初めての海

 ラリマーはカルサイトから守護石を貸してもらい、それにルーペを押し当てて観察していた。


「なにかわかったか? 目的のクリスタルに近付けたら、急に光を吸い込んだってこと以外わからんねえんだよなあ」


 ジャスパーは運転疲れで先に休み、トリフェーンはしばらくは銃を持って車の屋根に座っている。ロードナイトで帝国錬金機関が何故か守護石の強化の手伝いをしたことが気がかりな上に、いつどこで見張っているかわからないので、油断も隙もないからだ。

 何度も何度も守護石をひっくり返して観察したあと、ようやくラリマーは「ありがとう」と言ってカルサイトに守護石を返した。

 カルサイトがいつものようにブレスレットのロケットの中に守護石をしまい込むと、ラリマーは困ったように眉を寄せていた。


「守護石自体には物理的な変化はないように思えます。君の名前の鉱石カルサイトと同じく、脆い鉱石のままです」

「悪かったなあ、俺の守護石が壊れやすくって」


 少しだけむっとしたようにカルサイトがブレスレットを手首に付けるとジャケットの下に仕舞う。それにラリマーは苦笑しつつ続ける。


「あくまで物理的な変化がないと言っているだけです。ただ不思議なんですが、石の中にエネルギーが溜まっているように思えます。賢者の石は石炭よりも少量で燃料となりますが、通常出回っている賢者の石よりもわずかですがエネルギー量が上なようです」

「ああ……それがシトリンが聞いたっていう、守護石の強化ってことか……」

「ええ。あと四回。守護石を強化すれば、充分結界の修復の分のエネルギーを蓄積できるんでしょうね」

「そりゃすごいけどさあ」


 カルサイトは銀色の髪を少しだけ引っ掻いた。気になることはふたつ。

 何故帝国錬金機関が、わざわざこちらの守護石強化の手伝いをしてくるのか。賢者の石の研究をしている連中が、賢者の石が使えなくなる結界の修復を進んで手伝うメリットがない。

 むしろファイブロライトまでさらりと守護石を強化させてしまったことのほうが気になった。


「なあ、あいつら。俺のそっくりさんの守護石を強化させて、なんかしようとしてねえか?」

「我々がかつて生成しようとした、賢者の石がつくれないとなったら、代わりに持って生まれた守護石を強化させようとしたほうが手っ取り早いのでしょうが。ただこちらもあまりメリットがないのですよね」

「というと?」


 ラリマーに話を促すと、ラリマーはルーペをケープの中に仕舞い込んで、手を組んだ。


「蒸気機関の燃料として、賢者の石をもてはやしましたが、賢者の石だって本来は守護石と呼ばれるものだったし、拒絶反応で幻想病の患者を増やすばかりで効率的とは言えません。だからこそ、我々は結界の修復を進めることにしたはずです。結界が修復されてしまったら、もう過去の遺産である魔法も、それを使うための守護石の力も、使えなくなるはずです。どうしてわざわざ使えなくなるものの力を強化する必要があるんですか」

「ああ、だよなあ……じゃあラリマーはどう思うんだよ? あいつらの企みを」

「そうですね……まだ情報が少なすぎて、推測というにはあてずっぽうですが」


 どうにも錬金術師というものは、理論が組み立てられないと結論を出して会話をすることができない。

 それをまだるっこしいと思いながらも、カルサイトはじっとラリマーを見たら、ようやく彼は口を開いた。


「彼らは僕たちと違って、結界修復のために守護石の強化をしているのではないと思います。今後、彼らと遭遇しても、足止めをするなり誤魔化すなりして、クリスタルに近付けないほうが賢明でしょうね」

「たはあ……やっぱりそうなるよなあ……じゃあ、寝る前にあとひとつだけ質問」


 どうにも訳のわからない帝国錬金機関とは、いつかは衝突することもやむなしらしい。得体が知れなさ過ぎてわざわざ触りたくはないが、放置しておくと後々困りそうなのだから。

 カルサイトは面倒臭げに髪を再び引っ掻いたあと、ぴんと人差し指を立てた。


「あの子が狙われているのを、どう見る?」


 帝国錬金機関が、いちいちシトリンを狙う理由がわからない。可能性があるとすれば、彼女の胸の大量の賢者の石だ。普通に握って生まれてきた場合、守護石はあれだけの量にはならず、カルサイトみたいにロケットに入る程度の大きさにしかならない。

