ロードナイトの夜会・2
カルサイトとシトリンが皇居に入って、ダンスフロアに向かっている頃。
ラリマーとジャスパーは、ふたりでロードナイトの広場にやってきて、店を構えていた。ジャスパーは神官らしいカソックを着て、不満げに口を尖らせている。
「あーあ、カルとシトリンはふたりで皇居に行ったんでしょう? ごちそう食べられたり、お酒飲んだり。いいなあ……そもそも皇居には古い蒸気機関とかいっぱいあるみたいだから、見てみたかったなあ……」
「ふたりは遊びに行ったのではありませんよ、ジャスパーくん。むしろ体を張って潜入しているんですから、ふたりには申し訳なく思っています。特にカルサイトくんしか、守護石をきっちりとした形で持っている人はいませんからね。彼は教会の孤児院で育ったから、あれだけきちんとした形で持っていたのでしょう」
「ふーん。それでラリマーさんは」
店とはいえども屋台で、布張りの屋根に、テーブル。テーブルクロスが敷かれ、その上には教本と紙が載せられている。そしてラリマーはというと。
ルビアと同じく頭にウィンブルを被り、トゥニカを着ている……明らかに女性神官の格好をしていたのだ。
ジャスパーが半眼でラリマーを見ると、ラリマーはこともなげに返す。
「僕、指名手配を食らっていますからね。ただでさえ教会の布教活動という形で店を出していますから、怪しまれて通報された場合、わざわざ罪状を増やされてしまったら困ります」
「そうかもしれないけどさあ……あー、こんばんはー。占いはいかがでしょうか? 守護石を元にあなたの運命を読み解きますよ」
彼らが声をかけるのは、主に女性であった。
聖書にはそれぞれの誕生石が書かれ、その誕生石に記された意味が書かれている。それを元に運命を読み解く……要は口から出まかせである。
カチッカチの神官であるルビアが見たら、怒って聖書の角をぶつけてきそうではあるが、残念ながら彼女は今もスフェーンで子供たちの世話を焼いていることだろう。
運命を読み解くというフレーズに引っかかった人々が、次から次へと店へと入ってくる。
誕生日を聞き、誕生石を特定すると、そこからペラペラとラリマーは読み解きはじめた。
「あなたは現在、思い悩んでいますね? 今晩お祭りに参加したのも、その悩みを少しでも晴らすためだと思われます」
「どうして……そんなことを」
「そうあなたの石が教えてくれていますからね。大丈夫です。あなたの悩みはいずれ解消されますから」
そう言うと、女性は何度も何度もお礼を言って、少々割高な占い料金を支払って去っていった。
その様子を、ジャスパーは半眼でラリマーを見ていたが、ラリマーはどこ吹く風で、女装したまま次から次へとやって来る人々に占いという名のカウンセリングを施していた。
わざわざこんな怪しい屋台にやって来る客が、悩んでない訳ないだろう。こんなところにやって来る客は、本当に暇とお金を持て余している人間か、藁にも縋る思いで駆け込んできた人間かのどちらかしかいないのだから。
守護石にそれぞれ付けられている石言葉を告げることで信用を勝ち得て、誰にでも当てはまることをさも運命を読み解いたかのように告げる。
それが当たっているように見えたら、祭りの夜限定で人だかりができ、その騒ぎを聞きつけた近衛兵がやってくるという寸法だろうと、ジャスパーは呆れながら見ていた。
ジャスパーは言動こそ幼いものの、決して馬鹿ではない。でなければ、『暁の明星団』で武器や車、汽車のメンテナンスを一手に引き受けるようなことはないし、蒸気機関を開いて構造を読み解くような真似もできない。
そうこうしながら接客をしていると、ときおり夜会帰りの女性たちも混ざってきた。占いをしながら、世間話ついでに「皇居はいかがでしたか?」と話を向けてみれば、次から次へと話が舞い込んだ。
「本当に夢のようでしたわ。あんな場所で踊ることなんて、年に一度のことですから」
