炭鉱町サンストーン
蒸気が薄らいだ草原を走って二刻。辺りはすっかりと暗くなり、車が灯りを付けて照らさなければ前が見えない。
照らされた景色は草木はだんだんと少なくなり、岩山が増えていった。
「この先がサンストーンになるんですよね?」
「ああ。ああ、そうだシトリン。一応サンストーンに着いたら、あんまり銃器使うなよ?」
「え? 別に使いませんけど。どちらかというと、カルサイトさんのほうですよね、銃器使うのは」
シトリンはきょとんとした顔で言うと、カルサイトは「あー……」と声を詰まらせる。
「炭鉱はあっちこっちが燃料だらけっていうのはわかるか?」
「えっと……石炭の採掘現場ですから、当然ですよね?」
「そっ。だから、ちょっと火花を散らしただけで大爆発を引き起こす。石炭を燃料として使いはじめた頃なんて、あちこちでうっかりと火花を散らして、町ひとつが消し飛んだ例だってある。だから絶対に使うな」
それにシトリンは顔を青褪めさせた。そこまで大変な仕事とは思っていなかったのだから。
「絶対に使うなよ」
「わ……かりました。でも帝国機関に見つかった場合はどうしましょう?」
「向こうも火花が散ったら町ひとつが吹き飛ぶことがわかってるんだから、むやみに使うようなことはしないだろうが。最近の帝国機関はおかしなこと考えてる奴が多いからなあ……俺も読めねえ。まあ、トリフェーンがいるから、それでやばかったら、本当に帝国機関はやばいんだけどなあ」
「トリフェーンって……あの、帝国諜報機関の方ですよね……?」
どうして敵対組織の人間がこうも親し気なのかがわからず、あの冷徹な表情を思い返して、シトリンが顔を青褪めさせていると。カルサイトはにべなく言う。
「あいつと俺、ルビアはスフェーンの下町出身だからなあ。幼馴染って奴だ」
「あ……ああ。でも、おふたりは『暁の明星団』にいらっしゃいますのに、トリフェーンさんと敵対していいんですか?」
「んー、あいつと好きで敵対してるわけでもないしなあ。あいつが帝国機関に入った頃は、まだ今みたいにおかしなことしてなかったし、普通にチビたちに仕送りもしてくるいい奴だけどなあ。まあ、ラリマー助けたことで、こういろいろ歯車が噛み合わなくなったというか」
それにシトリンは意外だと一瞬思いつつも、カルサイトとルビアの関係はずいぶんと親し気だったのを思い返し、納得した。また敵対してはいるものの、カルサイトとトリフェーンが本気で憎しみ合っているわけでもなさそうだとは思っていたが、関係を聞いたあとなら納得だ。
ただ不思議に思ったのは、ラリマーを助けたという点だが。この辺りのことはおいおい聞けばいいんだろうかとシトリンは思うことにした。
だんだん石造りの家も見えてくるようになったが、シトリンはあれ、と思うようになってきた。
今時、蒸気機関のおかげで炭鉱町はどこも人通りが多く、宿場町や屋台なども並ぶはずなのに、どこもかしこも閑散としているのだ。
夜なら既に仕事も終えているから、飲みに出ているだろうに。
まるでゴーストタウンだ。
「あの……いくらなんでも人通りが乏し過ぎませんか?」
「あー、ラリマーが幻想病が進んでるとか言ってたけど、それが原因かあ……でも変なもんだよなあ」
「幻想病が、ですか?」
「いや? そもそも炭鉱町なんだから、普通に蒸気機関に石炭使えばいいだけだろ。賢者の石が入り込む余地がないはずなのに、なんで幻想病が広がってるんだ?」
それもそうかとシトリンは納得する。
車を町外れに停めると、どこかの家から悲鳴が聞こえた。慌ててカルサイトとシトリンが家のドアを叩く。
「おい、大丈夫か!?」
「その声は……もうおふたりは着きましたか?」
聞き馴染みのある声に、シトリンは心底ほっとした。ドアを開けば、シーツが床に敷かれ、その上に寝転がっている人の腕をジャスパーが抑えつけ、その人の腹に生えた石を引っこ抜いているラリマーの姿が見えた。
どう見ても幻想病の患者らしい男性は、顔にまで石を生やしていた。それにカルサイトもシトリンも言葉を失う。
