ロードナイトの夜会・1

 夜になったロードナイトは、あちこちがオレンジ色の光が瞬き、趣ある街並みとなっていた。

 陽気な音楽が聞こえる場所もあれば、昼からパブで飲んでいたのだろう、酔っ払いのがなり声も聞こえてくるが、それを「やかましい」と怒鳴る声が聞こえないのが、今晩が都を上げての祭りのせいだろう。

 その石造りの街並みを、シトリンは腕を組んで歩いていた。いつもよりも歩きにくく感じるのは、いつものぺったんこのブーツではなく、ヒールの付いたパンプスを履いているせいだろう。


「あ、あのう……私、どこも変ではありませんか? 貴族の方も参加されている夜会の格好とかよくわからなくって……」


 シトリンは前にカルサイトに見繕ってもらったドレスを纏い、ふたつに垂らしている三つ編みを、教えてもらった通りに輪っかにして小さく結い直していた。頭には帽子に替わってレーシーなヘッドドレスを付けている。

 彼女に腕を貸しているカルサイトは、白いレーシーなシャツに真っ黒な燕尾服、黒い蝶ネクタイを付けている。普段の簡素なジャケット姿も様になってはいるが、正装をしているカルサイトも見目が麗しい。

 カルサイトは不安げに腕に捕まっているシトリンに、ニヤリと笑いかける。


「問題ないさ。社交界初参加の初々しい淑女にしか見えないだろうな」

「そ、そういうのは、褒め過ぎだと思います!」

「悪い悪い……さて、城が見えてきた」

「……はい」


 スフェーンはシトリンたちより先に宿を出立して、近衛兵たちと話をしに行ってはいる。別行動を取っているラリマーとジャスパーがなにをするのかは知らないが、ふたりは何故か教会の神官の格好をして出かけていってしまった。

 近衛兵を分散させることで、手薄になった皇帝に近付くという計画だが、もし皇帝に会うより先になにかしらのトラブルに見舞われて『暁の明星団』の人間だと気付かれた場合。

 その場合は、皇居を強行突破する他はないが、離脱方法が見つからないというのが困り物であった。結局は出たとこ勝負、その場の勢いとノリに身を任せないといけないのだから、厄介極まりない。

 そうシトリンが気を揉んでいる間に、皇居に近付いてきた。やはり近衛兵がいる。


「服装検査と荷物検査だけ、よろしいですか?」


 そうカルサイトとシトリンはそれぞれ近衛兵に呼び止められる。男女に別れて検査をしてから夜会に入場という寸法らしい。

 カルサイトは普段からジャケットに銃を仕込んでいるが、大丈夫なんだろうか。そもそもシトリンの胸の賢者の石なんてどうすることもできないんだが。シトリンが思わずカルサイトにしがみつく力を強めたら、カルサイトがやんわりと組んでいた腕を解いて、シトリンの背中を撫でた。


「それは構いませんが、彼女は幻想病ですから、見てもあまり驚かないでください」


 それにシトリンはきょとんとした顔でカルサイトを見たが、カルサイトは彼女に見えるように口元をパクパクと動かしただけだった。


『大丈夫だ、問題ない』


 そう言っているようだった。

 近衛兵はカルサイトのひと言に「それは大変失礼しました」と言いながら、女性の荷物検査を行っている女性近衛兵のほうへと案内してくれた。

 彼女はシトリンの胸にドレス越しに触れて、その硬い感触に驚いたが、事前の説明を聞いていたせいで「今日の夜会をどうぞお楽しみください」とやんわりと解放された。

 シトリンの懸念は胸の賢者の石だけだったのだが、カルサイトのほうは大丈夫なんだろうかと、彼女は不安に思いながら入口へと向かう。カルサイトは既に手荷物検査が終わったらしく、軽く手を振っていた。


