結界修復編

湖畔の都ロードナイト

 車を走らせて、二刻半。途中で食事休憩を摂りながら進んでいく道が、だんだんと舗装されていくことに気が付いた。

 舗装されていない道は、いつだって腰が跳ねる感覚があるのに、ジャスパーの運転は穏やかとはいえども、静かな車体にシトリンは「あれ」と思う。


「最初の場所って、ずいぶんと道が舗装されてるんですね……?」

「皇帝のお膝元なんだから、そりゃそうだろうな」

「えっと……今向かってるのって、皇居なんですか……?」

「そうそう」


 カルサイトの言葉に、シトリンはブルリと身を震わせていた。

 皇帝は帝都スフェーンには住んでいない。帝国機関の会議の際にはスフェーンに出向するらしいが、この数年の幻想病問題に取り組んだところ、体を壊されて、第二の帝都とも呼ばれているロードナイトへと移り住んだということを、シトリンは新聞で読んでいた。

 トリフェーンは少しだけ厳しい顔をする。


「あそこは皇帝のお膝元のために、帝国近衛機関も駐留している。変装しなければロードナイトに入ることすらできんだろう」

「トリフェーンくんは近衛兵には顔を知られているんですか?」


 ラリマーの質問に、トリフェーンは頷く。


「知り合いも数人、ロードナイトに赴任しているはずだ。それがテロリストと一緒にいるとなったら、手引きしているとみなされてもしょうがあるまい」

「そうですか……しかし困りましたね。このクリスタルの地図が本当だとすれば、皇居に入らなければ、守護石を強化させるクリスタルは壊せません」

「ええ……?」


 シトリンは思わずクリスタルを見ると、ラリマーが地図を持ってきて、クリスタルの位置と地図の位置を指し示す。

 クリスタルの位置はどう見ても、皇居の敷地内であった。


「どうしましょう、普通に考えれば夜間に侵入ですけど……」

「普通に考えたら、陽動班と侵入班に分かれて、カルサイトをクリスタルの位置まで連れて行くのがベストだよねえ」


 ジャスパーは深刻さがわかっているのかいないのか、楽し気に言う。


「ジャ、ジャスパーくん、悠長過ぎませんかっ!?」

「どっちかというと、おれはどうして皇居にクリスタルがあるんだろって、そっちのほうが疑問なんだけどねえ。だって教会を迫害してたのは皇帝じゃない。クリスタルが無事な保証ってあるの?」

「それは……」


 ジャスパーの無邪気な疑問に、シトリンが答えられるわけがなく、押し黙ってしまうが、静かにトリフェーンが告げる。


「おそらくは、皇帝はクリスタルを現在も保護しているはずだ。皇帝に直接話ができれば、可能性はなくはないが」

「ですが、皇帝はご存知なんですか? 帝国機関……特に帝国錬金機関の行動を」


 今度はトリフェーンに問いかけるラリマー。トリフェーンは静かに言う。


「帝国錬金機関は普段は本当に忠実な皇帝のしもべだ。おいそれと本性を見せるような真似はしない。それは貴様もご存じのはずだ。ミスター・モルガナイト」

「……そうですね。では教会に残されていた予言と、幻想病を完治させるための手段として、クリスタルが欲しいという旨を伝えるべきですが。皇帝にどう伝えるか、ですね」

「それだが。明日にはロードナイトで都ひとつを巻き込んだ祭りが開催させる。特に今は幻想病が原因で、皆が不安になっている頃だ。不安を鎮めるために必ず祭りは開催させるだろう」

「ああー……」


 カルサイトが納得したような声を上げるが、シトリンはさっぱり状況が飲み込めず、助けを求めるようにジャスパーを見た。ジャスパーもわからないらしく、小首を傾げている。

 わかってないふたりの頭を、カルサイトはがしがしとかき混ぜはじめた。


「お貴族様も平民も、皆ご一緒にということで、皇居が開かれるんだ。さすがに変装しなかったら入れないだろうが、そこで皇帝に直談判できるかもしれねえって話だよ」

「あ、ああ! カルサイトさんが早速服が必要になるって言ってたのは……!」

「俺とダンスのパートナーになっていただけますか?」


 カルサイトにニヤリと笑いながら言われ、シトリンは顔を真っ赤にしながら頷いた。


****


 湖畔に城が映り込み、草原が広がっている。

 到着したロードナイトは、第二の帝都と呼ばれてはいるが、スフェーンと違って蒸気で煙たくなく、おかげで古いが美しい街並みがくっきりと見える。

 石造りで舗装された街並みは、一般人が住まう街並みも、少し都の奥にある大きな屋敷街も同じようだ。

 一般人の街並みも、石造りの建物をそのまんまアパートメントとして使用されているから比較的快適に見え、第二の帝都と謳っているせいか、お土産屋やパブなどもあちこちに並んでいるのが見える。