「……重症じゃねえか」
「ええ。町中を見て回りましたが、錬金術師がひとりふたりでは数が足りず、僕もこうして診て回っていました。町中がここまでひどいことになっているのは初めてです」
「うう……ううっ……!」
「ダイジョブだよー。ラリマーさんがちゃーんと麻酔打ってくれたから、ちゃんと石を抜けば落ち着くから。もうちょっとだよー」
ジャスパーの能天気な声により、男性はようやく大きな石を抜くことができた。バケツに入れられた石の量を見て、シトリンはまたも押し黙る。その量は、シトリンの胸に生えた賢者の石の量をゆうに超え、これでは生活することすら困難だろうと。
ようやく皮膚のこわばりが解け、体を起こす余裕のできた男性は、ラリマーに頭を下げる。
「本当に、錬金術師さんのおかげで、なんとか生活できるようになりました」
「ええ……ですが、またいつ石が生えるのかはわかりませんから、帝国治癒機関に入院をお勧めします」
「いえ。自分は表面に生えただけで、まだマシなほうなんで」
男性に何度も何度もお礼を言うのを頭を下げてから、ラリマーたちと共に、取った宿へと進む。
宿屋のおかみは「先生、本当にありがとうございます」と言いながら、食事を用意してくれた。
「サンストーン中、ずいぶんひどいことになっていましたね。中には可哀想に一日中石を吐き出す人までいて」
「ええ……私はまだ症状は軽いんですけど、この町のほとんどの人たちは幻想病が発症して、まともに生活できないんですよ。石炭を掘っているだけですのに」
干し肉を酒で戻してシチューにしたものや、じゃがいもを焼いて塩とハーブで味付けしたものなど、素朴な味付けのものを食べながら、淡々と話が進む。
シトリンは恐る恐るシチューに口を付けながら、おいしさに目を潤ませた。
ラリマーとおかみの話を耳にしながら、カルサイトはジャスパーへと話を向ける。
「ここ、賢者の石はばら撒かれてないんだよな?」
「調べたよ、もちろん。でもここには本当に昔ながらの蒸気機関しかなかったんだよね。でも石炭採掘が原因で幻想病ってのは聞いたことないし、町の人たちと話をしたけど、賢者の石が石炭と一緒に掘り起こせたって例はないみたい。でも賢者の石をばら撒いたときと同じ症状が出るってどういうこと?」
ふたりは黙り込んでしまった中、シトリンはシチューをおいしく食べつつ、ふと思いついたことを言ってみる。
「拒絶反応っていうのはどうでしょうか?」
「それって、賢者の石が原因で、体が拒絶をした結果幻想病になるっていう? でも賢者の石はこの町にないんだけど」
「いえ。もしかして、この町に賢者の石みたいな効果のものでもあるのかなと思ったんですけど……でも」
言いながら、シトリンは首を傾げた。
正直、賢者の石にはシトリン自身も拒絶反応を起こすし、賢者の石を近付けられたら、胸の石が痛むのだ。でも、ここに来てからというもの、特に賢者の石に近付いたときみたいな拒絶反応の痛みは襲ってこない。
おかみと話を終えたラリマーが言う。
「いえ、シトリンさんの考えもわかります。この土地になにかしらのからくりがあるのかもしれません。もし幻想病を完治させるヒントがあるとすれば、ここでしょう。今晩はさすがに遅いですから、明日にでも許可をもらって炭鉱に向かえれば」
「わあ、となったら、おれも治るかもしれないんだあ」
にこにこ笑うジャスパーは、また咳き込んだら、せっかくおいしかったシチューと一緒に石を吐き出すので、おかみは「大丈夫ですか? 助手さん!」と悲鳴をあげながらバケツを持ってきてくれた。
シトリンはそんな彼に胸を痛める。
もし、治るのなら治ったほうがいいに決まっている。明日になったら、治療法が見つかるかもしれないのだから、明日に備えよう。
皆で宿屋のベッドに入ると、そのまま泥のように眠ってしまった。
これだけ夢も見ずに眠りこけてしまったのは、シトリンの人生の中でも、生まれて初めてのことだった。
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