灯台守の証言

 ヘリオトロープに「立ち話も難だからね」と言われ、皆はぞろぞろと灯台の中に入っていった。

 灯台の中は簡素で、食事用の小さなテーブルに狭い調理台。中にある螺旋階段は、蒸気機関のメンテナンスをするためのものだろう。窓は大きく広く、海の様子がよく見える。ここから眺める海は穏やかで、漁に出て行く船が沖へと向かっていく様が伺える。

 皆にそれぞれ椅子を並べていたら、ジャスパーは「上、上の蒸気機関を見に行ってもいいかい!?」と目をキラキラさせてヘリオトロープに申し出ると、ヘリオトロープは苦笑しながら「触らなきゃいいよ」と言って、ジャスパーは元気に螺旋階段を駆け上がっていった。彼の気楽な言動に、ぺこりとラリマーが頭を下げる。


「すみません、あの子。本当に蒸気機関が好きで。こんな昔ながらのものが現役なのは珍しいですから」

「いやいや、かまやしないよ。まさかそんなに蒸気機関が好きな若いのが来るとは思いやしなかったよ。さて、あの洞窟の話だったかね」


 そう言いながらヘリオトロープは皆にそれぞれエールを出すので、皆それをちびちびと口にする。

 語りはじめるヘリオトロープの表情はどこか浮かない。


「あそこの洞窟は、アクアマリンでもいろいろいわくがあるからねえ。この辺りも鉄道が機能するまでは、地元民だけしか知らないから、自分ちの子にだけ『危ないから近寄るな』と言ってたんだが……列車が安く乗れるようになってからは、帝都の坊やたちが探検がてらにあそこに向かうようになってねえ……それで不幸な事故が続いちまうのさ。昼間にでも立入禁止の看板を刺せればいいんだが、夜にならなきゃ現れねえ洞窟だったら、まず看板を刺したところで見えねえから意味がねえしな」


 海の危なさをよく理解している人間は、漁でもない限り夜に海に近付くような真似はまずしない。

 アクアマリンの住民たちが家に引っ込んでいる間に、観光客が危ない真似をして帰ってこなくなるのは、住民たちも頭を悩ませていることのようだった。

 それをエールに口を付けてから、カルサイトが尋ねる。


「そりゃなかなか難しいけど。でも帝都の連中があそこで行方不明になる前から、あそこに近寄るなって話は出ていたんだな? 具体的には?」

「さあなあ。俺もうちのお袋からあの洞窟に近付くなと言われてたよ。あそこにはローレライが出るから、干潮だからと思って油断して近付いたら、そのまま引きずり込まれて出られなくなると」

「ローレライ……です?」


 ローレライとは、水辺に住む妖精とされている。妖精は基本的に人間が嫌いで、有事の際には人間を襲い惑わせ、時には死に至らしめるということは、この国に住まう人間であったら誰でも聞いたことがある。

 もっとも、蒸気機関が普及してからは、なかなかその妖精の逸話も耳にしなくなっていたが、アクアマリンでは今でも口酸っぱく言われているらしかった。

 ヘリオトロープは「本当に、帝都からやってきた子たちが帰ってこないのには皆心を痛めているんだよ。だから絶対に干潮になって洞窟が現れても、中に入っちゃいけないよ」と言ってくれたものの。

 彼に何度も何度もお礼を言ってから……ジャスパーは目を輝かせて蒸気機関を見て帰ってきたが……灯台を後にした。

 宿を取りに行く道中、ラリマーは眉をひそませていた。

 それにカルサイトが尋ねる。


「なあラリマー。あれ本当にローレライの仕業かね? でもクリスタルの元にローレライなんてのも、少々出来過ぎな気がすんだけどな」

「ええ。普通に考えれば、ローレライ含め妖精伝承は危ない場所には行くな、ひとりで行動するな、子供は早く寝なさいという教訓なんですが……。既に魔法が過去に存在したことも証言が取れている以上、ローレライの存在をただの事故と呼ぶのは難しいです」

