洞窟のローレライ・2
ランタンなしでも目が利くようになってきたのは、洞窟の奥がわずかに発光しているせいだろう。
ヒカリゴケは普段は海で満たされているこの場所では育たない。発光しているのは、岩にびっしりと付いている石であった。クリスタルの守護石よりもくすんだ色をしているが、それらが洞窟の奥一帯を照らしていたのだ。
「あの……これが魔科学の装置でしょうか……?」
シトリンは魔科学の装置というのは蒸気機関のようなものだと思っていたので、こんな石が魔法と科学の融合物とは思ってもいなかった。
ラリマーは「いえ」と首を振る。
「むしろこれは魔法そのものでしょうね。シトリンさんが出会ったクリスタルさんみたいに、魔法を溜め込んでいたがために、この辺り一帯を照らしているのだと思います。結界の綻びというものが生じたおかげで、力を取り戻したといったところでしょうね」
「そうだったんですか……私、てっきり魔法ってもっとすごいものだとばかり思っていたんですけれど、こんな地味なものも魔法だったんですねえ……」
クリスタルみたいに魔法の時代を知っている人の記憶とシトリンは会話していた。それみたいに、もっと得体の知れないなにかだと思っていたので、拍子抜けしてしまったところがある。
ジャスパーは「あはは……」と笑ったあとに、またも「ゲホッ……」と喉から鉱石を吐き出した。
「ゲホ……でもさあ、多分その時代の人からしてみれば、魔法の力なしで動く蒸気機関も充分魔法みたいなもんだと思うよー。ただ原理が違うだけだよー」
「そうでしょうか……?」
「だって鉄の塊が空飛んだり、たくさんの人載せて動いたら、充分魔法じゃない? シトリンだって、帝都に出てくるまであんまり列車とかに乗ったことなかったんでしょ? おんなじじゃない」
「あ……それもそうですよねえ。私、だいぶ慣れてきたせいで、そのことは考えてもみませんでした」
その指摘にシトリンも納得する。ジャスパーは彼女に解説したあと、じっと石を見る。
「ひとつくらい持って帰っちゃ駄目かなあ? どんな技術使ってるのか見てみたいんだけど」
ジャスパーの知的好奇心を注いだらしいが、トリフェーンがあっさりと「やめておけ」と釘を刺した。
「今のところ、帝国錬金機関の連中はこの地には来ていないが、万が一にでも持って帰ったものがあの連中の手に渡ったらなにされるかわかったもんじゃない。あの連中に迂闊に情報を与えるな」
「んー……そっかあ。あの人たち、あんまり他の人のこと考えてなさそうだもんね。じゃあ我慢する」
かなりがっかりしているみたいだが、トリフェーンのひと言で納得したらしく、ジャスパーはかなり頑張って光る石から目を逸らした。
ラリマーは辺りを見回す。
「しかし……問題の守護石を強化するクリスタルと、先程の歌声の正体が見つかりませんね。これより奥は洞窟の行き止まりかと思いますが」
「んー……そうだな。そういえばシトリン。お前、前のときはいきなり胸の石が光っただろうに、今はなんの反応もないのか?」
カルサイトもまた、光る石のひとつひとつを丁寧に見て回っているが、問題のクリスタルは見つからない。
話を振られたシトリンは、胸の石にワンピース越しに触れてみる。前もいきなり光ったし、危険を察知したら痛むが、本当にそれだけだ。今はなんの反応も示してはいない。
シトリンは首を振る。
「ごめんなさい……賢者の石はなんの反応も示しません」
「ん、そっか。だとしたら、ひとつひとつ探して回るしかねえか。しっかしまた満潮になる前に探し出さねえといけねえってのに、骨が折れそうだな」
「すみません……私もこの胸の石の機嫌をもっと取れたらいいんですけど」
しゅんとするシトリンに、カルサイトは笑いながらポンと頭を撫でる。
「それ、大昔で言うところの魔法だろ。使えやしないもんが使えなくっても当たり前だろ」
「そうかもしれませんけど……」
シトリンがしゅん。としている中で、ふと彼女は行き止まりからなにかが聞こえることに気が付いた。
────……
先程よりも弱々しいが、歌声だ。
「あ、あのう。歌声が聞こえませんか? 先程の魔科学? それみたいな」
「歌ぁ……?」
カルサイトもまた目を閉じて耳を澄ませるが、聞こえるのはせいぜい洞窟の外から入ってくる風の音程度で、先程の体が動かなくなるような、耳を塞いでも聞こえてくるようなあの悩ましい歌声は聞こえてこなかった。
「聞こえねえな……シトリンは聞こえるのか?」
「はい……あの、行き止まりから」
「んー……」
カルサイトは黙って自身の腕のロケットから守護石を取り出す。
それを見て、ラリマーが顔をしかめてたしなめる。
「カルサイトくん。君の守護石は水に弱い。今、守護石を強化できるのは君だけです。君の守護石が失われたら、結界の修復はできません」
「わかってるよ。ただ、大昔はこれで魔法が使えたんだろう? シトリンにだけ聞こえるってのも気がかりだし」
そう言いながら、守護石を奥にかざす。途端にシトリンの胸の賢者の石が光りはじめた。
「えっ? ええ……?」
「前にクリスタルを見つけたときとおんなじだ……じゃあこの奥だな」
「た、多分そうです……」
シトリンの手を取って、カルサイトは守護石をかざしたまま、最奥へと歩いて行った。それに、皆もついていく。
奥は行き止まりだが、先程よりも声は小さくか細いだ、たしかに歌声が聞こえた。
そこには洞窟の景色を透かしているが、たしかに存在している透明な少女が座っていたのだ。歌を歌いながら、やがて彼女はこちらを見上げた。
少女は幼い表情で、きょとんとした顔で、現れたシトリンたちを見上げた。
──ダレ?
