哲学の村デュモルチェライト

 ひと晩を宿で明かし、朝食を市まで出て食べる。朝に獲れた魚や貝を焼いただけのものから、帝都に売り出すために燻製をつくっているものまである中、フィッシュアンドチップスの屋台を見つけて、それをいただく。

 ほくほくとした魚に、カリッと揚がったイモ。特製ピネガーに入っている刻まれたピクルスの食感がいいアクセントとなり、皆で夢中で食べていた。


「んで、あと三つのクリスタルで守護石を強化すればいいのか」


 カルサイトがガブッと白身魚のフライに齧りつきながら言うと、ラリマーはジャスパーと一緒に地図を見ながら答える。


「ええ。次の目的地ですが……ここはちょっと難しいですねえ」

「難しいって……普通に路線とシトリンの持ってる地図を使えば行けるだろう? まさかと思うが、ロードナイトみたいに皇帝のお膝元とか、私有地じゃないだろうなあ……?」


 カルサイトの指摘に、シトリンはガブリとイモと一緒に舌を噛んだ。

 目を白黒とさせて涙目になっている彼女に、トリフェーンがそっとサイダーを差し出す中、ラリマーは「そうですね……」と答える。


「皇帝のお膝元でも、私有地でもないのですが……」

「あの辺りは、錬金術師が大勢住んでいるからな」


 ラリマーに被せ気味で答えるトリフェーンの言葉に、シトリンは言葉を失った。

 彼女の出会った錬金術師はラリマーくらいだが、帝国錬金機関がまともじゃないということは、再三再四聞いているし、そもそもファイブロライトがシトリンを捕獲しようとやってきたのだって、帝国錬金機関のほうが原因だろう。

 倫理よりも知識欲が勝った場合、胸に賢者の石を生やしているシトリンがどうなるのか、想像もつかない。

 彼女が青褪めているのに、カルサイトはトリフェーンの肩を小突く。


「トリフェーンはもうちょっと言葉をオブラートに包め。シトリンがいるんだ」

「……すまんな。だが仮に錬金術師と遭遇した場合、貴様はどうする、カルサイト。貴様の守護石だって、研究対象として奪われかねないぞ?」

「それはさすがに困んだろ……これを奪われたら、結界の修復ができねえし」


 カルサイトとトリフェーンが言い合いになる中、ジャスパーは首を捻ってラリマーに尋ねる。


「でもさあ。おれはわっかんないんだけど、守護石持っているとか、賢者の石が生えているとか、それって錬金術師だったら一発でわかるものなの?」

「そうですねえ……前にも説明しましたが、幻想病は本来、体外に出なかった守護石が他の守護石の力に反応を示し、拒絶反応を示して発症します。ですが、錬金術師では何故か幻想病にかかった症例が一件も見つかっていないんですよ」

「あ、あれ……? ラリマーさんだって、カルさんみたいに守護石を持って生まれた訳じゃないんでしょ? なんで?」

「それは僕にもちょっとわからないんですが……ただ、拒絶反応が起こらないということは、隠していればわからない、ということですよ。錬金術師は知的好奇心さえ刺激しなければ、そこまで怖いものではありません。どうか、言葉遣いにだけは充分気を付けてくださいね」


 それで話をまとめられたものの。シトリンは胸の石をワンピース越しにしきりに触っていた。

 これが見つかってしまった場合、帝国錬金機関みたいに追いかけてくるんだろうか。それとも彼らみたいに見逃してくれるんだろうか。

 普段ジャスパーが車を走らせている路線はそもそも、教会に連なる宗教により敷かれたものらしいが、彼らは教会に残されている神殿文字を解読していないんだろうか。

 考えても埒が明かないため、ひとまずは次の場所に向かってから考えることにした。


「あのう……それで、次に向かうのはどこなんですか?」

「ええ、デュモルチェライト……通称、哲学の村と呼ばれているところですよ」


 ラリマーに教えられて、シトリンは何度も口の中で村の名前を唱えていた。

 デュモルチェライトはアンバーとは違うんだろうか、本当に錬金術師しか住んでいない村なんだろうか。

 アクアマリンを後にし、潮の香りが遠くなってからも、彼女はしきりにそこについて思いを馳せていた。


****


 車がカタカタと振動しながら走っていく中、だんだんと風の匂いが変わっていった。

 帝都スフェーンはどこか歯車に差す油の匂いがしていたし、アンバーは麦の匂いが強い。サンストーンは石炭の匂いがしたし、ロードナイトは香油の匂いを纏わせていた。アクアマリンは全体的に潮の香りに包まれていた。

 デュモルチェライトは不思議と紙とインクの匂いを漂わせていた。


「錬金術師って、もっとあれこれ実験してるって思っていたのに、図書館みたいな匂いがするねー」


 ジャスパーの暢気な声に、シトリンは頷く。アンバーにも教会跡には小さな図書館が隣接していた。

 それにラリマーが笑って頷く。


「元々錬金術師も、賢者の石を発見しない限りは学者でしたからね。ある程度紙の上で検証を重ねてから、実験を執り行っていましたから」

「でも錬金術と哲学って遠い気がするんだけど、ここに錬金術師が集まってるんだ?」

「いいえ。哲学は全ての学問の先駆けですからね。今でこそ哲学は貴族の戯れになりましたが、本来は万物全てに説明を付けようとする学問です。そこから魔科学という世界に干渉する技術と、倫理学という深層心理を分析する技術に区分され、それぞれの分野に広がっていったんですから。蒸気機関の技術も、元をたどれば哲学に行きつく訳です」

「へえ……そう考えると面白いかも」


 なるほどとシトリンは思いながら話を聞いていた。学のあまりない彼女でも、教会の神官くらいに噛み砕いてくれた話だったらどうにかわかる。

 カルサイトは窓を見ながら、頬杖を突く。


「ふーん……でもいくら紙の上であーでもないこーでもないってこねくり回してても、実体験より上の知識ってあるのかね」

「ええ……ですから、彼らがどれだけ知識があるのかわかりませんから、注意が必要というだけです」

「でもさ、そこまで知識欲旺盛な奴らだったら、クリスタルを既に掘り起こして保管してねえか?」

「そうですねえ……彼らは知識がある故に臆病な部分と、自分よりも知識欲を優先させる部分と、対極に値する性質を持っていますから。彼らの天秤がどちらに傾くかですね」


 厄介なことになった。車内の誰もがそう思って窓の外を眺めているとき。

 簡素な石造りの建物が立ち並ぶ中、あからさまに新しい石造りの高層建築物が建っているのが目に入った。明らかにそれは、牧歌的な雰囲気の村とは趣が異なっている。


「あのう……なんか建ってますけど……あれなんでしょうか……?」


 シトリンの独り言じみた言葉に、トリフェーンが心底嫌そうに顔を歪めた。


「……知識欲に天秤が傾いたみたいだな、あの村の連中は。クリスタルが最悪掘り起こされてバラバラにされてないよう、それこそ主にでも祈っておけ」

「そんな」


 どんどんと村の入り口が近付く中、村を見下ろす高層建築物に、シトリンはただただ唖然として窓越しに見つめていた。

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