「あの……ローレライがクリスタルを守っているっていうのは……簡単過ぎる話ですか?」


 シトリンがおずおずと口を挟むと、ラリマーはカルサイトと顔を見合わせ、ふいっとジャスパーに視線を向ける。ジャスパーは「うーんと」と言う。


「半分正解で半分間違いだと思うよー」

「ええ? 妖精の存在がですか? クリスタルを守ってることがですか?」

「多分、事故の原因はクリスタルの防衛反応だと思うんだよね。さっきヘリオトロープさんから蒸気機関を見せてもらったけど凄かったよー。海辺だったら潮風で潮が撒かれるし、湿気があるから錆びやすいのに、大昔から錆止めがしっかりされてるんだよねえ。だから多分、古代の蒸気機関がクリスタルが万が一波に流されないように細工してるんだと思うよ。事故は多分それが原因」

「そ、そうだったんですかあ……」

「でもそれはおれがそうじゃないかって思ってるだけで、見てみないとわかんないんじゃないかなあ。だってさあ、いくらなんでも、クリスタルを守るために人死にが続く蒸気機関は可哀想だし」


 そうしょんぼりとしながら言うジャスパーに、カルサイトが頭をポンと叩いた。


「まあ、どっちみち夜に様子見に行くしかねえだろ」

「格好付けてるけど、カルさん行けるの?」

「いや、行きたくねえけど、行くしかねえだろ」


 ふたりの軽口を聞きながら、少しだけシトリンが笑う。

 洞窟で亡くなった人々のことは気がかりだが、本当になにもなければいい。そう思いながら夜を待つのだ。


****


 宿で出された魚料理は、どれもこれも蒸しただけ、焼いただけ、煮ただけにもかかわらず、ものすごくおいしかった。

 ドライハーブと共に焼いた白身魚は口に入れた瞬間とろけたし、魚介スープは海の味が凝縮された美味さだった。大量の蒸し貝は食べても食べてもなかなか減らなかったが、身のひと粒ひと粒に味が凝縮されているので、ちっとも飽きることなく食べ終えられた。

 ヒカリゴケを入れたランタンを用意し、それをぶら下げて洞窟へと向かっていった。


「……波が引きましたし、ようやく現れてくれたようですね」


 ラリマーがランタンで照らすと、昼間は影も形も見つからなかった洞窟が、たしかに現れていた。

 トリフェーンが黙って先頭に立つ。


「……蒸気機関の仕掛けであったらいいが、本当に妖精のしわざだったら、こっちには対処方法なんてないぞ」


 大昔は魔法で妖精をいなす方法はあったらしいが、既に失われてしまったものにすがってもしょうがあるまい。トリフェーンは「岩肌は濡れている。気を付けて歩かなければ落ちるぞ」と注意をしてから、ひょいひょいと岩を跳びながら先導していった。

 シトリンもおそるおそる歩いていたが、ちらりとカルサイトを見る。普段であったらトリフェーンに軽口のひとつでも叩いてそうだが、青い顔で岩を滑らないように歩いている。岩と岩の間は詰まってはいるが、わずかな隙間は水が流れている。


「あのー……本当に大丈夫ですか、カルサイトさん?」

「いや、行くしかないってわかってるしな。うん」

「私、海は初めてですけど、湖で泳いでましたから、泳げますよ? 最悪はカルサイトさん掴んで泳ぎますから、大丈夫ですよ?」


 シトリンがそう申し出てみると、カルサイトは途端に「はあ~……」と息を吐いて、シトリンの頭にポンと手を置いた。


「海と湖がいろいろと違うだろ……でも、ありがとな」

「はあ……」


 情けないところを見せてもなお強がるカルサイトを見て、シトリンは帝国紳士を目指している人は大変なんだなと単純に思った。

 男性の矜持というものはよく理解できないが、格好付けないと生きられないという人間は存在するらしい。

 入り口を通り過ぎ、いよいよランタンがなければなにも見えなくなったところで。

 篭もった匂いがすることに、誰もが鼻を抑えた。

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