「カルサイトさん! その……大丈夫だったんですか?」


 近衛兵に聞こえない程度にこそっと尋ねると、カルサイトはやんわりと笑う。


「そりゃ武器を服に仕込んでたら、すぐに近衛兵の詰め所に連行されてたわな。さっさと出したら、問題ない」

「えっと……それは大丈夫なんですか?」


 もちろん護身用に銃を持っている貴族だっているのだから、さっさと手荷物検査で差し出してしまったら、帰りに取りに来る分には問題ないだろうが。手ぶらになってしまったカルサイトは大丈夫なんだろうか。

 だがカルサイトはニヤリと笑うだけだった。


「俺、別に銃器がなくっても平気だからなあ。坑道でも武器なしでやり合ってただろうが」

「そりゃそうなんですけど……」

「さて、ここからが本番だろ」


 そう言うカルサイトに、シトリンは頷く。

 夜会会場は、シトリンの人生で今まで聞いたこともないような華やかなオーケストラが響き、それに合わせて踊っている人々が見える。漂ってくる匂いは、あまり嗅いだ覚えのない甘いもので、シトリンはそれを驚いて眺めていた。

 一歩会場に足を踏み入れると、鼓膜を震わせる音楽と優雅な人々の圧倒されそうになる。豪奢に着飾った女性や、帝国紳士そのものの男性、近衛兵たちもそこかしこに正装に身を包んで、銃剣を構えて立っている。

 こんな場所から、皇帝を探し出して、彼の元へとさらりと向かわないといけないなんて、本当にできるんだろうか。

 不安で足が竦みそうになるシトリンだったが、ひょいと腰を抱かれた。カルサイトにぴったりと密着する形になる。それにシトリンは驚いて彼を見上げた。


「堂々としてろよ。どっちみち、今この場にいるのは貴族だけじゃない。一般人も観光客も、皆それらしい格好をして夜会に参加しているんだからな」

「は、はい……」


 対応しているウェイターからドリンクをいただくと、それを飲む。冷たくて甘い飲み物を口に含んだおかげで、いくばくかの緊張は解けたものの、グラスをウェイターに返すと、カルサイトはそのままシトリンの腰に回した腕を、ゆっくりと会場で賑わっている場所……ダンスフロアへと進んでいった。


「あ、あの……! 私は踊れないんですが……! 皇帝の前で踊る気ですか!?」


 シトリンは今にも気絶しそうになっているが、カルサイトはにやにやと笑ったままだった。


「そんなの決まってるだろ? 主催は皇帝なんだから、ダンスフロアが見える場所に皇帝がいるはずだ。踊りながら探す」

「あ……! でも、そこで見つからなかった場合は?」

「最悪の場合は、それらしい人間に片っ端から声をかけなきゃいけなくなるが……不審者扱いされて御用になるくらいだったら、そのまんま地図通りの目的地に強行突破したほうが早いな」

「そう……なりますか……」


 クリスタルからもらった地図は、シトリンの胸に仕込んでいた。賢者の石のひとつに引っ掛けていたために、そのクリスタルを取り上げられることはなかった。

 カルサイトは従順な教会の信者だということで、彼がロケットに入れていた守護石も取り上げられることはなかった。

 だが、守護石の強化を優先させたがために、武器を放棄してしまった以上、本来なら戦闘を避けたほうがいいことは、それらに関しては素人のシトリンですらわかっている。

 そうなったら、皇帝を早く見つけたほうがいい。

 シトリンはカルサイトにもたれかかる。


「……皇帝はどのような方ですか? お体を崩されてここに来たということは伺いましたが、見た目までは知りません」

「黒髪に金色の瞳。全身真っ黒で、シャツすら黒だと言えば探せそうか?」

「わかりました……」


 代々皇族は黒を重んじ、男性の正装が黒なのもそこから来ている。シャツまで黒にするのは、本当に皇族くらいだ。

 男性の正装が黒の燕尾服のせいで、探し出すのは大変そうだが、シャツまで黒かったらなんとかなるかもしれない。シトリンはそう思いながら、カルサイトと共にダンスフロアへと足を一歩踏み入れた。

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