帝国錬金機関

 帝国には様々な機関が存在している。国内の治安維持を行っている帝国近衛機関、国内の情報規制統制を司っている帝国諜報機関、国内の技術提供を司っている帝国工業機関、国内の災厄の管理や治癒法を研究している帝国治癒機関……。

 それらは表立って国内で宣伝をしているが、全く表立って知られていない機関が存在している。


「ああ、お帰り。ファイブロライト。あの子は連れ帰ってこられなかったんだ」


 諜報を司る機関の一室にはそぐわない、試験管やビーカーが並び、刺激臭の漂う部屋に座っていたジェードは笑顔で真っ白な青年に振り返る。

 ファイブロライトと呼ばれた青年は、抑揚のない表情で、頷く。真っ白なスーツは服を着て水浴びでもしたかのようにぐっしょりと濡らしていたが、彼は不快な素振りを見せることもない。


「……カルサイト・ジルコンの妨害により、シトリン・アイオライトの確保はできなかった」

「あはっ、やっぱりあの人逃げちゃったんだあ。トリフェーンも甘いからさあ……ほーんと、大事の前の小事を理解してない輩が多過ぎて困っちゃうよねえ」


 そう言ってジェードは椅子を深く座る。ファイブロライトは抑揚のない瞳でジェードを見る。


「マスターはトリフェーン・ラプラドライトのことを信用していないのか?」

「人間的には嫌いじゃないよ。ただビジネスパートナーとしては最悪だ。あっちのミスはぼくだって被るんだしねえ」

「理解不能」

「そう? あーあ、ぼくだってさっさと帝国錬金機関に帰りたいよ。任務が終わるまでは、帝国諜報機関に帰れないしさあ」


 ジェードは不満げに椅子を鳴らした。生体工学に基づいてつくられた椅子は、腰に負担をかけないものらしいが、ジェードのメンタル的な不満を軽くする術は持っていない。

 彼の子供っぽい愚痴を、黙ってファイブロライトは見ていた。

 そんな中、乱雑にドアが叩かれた。


「おい、ジェードはいるか?」

「はあい、空いてるから入っていいよー、トリフェーン」

「失礼する」


 乱暴にドアを開いたあと、トリフェーンはファイブロライトの顔を見てあからさまに顔をしかめた。


「……貴様、外道だとは思っていたが、何故あれのホムンクルスをつくった?」


 ホムンクルス。元々は錬金術により賢者の石生成の研究の際に副産物として生まれた子宮外生命体だが、ホムンクルスを介しての賢者の石生成は不効率だとして、なによりも人道的に子宮外生命体をつくり続けることはよろしくないとして、今ではほとんどホムンクルスの生成は行われていない。

 しかし、トリフェーンに「外道」と称されたジェードは、あっさりと人道を無視してホムンクルスをつくったのだ。

 しかも、よりによって知り合いと同じ顔の男をだ。

 トリフェーンの糾弾にも、ジェードは「あはは」と笑うだけだった。


「そこまで怒らないでよ。ひとつは単純に純粋な興味だね。あの『暁の明星団』の彼、幻想病になる気配がないから、彼の体質のせいなのかと思って、少々サンプルをもらってつくらせてもらったんだけど、ちっともわからなかった。どういう理屈なんだろうねえ?」

「人道的にどうなんだ」

「あはっ、その人道的ってものを守っていて、大事を守れるのかな? ぼくはその辺りは全然わからないんだけどねえ。もうひとつは、彼には生成の際にすこーし弄らせてもらった。シトリン・アイオライトの気配を見つけたら、どこまでも追いかけて確保するようにね」

「……あの娘に、貴様がそこまで固執する理由がわからん。ただの一般人だろうさ」

「うーん、そういってかばいたいんだろうけどねえ。そろそろ君もかばいだてできないんじゃないかなあ? ファイブロライト、シトリン・アイオライトを見つけたのはどういう状況?」


 ジェードに話を振られて、ファイブロライトは淡々と抑揚のない声で答える。


「シトリン・アイオライトはクリソプレーズ郊外にて、停泊車内で発見。帝国工業機関紋章付きジャケット着用の上、車両破壊」


 身分偽証、器物破損、テロリスト集団と同行……帝国法にいったいどれだけ触れているのかわかったものではない。

 トリフェーンが苦虫を噛み潰したような顔をしている中、ジェードは年不相応な笑みを浮かべた。学問所を飛び級で卒業した、少年らしくない顔であった。


「『暁の明星団』の新入団員を捕縛しようとするのに、帝国諜報機関としての大儀は充分あると思うけど、君はそれでもかばいだてするつもり?」

「貴様は……」


 謝って心臓を打ち抜いた少女は、何故か生きて、『暁の明星団』に加入している。見てくれからして、無害な一般人をテロリストにしたのは、間違いなくトリフェーンの落ち度であった。

 彼はこれ以上言うことはなく、ただ低い声でジェードに告げた。


「上からの命令だ。サンストーンの調査に出ろと。そこに、『暁の明星団』の動きが確認されると」

「ふうん、わかった。あーあー、肉体労働はぼくの仕事じゃないってのに。あっ、そうだ。トリフェーン、今回はファイブロライトと一緒に行くってのはどう?」

「嫌がらせか」


 トリフェーンは心底嫌だという顔をするのに、ジェードは「あはは」と笑う。


「知り合いとそっくりな顔をするホムンクルスと同行するのは、一流エージェント様も嫌かあ」

「ふざけるな……貴様は、行くのか?」


 念のためトリフェーンが声をかけると、ファイブロライトは抑揚のない顔のまま答える。


「マスターの命なら」

「……嫌な機能だな」


 ホムンクルスは生成主をマスターとみなす。もちろん生成のときの刷り込みにも寄るが、彼がマスターとみなすジェードを裏切るとなったら、それは刷り込みではなく、彼の因子によるものだろう。


****


 シトリンが『暁の明星団』に加入したい旨を、ラリマーが不在の間、そこのリーダー代理を受けているルビアに告げたところ、彼女は「あらあら」と小首を傾げた。


「今まで、女の子が構成員になったことはないから、ちょっと困ったわねえ」

「あの、駄目なんでしょうか……?」

「駄目というよりも、単純に危険だからどうしましょうと思っただけで。それに意外だと思ったのは、あのカルくんが了承したところですね。彼、帝国紳士を自称しているから、女子供が傷つくの、ものすごく嫌がるんだけれど」


 ルビアがそう指摘してカルサイトを見ると、カルサイトはふいっとルビアから視線を逸らす。


「シトリンの覚悟を聞いたからだ。家族や身内を幻想病にするもんをばら撒く奴らを、許せないっていうのは当然だろう?」

「そうですね」


 ルビアはシトリンを見ると、にこりと笑った。そして神官らしい柔らかい言葉で、厳しいことを尋ねた。


「私たちが行っているのは、賢者の石の回収です。それは安全な燃料だと謳われてあちこちに分布されていますが、それが原因で幻想病が蔓延しています。どうしてそれを帝国機関が率先して行っているのかは、私たちも情報を掴んでいませんが。これ以上幻想病を広げないように、活動しています。ですが、あなたも目撃していらっしゃるから知っているでしょうが、帝国機関は一般人にはともかく、それ以外の存在には決して容赦はしません。今まであなたがそこまで危ない目に合わなかったのは、あなたが一般人だからでしたが、『暁の明星団』に加入する以上、あなたも帝国機関からはテロリストとみなされます。それでもよろしいですか?」

「……私は」


 シトリンはアンバーで見たことを思い返す。村の蒸気機関に賢者の石を大量に入れていた帝国工業機関。何故か自分を追いかけ回してきた帝国諜報機関。

 賢者の石は貴重なはずなのに、どうしてそんなものをあちこちにばら撒いているのかはわからないし、何故皆を幻想病にして回っているのかはわからない。

 ただ、おばあちゃんみたいな苦しい思いをしている人を、わざわざ増やす必要は、どこにもないだろう。


「帝国機関が正しいのか間違っているのかは知りませんが……わざわざ幻想病の人を増やす必要が、どこにあるんですか。偉い人のことは知りません。ただ、なにかの目的のために、苦しむ人が増えるのは、嫌ですから……だから」

「……あなたの話は、わかりました。ようこそ、『暁の明星団』へ」


 そうルビアがにっこりと微笑んで両手を広げる。シトリンは思わずカルサイトに振り返ると、カルサイトはにやりと笑って拳を突き出した。シトリンがそろりと握りこぶしをつくると、彼はそれにかつんと自分の拳をぶつけた。

 と、そこで電話が鳴った。村長家でしか見たことがないものをきょとんとして見ていたら、ルビアはそれを受け取って、なにやら話し出した。


「はい……はい……わかりました。カルくんたちに向かわせます。シトリンさんはちゃんと回収していますので大丈夫ですよ。はい。どうか主のご加護がありますように」


 電話を切ると、ルビアが告げる。


「クリソプレーズでは独自技術により、帝国工業機関の入り込む余地はなかったようです。ですが、そこで噂になっていたそうです。サンストーンでは幻想病が蔓延していると。ラリマーさんたちはサンストーンに向かうそうです」

「サンストーンというと……そこって炭鉱町ですのに、どうして?」

「それの調査ですね。カルサイトくん、シトリンさんと一緒に向かってください」

「おう。それじゃシトリン、行くぞ」

「は、はい……っ!」


 そのまま地下に向かうと、かかっている武器の中からカルサイトはひとつ取り、ひょいとシトリンに持たせた。

 丸いそれは、松ぼっくりほどの大きさに見える。シトリンはそれをきょとんとして見ていたら「それ、発光弾」と言われる。


「シトリンは武器の使い方わかんねえだろ。そもそも拳銃なんて、練習して慣れなかったら的に当たらねえどころか、敵に居場所を教えるからいいことないんだよなあ。それより、敵に目くらましとか、味方の脱出のためのもの渡したほうがいいと思ってな。あと、煙幕。これらを何個か渡しておくから、味方を助けるときに、そこのピンを外して投げな」

「わ、かりました……」


 思っているよりも重い発光弾と煙幕を何個かエプロンの中に突っ込むと、アジトを突っ切っていった。

 アジトには何人か人がいて、そのたびにカルサイトは「こいつは新入り。新人教育してくる」と言って、シトリンの背中を叩いた。そのたびにシトリンも「こんにちは!」と挨拶をしたら、そこにいた人々は存外に人がいい。


「気を付けてな」

「カル、可愛い子ちゃん守ってやれよ」

「おうよ」


 そんな軽口を投げ合いながら、カルサイトとシトリンは車に乗り込んだ。シトリンは念入りにベルトをすると、カルサイトは「さすがに郊外に出ないとあんなスピードで走らねえよ」と言いながら、車を走らせる。

 線路の上を車が滑って走っていく。蒸気によりすこぶる視界が悪い中、ライトが点滅していく。

 この蒸気が薄まる郊外に出たときこそが、本番だ。

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