港町アクアマリン
車を止めた先には、石造りの建物の並び。どこもかしこも色とりどりな魚や貝が売られ、日焼けした店主たちや海の男たち、海女たちが声を張り上げている。
店の並びの奥に視線を送れば、ニャーニャーと鳴く海鳥が見え、港が広がっている。港には海の男たちが網を広げて漁で獲ってきた魚を仕分けしている姿が見える。
シトリンは物珍し気にあちこちに視線を移していると、ジャスパーは暢気に「シトリン、シトリン」と手招きをする。
「貝食べるー? 今は旬だからおいしいよー」
「えっと、貝ですか?」
農村までは、干し貝以外は出回っておらず、生の貝はそもそも初めて見る。
ジャスパーが指を指した先には、海女が獲ってきた貝にハーブをかけて焼いているのが見える。貝から泡がくぷくぷと出て、ハーブと貝の出汁のいい匂いが漂い、どうしてもクーッとお腹が鳴る。
それにラリマーは苦笑して、海女の屋台に「こちらの人数分貝をいただけますか?」と言って貝を買った。ジャスパーに「はいっ」と渡されて、シトリンはおずおずと貝を食べる。
噛むと貝の出汁がたっぷりと出てきて、振りかけているハーブの匂いと混じり合って、今まで食べていたものはなんだったんだというくらいにおいしい。
シトリンがハフハフさせながら、夢中で貝を食べている間、カルサイトが屋台の店主と世間話をしていた。
「なあマダム。この辺りって洞窟はないかい? あそこに宝探しに行こうかって話をしていたんだけどさ」
「あらまあ。若い子は火遊びが好きだから。可愛いお嬢さんを男の子の冒険に巻き込んじゃ駄目だよ。洞窟に度胸試しに行って若い子たちが帰ってこなかったりするから」
「ええ……なにか仕掛けがあるとか?」
「さてねえ。そもそもあそこ、出てくる時間が限られてるせいで、昼間は行けないから。あたしゃ嫌だよ。若い子の自殺を手伝うのは」
それ以上は店主ははぐらかしてしまい、これ以上は話を聞き出せそうもなかった。
皆、それぞれ貝を食べ終えて「ごちそう様、話をありがとう」と貝殻だけ捨てさせてもらってから、首を捻る。
「昼間は行けないということは、普段は海に沈んでいるということでしょうが。入った方が帰ってこないというのはどういうことでしょうか」
ラリマーは少しだけ眉を寄せて言う。泳がなければ入れないのならば、普通に危ないからアクアマリンの人々も止めるだろう。
トリフェーンは少しだけ考えたあと、口にする。
「そもそも普段は入れないなら、どうやって入った人間が戻ってこないことを知っているんだ、あの店主は」
「ああ、そっか。だとしたら、干潮のときに洞窟に入ったことを知っている人がいるのか。まずは今洞窟がどうなってるのを確認してから、洞窟の見える位置に移動、か?」
カルサイトは若干顔を引きつらせているのは、泳げないのに昼間は海の高さで見えない洞窟に入らないと目的が達成できないせいだろう。
ラリマーは頷いて、「ひとまず地図の場所に向かってみましょう」と提案し、皆で浜辺まで出ることになった。
****
港の近くの浜辺を、シトリンは物珍し気に眺めていた。
寄せては返す波は、ほんのり泡を残して海へと帰っていく。潮の匂いは嗅ぎ慣れないが、水自体は透明のはずなのに、青く見える海が面白くて、ついつい何度も何度も見てしまう。
「そんなに面白いもんか? アンバーの近くにだって湖はあっただろ」
カルサイトが苦笑しながら言うと、シトリンは「あっ」と顔を赤らめさせる。
「い、いえ。湖はこんな匂いはしませんし、貝殻とか落ちていませんから、本当に不思議だなあと思ってました」
「ああー、たしかに貝は湖には落ちちゃいねえなあ」
田舎者丸出しだと思って、恥ずかしがっているシトリンをよそに、地図を眺めながらラリマーは浜辺を眺めていた。
「地図によれば洞窟はあの崖の下なんですが。見事に見えませんね」
ラリマーが指を指した場所は、港の真逆に位置している崖である。その上には灯台が存在し、昼間は蒸気の煙で、夜は蒸気機関の灯りで漁師たちを迎えているようだ。