 だが、シトリンを守るために生えてきたそれの量は、通常の守護石の大きさの三倍はあるし、量もゆうに百は越えている。それは彼女の防衛本能によるものなのか、体内で育っていた守護石なのかはわからないが。

 ラリマーは眉を寄せながら「そうですね……」と言う。


「……普通に考えれば、彼女を調べれば賢者の石の生成の糸口を掴めるからだと思いますが、向こうは既に結界の修復が成されれば賢者の石が使えなくなることは知っているはずです。ただ」

「なんだよ、変なところで区切って」

「……残念ながら、彼らには倫理観というものは存在しません。元々彼女が狙われていたのは、人体実験に使いたかったということだけは、忘れないでいましょう」


 カルサイトは、ラリマーのひと言に舌打ちをした。

 あの自分そっくりな男が、シトリンに危害を加えようとしたのに苛ついたのだ。

 彼女は不幸な事故のせいで賢者の石を生やしただけの、普通の女の子だ。それはカルサイトの中では変わっていない。……大儀のために踏みつけていい子ではない。

 むしゃくしゃしながら、カルサイトはラリマーに「お休み、あんたもほどほどにな」と言って三階建てベッドへと戻っていった。

 ちらりと一番上のベッドを見た。カーテンで遮られているのは、唯一の女子な上に、その段が更衣室も兼ねているせいだ。そこからは規則正しい寝息が聞こえるのに、カルサイトはほっとした。

 一般人にはなにかと気苦労が絶えないだろうから、せめて眠っているだけでも安らかであって欲しいと、そう祈らずにはいられなかったのだ。


****


 食事休憩を挟みながら、荒れた道を進んでいく。だんだん岩のような道がさらさらとした砂に替わっていき、途中の休憩ポイントで、ジャスパーはカルサイトやトリフェーンに手伝ってもらってタイヤを替えていた。

 窓から入ってくる風がだんだんと潮の匂いを帯びてきたことに、シトリンはひくひくと鼻を動かした。


「なんだか独特の匂いがしてきましたねえ……」

「あれえ、シトリンって海は行ったことなかったっけ?」


 ジャスパーが楽し気に運転しながら聞くと、シトリンは首を縦に振る。元々幻想病が蔓延しなかったらアンバーから出ることなく一生を過ごしていたような田舎娘だ。

 ラリマーはそれににこやかに笑う。


「そうですねえ、アクアマリンは海産物がおいしい観光地ですが、鉄道が通ってない村からでは、なかなか行くことはできないですからねえ」

「はい……そういえば、次のクリスタルは、そのアクアマリンなんですか?」

「ええ。ただあそこもなかなか行きづらい場所ですが」


 アクアマリンは港町で、ロードナイトのように皇居の中なんて危ない橋を渡らなくてもよさそうなのにと、シトリンが首を傾げていたら、トリフェーンがシトリンの地図を眺める。


「……干潮のときじゃなかったら辿り着けないな。この場所は」

「ええっと……?」

「海には満ち引きというものがある。海の水位が高くなるときは満潮、逆に低いときは干潮。目的の場所はアクアマリンの浜辺にある洞窟だが、干潮のときを狙わなければそもそも洞窟が現れない」

「ああ、そうなんですね……!」


 シトリンは興味あり気に手を叩く。海を見たこともなければ、満潮干潮だって知らないが、行けばそれを見ることができるのかと思ったら、面白そうだと単純に考えたのだ。

 それに珍しくトリフェーンが苦笑するのに、シトリンはきょとんと三つ編みを揺らす。


「えっと……すみません、無知で」

「いや。素直だと思っただけだ。だが、どうする? この車も水陸両用ではあるが、車が入れるほどの洞窟ではないと思うが」


 その言葉に、ラリマーは「そうですねえ」と言う。


「まずはアクアマリンに到着してからですね。この洞窟をよそ者が入っては面白くない人々もいるでしょうから、入れるか入れないかを確認しなければいけませんし、最悪泳いで入ることも考えないと」


 そう言うと、カルサイトが苦虫を潰したような顔になったのに、シトリンはまたもきょとんとする。


「あの、カルサイトさん?」

「いやまあ……入れるといいな、普通に」

「あのう?」


 普段の余裕綽々とした態度が消え失せたカルサイトを、シトリンは心配して眺めていると、トリフェーンが幼馴染を生暖かい視線で眺めた。


「こいつは泳げないからな。本当に干潮のときを狙っては入れたらいいが」


 ニャーニャーと鳥が鳴いている声を聞きながら、シトリンは妙な感心をしていた。苦手なものがなさそうな人にも、意外な弱点はあるものだと。

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