや」
「そうですね」
床に賢者の石をばら撒き、ひとつひとつ検分し、よさそうなものは全てラリマーに渡して、問題ないか確認してもらうという作業に、追われることとなったのだ。
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