それを見ていたジャスパーは、のんびりとした声を上げる。
「だったらさあ、あそこの人に事情を聞けばいいんじゃない? あそこからだったら、真下の洞窟も見えるんじゃないかなあ」
そう言ってジャスパーが指さしたのは、灯台である。
灯台が機能しなければ、漁師は海に船を出せない。だから灯台守が滞在しているはずだ。
皆でひとまず、灯台へと向けて歩いて行った。
崖は上から眺めてみると少しだけ斜めになっているから、たしかにここからなら洞窟の付近も眺められる。
「たしかに洞窟に入った奴らも、この辺りからだったら干潮のタイミングがわかるなあ」
カルサイトが少しだけ顔を青褪めさせているのに、シトリンがおずおずと言う。
「あのう……今回辞めておきますか? ほら、守護石を他の人に預けて強化してもらうとか」
「いや、行くよ。そもそも他の奴らの守護石を使っての拒絶反応が幻想病なんだろう。他の奴らが守護石の強化に立ち会ったとき、どうなるのか読めないしな」
「そうですか……」
シトリンはあまり頭がよろしくない。カルサイトにそう言われてしまったら、そうなのか以外に返事ができなかった。
ふたりのやり取りを聞いていたトリフェーンがボソリと言う。
「あまりミズ・アイオライトに気を遣わせるな」
「うるせえ、誰だって弱点のひとつやふたつあるだろ」
幼馴染同士のやり取りで少しだけ顔色がよくなったのに、シトリンはほっとしていたとき。灯台が見えてきた。
近くで見ると大きく、キチキチと音を立てているのがわかる。それにジャスパーは目を輝かせて見上げている。
「すっごいアンティークだあ……初期の頃の蒸気機関が、こんな潮風受けてもまだ現役なんて、すっごーい」
そう言いながら嬉々として煙突のほうを眺めている。シトリンにはよくわからないが、よく音と立ち昇っている蒸気だけでわかるものだ。
それにラリマーが苦笑して言う。
「ジャスパーくんは元々、スフェーンの時計塔守の家ですから」
「あれ、そうだったんですか?」
「ええ。別にそれが偉い訳でもなく、金になる訳でもありませんが、名誉だけはありますから。それを誇りに思っていたんですよ」
蒸気機関に燃料として使っている賢者の石が原因で、幻想病になるのだ。普通に下町で働いているだけじゃ賢者の石なんて縁がないのだから、よくよく考えればわかる話だった。
帝都の時計塔の管理をしているとなったら、たしかに燃料として賢者の石が手に入りそうなものだ。
シトリンが勝手に納得していたら、灯台から誰かが出てきた。ポロシャツに太いズボン、ボケっとのたくさんついたエプロンを巻いた白髪の老人が、きょとんとした顔でこちらを見てきた。
「おや、こんな団体さんでどうしたんだい?」
「あっ、こんにちはー! おれ、帝都で時計塔の面倒見てたんです! すっごい蒸気機関だと思って見てましたー! これ見てもいいですか!?」
「おや、あの帝都の時計塔をかい? すごいねえ。いいよいいよ、お上がり」
「わあ、ありがと……」
「ジャスパー! 用件はそこじゃねえだろ!」
蒸気機関に目がくらんでいるジャスパーに、思いっきりチョップをするカルサイトに、オーバーリアクションをするジャスパー。ふたりのやり取りに苦笑しつつ、ラリマーは「こちらの灯台守の方ですか? こんにちは、帝都から伺いました」と頭を下げる。
「ああ、錬金術師さんがこんな田舎までようこそ。俺ぁ、ここの灯台守のヘリオトロープだが。しかしいったいぜんたいどうしたんだい、本当に」
「大勢で押しかけて申し訳ございません。我々は洞窟で人が亡くなるという話を聞いて、その事情聴取に伺ったんです」
「はあ……帝都から錬金術師さんってことは、帝国機関からの出向かい?」
「いえ、我々は帝国機関とは関係ありませんよ」
正確には元・帝国治癒機関の人間に、有給休暇の帝国諜報機関の人間が混ざっているが、今言うことでもあるまい。
ヘリオトロープは困ったように、真っ白な眉毛を垂れ下げた。
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