洞窟のクリスタル
カルサイトはどうしたものか、と現状を眺める。
シトリンの言うことも、ラリマーやトリフェーンの言うことも間違ってはいないのだ。
シトリンは目の前のローレライを無理矢理生き返らされた挙句に、殺そうとする真似に泣いているし、結界の修復のためには彼女を見殺しにするしかないと諭すラリマーもトリフェーンも帝国機関出身の考えらしく、国第一の考えだ。
カルサイトはちらっとジャスパーを見る。
「なあ、この子が生き返ったのはクリスタルの結界のおかげだし、世界全体の結界が完全修復されたらこの子はまた死んじゃうけど、このクリスタルの結界を修復しておけば、死なずに済むんじゃねえのと思うけど、どう思う?」
カルサイトの言葉に、ジャスパーは頬を引っ掻く。平和ボケしていると言ってしまえばそれまでだが、心境としてはカルサイトもジャスパーも、シトリンの意見に近い。
「うーん……この結界って魔法だよねえ? 多分だけれど、この破片ひとつひとつにこの場を海から守る結界が張られてたと思うんだけど。でもおれたち、魔法は使えないよ? どうやってその結界を復元するの」
「んー、そうだよなあ……」
「でも、クリスタルさんの魔法を起点にして、彼女は生き返ったんだよね。彼女の魔法をそのまんま復元はできなくっても、せめてそれに近い力があったら、世界の結界が修復したあとも、無理矢理殺されることはないと思うんだけど……例えばだけど、クリスタルさんの魔法で強化している守護石とか」
それにカルサイトは、自身の守護石をじっと見るが、間髪入れずにジャスパーが「駄目だからね!?」とストップをかける。
「これ結界を修復するためのものでしょう!? この子は可哀想だけれど、いくらなんでもおれは了承できないよ!」
「うーん、でも俺以外で守護石を強化している奴もいないだろうが」
カルサイトがぼやいたところで、シトリンが「強化……」と呟く。
彼女はワンピースの胸元を寛げたのだ。ローレライ以外の全員が一斉に視線を逸らした中、シトリンはラリマーに必死で訴える。
「……あの。クリスタルさんの守護石強化に、私の胸の賢者の石も、力をもらったように思います。ひと欠片だけでも。ひと欠片だけでも、この子にあげることはできませんか?」
「……前にも言ったと思いますが、シトリンさんの胸の賢者の石は、心臓に近過ぎます。無理に取ろうとしたら、最悪あなたが」
「取るんじゃなくって、表面だけを砕くことはできませんか? あの、かさぶたみたいに!」
普段はおどおどしている少女が、こんなときばかりは必死で訴えている。ようやくラリマーは彼女と視線を合わせると、彼女の胸にびっしりと生えた黄色い賢者の石を眺める。
やがて溜息を付くと、手持ちの鞄からピンセットとのみを取り出す。
「表面を砕くだけですよ。皮膚と癒着しているところを無理矢理取れば、かさぶただって痛みます。それと同じで、賢者の石を砕くときにも痛みが伴うかと思います……それでも、行いますか?」
「……お願いします!」
それで、カルサイトは視線を逸らしたまま、ジャケットを脱ぐと岩肌に敷いた。
「この上に寝っ転がれ。ラリマー、あんま痛いことしてやんなよ?」
「わかっています。シトリンさん。そのまま横になってくださいね」
「は、はいっ!」
ローレライに見守られるがまま、ラリマーはシトリンの胸の賢者の石を慎重に砕きはじめた。
のみで突けば、そのままシトリン自身にも負荷がかかるので、動きは遅々としたものだった。しばらくのみのカリカリという音が響いたかと思ったら、パキン。と鉱石の砕ける音が響いた。
シトリンの賢者の石が砕けたのだ。
「終わりました。シトリンさん。胸に違和感はありませんか? 痛いとか、苦しいとかがあったらすぐに言ってくださいね」
「えっと……」
彼女も胸に生えた賢者の石が、本当にわずかだけ平らになったが、せいぜいワンピースの胸元に引っかからなくなったくらいで、痛みは特にない。
「大丈夫です……あの、これをこの子にあげてもいいですか?」
「どうぞ」
シトリンはいそいそとワンピースの胸元をしまうと、ジャケットをカルサイトに返してから、賢者の石をローレライに渡す。
「はい。これがあったら、多分大丈夫だと思います」
──エエ? コレガ アッタラ ヒトリデモ ヘイキ?