「え、ええっと……私たちはクリスタルを探しに来ただけでして……あなたこそどなたですか? ここは結界みたいなものが張られていたみたいですけど、その中にあなたはずっといたんですか?」
シトリンはおろおろとしながら、その少女に視線を合わせるようにしてしゃがみ込む。少女はきょろきょろと見回したあと、泣き出しそうな顔をした。
──ワタシハ、ローレライ。ホカノ ミンナモ イタハズナノニ ドウシテ イナイノ?
「ええっと……どうしてでしょう?」
少女が泣き出しそうな顔は、アンバーにいる小さな子供を思い出させる。皆が農作業に明け暮れている間、まだ手伝いのできないような小さな子の面倒を見るのがシトリンの仕事のひとつであった。
シトリンがおろおろとしていると、ラリマーは静かに言う。
「憶測ですが、大昔には魔法が発展し、妖精たちや巨人族もいたらしいですが、今はそんな話を聞きません。これらは魔法が存在しなくなった世界では生きられなかったのではないですか?」
「ええ……? で、ですけど、この子はここにいますけど」
「このローレライはひとりだけ生き残ったというよりも、結界の綻びが原因で生き返ってしまったと言ったほうが早いのかもしれません。雪山にはときおり古代に生きていた生物の氷漬けが存在し、それを解凍したところ、蘇るという話は帝国錬金機関の施設から研究成果も出ています。彼女の原理はどうなっているのかはわかりませんから、あくまで憶測で、推論や推測でもありません」
「あ、あのう……それはなんとなくはわかりましたが……この子、生きてますのに、結界を修復したら……」
シトリンはおろおろしながら言うと、カルサイトは少しだけ困った顔で、彼女の隣にしゃがみ込んで、小さなローレライのほうに顔を近付ける。
「お前は、ここでずっと歌ってたのか? 寝てたとかの記憶はあるか?」
──ワタシ……ズット ウタッテタ。ダレカ キヅイテッテ デモ……ダレモ、ココマデ コラレナカッタ。サッキ ワレル オトガシテ ヨウヤク アナタタチガ ココニキタノ
「んー……つまり、さっきトリフェーンが結界を銃で破るまでは、誰も来なかったってことか。多分だけど、さっきの結界に巻き込まれたせいで、このちびは一緒に封印されてたところを、結界の綻びのせいで生き返ったって感じかな。ここが守られなくなった以上は、こいつは結界を修復したあとは」
「そんな……」
シトリンは少しだけ涙を浮かべる。
幻想病で苦しんでいる人たちがいるし、現に先程の歌が原因で、ジャスパーも大量に鉱石を吐き出さざるを得なかった。結界は修復すべきだが。
殺さなくてもかまわない命を、わざわざ殺さなければいけないんだろうか。
静観していたトリフェーンがそっと言う。
「ミズ・アイオライト。この妖精は気の毒だが、大多数が苦しんでいる現状を考えろ」
「あの……そうかもしれないんですけど……でも……」
大多数のために、少数を切り捨てる。
施政者や正義のために、それらは常に天秤にかけられるものだが、残念ながらシトリンは田舎娘だった。皆で力を合わせないとどうにもならない村で育った娘には、少数を切り捨てないといけないという割り切りはできなかった。
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