 祭りがあるせいか、どこの宿も満室で断られることが続く中、ようやく場末に安宿に泊まれることとなった。

 パブでさんざん飲んで酔いつぶれている客しかいないせいで、壁が薄けれどかえってこういう場所のほうが作戦会議はしやすい。

 いびきをかいている声を壁越しに聞きながら、借りた部屋の一室に集まって、声をすぼめて会議をはじめる。

 広げられた地図は、ロードナイト全体の地図だ。湖に面したこの都は、湖に一番近い場所に城が建っている。大昔は要塞として巨人族との討伐に使っていたらしいが、今は外壁を残して中を改装し、皇居として使用されている。


「カルサイトくんはシトリンさんをパートナーとして、皇居に潜入。トリフェーンくんは、できましたら近衛兵の知り合いがいましたら、足止めを頼めますか?」

「善処するが。俺と貴様らが繋がっていると知られている場合は?」

「おそらくですが、帝国錬金機関も表立って皇帝とことを構えるようなことはしないと思います。もしするとなったら、目的達成のための手段を完全にしたときでしょうし。今危険なのは、近衛兵と直接やり合うことですから。やり合わないで穏便にことを運べたらと思います。僕とジャスパーくんは、街のほうで騒ぎを起こしますから、そこに近衛兵を呼んで戦力を分散させます」


 シトリンはそれに顔を曇らせた。

 いくら世界の危機のためにはどうしてもクリスタルに近付いて守護石を強化させなければいけないとはいえど、一般人がお祭りを楽しめないのは悲しい。

 それに気付いたのか、ジャスパーは無邪気に笑う。


「別におれもラリマーさんも、悪いことはしないよお。大丈夫、一般人はお祭りを楽しむし、幻想病とか世界の危機とかなにも知らないで終わるよぉ」

「ほ、本当に?」

「おれだってスフェーンで「世界平和のためー」って言い訳で賢者の石ばら撒かれて病気になってんのに、大儀の前の小事とかする訳ないじゃん」


 あっさりとジャスパーに言われて、シトリンは「よろしく……!」と頼む。

 ふたりの会話が途切れたのを確認してから、カルサイトが言う。


「そりゃ、俺とシトリンふたりで守護石の強化ができたらかまわないけど。万が一、皇帝に直談判する前に、帝国諜報機関や近衛兵に見つかった場合は? お前らができる限り近衛兵を減らしてくれるのはわかるんだけどさあ」

「ええ……その場合は、作戦を中断して、クリスタルに強行突破して、すぐにロードナイトを離脱するしかないでしょうね。万が一のために、のろしの準備でも」

「了解。そんな慌ただしいことにならないのを祈るよ」


 これで作戦会議は終わったのだが。

 部屋はふたつしか取れず、ベッドは一室につき、三つまでしか存在していなかった。

 シトリンは困り果てた顔で、ラリマーとジャスパーと同室に入れられたのだった。ラリマーには心底申し訳ない顔で頭を下げられる。


「すみませんね、残り二室だったので」

「い、いえ! ベッドは違いますし。雑魚寝は慣れていますから! 村でもお祭りの準備前は皆で村長さんの家で雑魚寝してましたし」

「女性だけと男性だけでは、また違いますが……」

「おれは別にいいけどさあ。シトリンはカルと仲いいのに、どうして一緒の部屋にしてあげなかったの?」


 ジャスパーにそう突っ込まれて、シトリンは顔を真っ赤にして「ジャスパーくん!?」と悲鳴を上げる。

 ラリマーは眉を下げて言う。


「どちらかというと、カルサイトくんのためなんですけどねえ、部屋を離したのは」

「えっと……はい。ありがとうございます……?」


 ドア側にジャスパー、シトリン、ラリマーの順番で横たわり、そのまんま明かりも消された。

 シトリンはベッドに横たわりながら、ぼんやりと思い返す。

 皇居に入ることなんて生まれて初めてだし、皇帝に直談判なんてことをするなんて、考えたこともなかった。

 ルビアからは、教会の教義を長い間帝国は禁止していたと言っていたが、クリスタルは明らかに教会の巫女だったし、皇帝がそれを保護しているというのはずいぶんと矛盾を孕んでいる。

 明日、皇居に向かえばわかるんだろうか。

 カルサイトの守護石を強化すれば、結界の修復に一歩近付く。そうすれば、世界中の幻想病の完治に一歩近付ける。

 そうなればいい、そうあってほしい。頭が悪いなりに彼女は考えてから、ようやく意識を飛ばしたのだ。

 ガタガタとした振動とも、蒸気の音とも縁遠い眠りは、本当に久々のことであった。

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