「皇帝陛下もお元気でなによりでした。ロードナイトに療養にいらっしゃったときは、まさか崩御が近いのではと思いましたが、しっかりした方でしたよ」
「今年の夜会は見目麗しい男性が多くて、本当に素敵なひと時でした」
話をまとめてみると、どうも夜会に立派な帝国紳士がいて、エスコートしてくれたという。パートナーのいない女性には率先して男性を宛がってくれたために、パートナーがいなくて恥ずかしくて会場に入れないという女性もいなかったとのこと。
特徴が燕尾服を着た色素の薄い金髪に銀色の瞳で、大方それはトリフェーンだろうと推測できた。
どうも彼は近衛兵たちの羽休めとか言って、女性たちの仲人をしたようだ。これでカルサイトとシトリンが皇帝と話を付けて、最初のクリスタルの元に到達していればいいのだが。
だが、そんなラリマーとジャスパーの思惑は、次にやってきた女性により、あっさりと消し去った。
「今晩はわざわざ帝国機関の方がやってきてくださり、久々に帝都の話もお伺いできて、本当によかったです」
「帝都から……ですか。皇帝のお加減を伺いにですか?」
ジャスパーはそろっとラリマーを見るが、ラリマーはあくまでなよやかな女性の演技を続けるだけで、そこから焦りや衝撃は見いだせなかった。
女性はころころ笑いながら続ける。
「ええ。聞いたこともない機関名でしたが、皇帝と普通にお話してらっしゃったということは、正式な帝国機関のひとつなのでしょうね」
そう言っていたことで、ジャスパーは少しだけ困った顔をした。
一般人がほとんど知らない名前の帝国機関なんて、帝国錬金機関の他あるまい。
何故か彼らはシトリンに目を付けていたし、不可解な行動が多過ぎる。
客が帰っていったあと、ジャスパーは一旦「ちょっと食事休憩しますねー!」と布の向こうに声をかけ、【休憩中】と貼り紙をしてから、ラリマーに向き合った。
「どうすんの。シトリン、錬金機関に狙われてるかもしれないのに」
「ええ……何故かジェードくんは彼女にご執心でしたしね。何故か彼女をさらうようホムンクルスに命令してまで……彼がどうしてシトリンさんを狙っているのかはわかりませんが、一旦作戦を立て直したほうがいいかもしれません……」
「うーん……作戦自体は、もう強行突破でいっても問題ないと思う。どちらかというと、強行突破したあとの皆の回収のほうが大事だよ」
ジャスパーの存外冷静な指摘に、ラリマーはほっとする。普段は冷静なラリマーだが、こと古巣の帝国錬金機関がかかわると、冷静ではいられなくなる。
ラリマーは頷く。
「現場の行動は全てカルサイトくんに任せています。彼の性格を考えれば強行突破を選ぶでしょう。トリフェーンくんを向こうに付けている以上は、シトリンさんは彼が回収してくれるでしょうから。皇居の裏側は?」
「ちょっと待って」
ロードナイトは湖畔に面した都であり、皇居の裏には湖が広がっている。もちろん湖側にも近衛兵は配置しているだろうが、湖水の中を警戒することはない。
地図で大方のあたりを付けたジャスパーが言う。
「メンテナンスの時間さえもらったら、皆の回収はできるかなあ」
「わかりました。すぐ郊外に出て車の回収をしてきましょう」
「うん」
しかし。帝国錬金機関は、一般人はほとんど知らないような機関なのである。それがいくら皇居が年に一度開かれる祭りとはいえど、わざわざ一般人に存在を認知させるような真似をするのはどういうことだろうか。
ラリマーは嫌な気分になったものの、結論の出ないことを考え続ける趣味はなく、彼らは急いで店じまいをする。
少し待っていた女性客たちに謝ると、彼らは荷物を抱えて郊外へと出て行った。
まだ夜ははじまったばかりだというのに、彼らは逃亡することばかりを考えている。
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