透けているものの、脅えた子供の姿をしているのがたまらなく可哀想で、シトリンは思わず近所の子供にしていたように、手を伸ばして頭を撫でてあげる。
妖精とはいえど、人間の子供と髪の手触りはほとんど変わらない。
「また遊びに来ますね。夜の干潮のときじゃなかったら、難しいかもしれませんが」
──ウン!
そう言うと、ローレライがなにかを取り出した。それを見て、思わず目を見開いた。
彼女が持っていたのは、この前皇居の巨人族の墓場で必死に探していたクリスタルだったのだから。
──イシヲクレタヒトニ ワタセッテ イワレテタ
「ああ……まあ……」
シトリンは苦笑いで、カルサイトと視線を見合わせた。
「……シトリンの会ったクリスタルとかいう巫女さん、性格悪過ぎないか? こんなところにローレライを閉じ込めた挙句、彼女の延命を手伝わなかったらクリスタルの強化をさせないって」
「うーん……そうかもしれませんけど」
この洞窟で、人がたくさん亡くなっていた。
彼女もまたラリマーやトリフェーンと同じく、大事のための小事ということで、ただの日和見を見殺しにしたんだろうか。それとも。
他人事にするのを許さない厳しい人だったんだろうか。
どっちみちクリスタル本人は既に亡くなっていて、各地にいる彼女はあくまで過去のクリスタルの残滓に過ぎない。
「彼女はただ、未来に繋げたかっただけな気がします」
「繋げたかった、なあ……うん」
カルサイトはローレライからクリスタルを「ありがとな」と言いながらもらうと、自身の守護石と近付ける。
シトリンの胸の賢者の石が光り、カルサイトの守護石もまた光り輝いたかと思ったら、その光は消えた。クリスタル自身も、ローレライが持っていたときには過去の遺物とは思えないほどに透明度高く輝いていたにもかかわらず、光が全て吸収された途端に、鈍い石へと変わってしまった。
だんだん洞窟にも潮の匂いが流れ込んできた。そろそろここを出ないとまずいだろう。
「それじゃあ、また遊びに来ますね。また夜に。海が引いたときに」
──バイバイ、マタネ
ローレライが小さな手を目いっぱい振っているのに、シトリンは手を振り返して、皆で出て行った。
皆で遺体を持って帰り、それぞれを袋に詰めて洞窟を出たときには、もう波がそこまで来ていた。
アクアマリンの教会にまで出かけ、スフェーンの教会へと電話を繋げさせてもらったら、ルビアがすぐに話を聞いてくれた。カルサイトがルビアへと軽く事情を説明する。
『そうですか……わかりました。その方々の身元調査はして、必ずご家族の元にお返ししますね』
「ああ、頼むよ。しっかし。ここには全然帝国機関が来なかったんだよなあ。前みたいにいきなり現れることもなくさあ。帝都のほうは大丈夫か? 帝国機関が変な動きしてるとか、近衛機関が戦争の準備してるとか、そんなんはない?」
『帝都は特に変わったことはありませんが。まあ、カルくんとシトリンさんがふたり一緒に離れることがなかったら、案外なんとかなるかもしれませんよ』
そう悪戯っぽい声を上げる幼馴染に、カルサイトは首を捻る。
「なんで?」
『シトリンさんの守護石は、幸運の象徴ですから。そしてカルくんの守護石は幸福の増長ですから。ふたりの幸運が続いている間は大丈夫です』
「そんなん聖書の受け売りだろうが……」
『大昔は守護石の力を集めて、国で分配していたんですから、別に全部伝承ではないですからね。それでは、皆さんにもお気を付けてと』
「ああ。そっちもな。ちびたちによろしく」
ようやく電話を切る。
教会に遺体を帝都に送って欲しい旨を伝えると、宿へと戻る。
シトリンは海を不思議な顔で眺めていた。
「夜の海っててっきり、もっと暗いと思っていましたけど、明るいんですねえ……」
「海? ああ、今の時期はヒカリクラゲの季節だからな」
「クラゲ……?」
「ああ、シトリンはクラゲは食べたことないのか。美味いぞ」
シトリンはアクアマリンでさんざん食べた魚のうちのどれがクラゲなのだろうと首を捻るが、どれも違うような気がする。
わかってない顔のシトリンに、カルサイトは笑う。
「まあ、クラゲを見たら教えてやるから」
思えば、このところ帝国機関に追いかけられてばかりだったのだから、久々に心の底からリラックスできたような気がする。
名目上テロリストになっているカルサイトだって心労がたたっていたのだから、そもそも田舎娘のシトリンの心労なんて相当だろう。
せめて今晩だけは、何事もなく終わればいいと、カルサイトはそう自身の守護石に祈るのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます