農村アンバー

 車が舗装をされていない道を、ガタガタと音を立てて走っていく。

 帝都はどこもかしこもレンガで舗装されているが、一歩郊外に出たら、どこも大概は舗装されていない。

 ほとんどは列車で往復するので、わざわざ道を舗装する必要がなかったのだ。今時馬車を使うのはシトリンの村以上の辺境の地くらいだし、ときおり椅子から浮き上がるものの、シトリンが知っている車よりも、ジャスパーの運転する車のほうが乗り心地がましだった。


「アンバーはこの先なんだよねえ?」

「は、はい」


 シトリンが頷くと、隣で景色を眺めているラリマーは、ぽつんと呟く。


「ここから先は、本当に農村地帯だと思いますが、シトリンさんの村でも蒸気機関を?」

「あ、はい。私たちの村も年々帝都まで働きに出る方が増えて、人手不足ですから。私もおばあちゃんとふたりで小麦畑を守るのが精いっぱいで、高額ですけれど蒸気機関の耕運機やトラクターは買って使っていますよ」

「それはそれは。お疲れ様です……ところで、蒸気機関はどちらでお買い求めを?」


 ラリマーの問いに、不思議なことを聞くんだなと思いながら、シトリンは思い返す。


「帝国工業機関ですけれど……うちみたいな農村は、大概帝国機関で物を買ったほうが安いので」


 大昔は、商業ギルドや農村ギルドなども存在したらしいが、蒸気機関が栄えるようになってからは、大都会と町村の落差が激しくなってしまい、都会にあるようなものはほとんど町村には出回っていないということが増えた。

 その落差を埋めるために、帝国があちこち機関をつくり、そこに帝国全土の発展を任せるようになったのだ。帝国工業機関もそんな機関のひとつだ。

 シトリンが言った言葉で、ラリマーが「やはり……」と眉をひそませてしまったので、彼女はきょとんとする。


「あの……? 私、なにか変なことを?」

「いえ。シトリンさんはなにも悪くはありませんよ。悪いのは帝国機関ですから」

「えっと?」


 ますますわからないと、彼女が混乱していると、流れを打ち切るように、ジャスパーが声を弾ませる。


「あー、すっごい小麦畑! シトリンの村ってあそこ?」


 そこを見ると、風で穂を揺らす小麦の畑が広がっているのが見える。そしてその向こう。昔ながらの石造りの家が並んでいる。

 アンバーだ。たった数日離れていただけだというのに、もう懐かしくって、シトリンは目頭を熱くさせる。


「はい、あそこです……!」

「そうですか。それではシトリンさん。村長さんのところまで案内できますか?」

「はい!」


 既に朝の農作業は終わり、アンバーの皆は家の周りで家事をしているようだった。

 汽車に似たおかしな車が走ってきて、皆驚いたような顔をしていたものの、そこから顔を出して「皆ー!」と手を振るシトリンを見て、安心したようにこちらのほうに視線を集めた。


「シトリン、お帰りなさい。帝都はどうだった?」


 彼女と同じくワンピースにエプロンを巻いた女の子たちが寄ってきて、シトリンははにかんで笑う。


「あっちこっちに線路が絡まってて、変なところだなあと思ったわ」

「まあ……もっと帝都紳士みたいな人に出会ったとか、帝都のおしゃれなドレスがあったとか、そんなのはなかったの?」


 そう言われても、シトリンは『暁の明星団』のアジトにいた記憶しかないのだから、帝都の街並みでウィンドウショッピングなんておしゃれなこと、している暇はなかった。

 車から降りてきたラリマーは苦笑して「申し訳ありませんね、服屋を回る余裕があったらよかったんですが」と口を挟んだ途端に、女の子たちは一斉にラリマーを見ると、さっとシトリンを盾にした。


「シ、シトリン。こんな格好いい人、どうしたの……?」

「どうしたのって。この人が連れてきた錬金術師のラリマーさんだけれど」

「嘘! 前に村に来てもらった錬金術師さんはもっとよぼよぼのおじいちゃんだったわよ! こんなに格好いい人なんて……!」


 女の子たちはシトリンの背後に隠れて固まってしまったものの、シトリンはラリマーを村長の元に案内しないといけない。

 ようやく蒸気機関を止めたジャスパーも、ぴょーんと車から降りてきて、あちこち見る。


「ラリマーさんラリマーさん。村の人に許可もらったら、ここの蒸気機関見せてもらってもいいかな!?」


 出てきたつなぎの少年に、また女の子たちは固まった。


「なに、帝都って、こんなに格好いい人しかいないの?」

「えっと……ジャスパーくんは機関技師さんだけれど」

「どうしたの!? 帝都ってすごいんだねえ……!!」


 シトリンは女の子たちにもみくちゃにされてしまったものの、村の人たちに歓迎会の準備してあげてと説得して、どうにか解散してもらい、ラリマーと一緒に村長の元へと歩いていく。

 帝都からの客人で、村人たちは皆物珍しそうな顔をしてラリマーを眺めている。ラリマーは目の合う人合う人に会釈しながら、村人たちを観察した。


「ずいぶん平和な村に思いますが……」

「……幻想病の方は、皆。家に引っ込んでいますから。外を歩き回っている人たちは、元気な人たちですよ。一部の人たちは旧式の蒸気機関でも元気に作業をしている人たちですから」


 ジャスパーはというと、人懐っこい言動で村の男たちから蒸気機関を見たいと交渉し、農作業用のものをわざわざ機体を開けて眺めているようだった。壊さないんだろうかとシトリンがハラハラして見ていると、ラリマーは苦笑して「彼は蒸気機関に関してはかなり秀でていますからね。蒸気機関を壊すような真似はしませんよ」と教えてくれるので、そのままにしておく。

 やがて、村人たちの住む古い家よりもさらに古い家が見えてきた。

 石造りの建物は、どこか教会に似ているようだ。


「ここです。村長さんの家は」

「教会に似ていますね」

「昔は神官さんがここに通ってらっしゃったんですけれど、年を召されて引退されてからは、村のモーテル兼役所兼村長さんの自宅みたいな使い方をしてるんです」

「なるほど……今のアンバーには、神官はおられないんですね」

「はい……まあ、うちの村はあんまり信心深い訳ではありませんので、あまり変わりないかなと」


 そうしゃべりながら、シトリンは窓口に顔を出した。


「シトリンです。錬金術師さんを連れて戻りました!」


 そう言うと、老人がカツンカツンと杖を突いて現れた。


「ああ、ああ。遠路はるばるようこそ。私がアンバーの村長を務めていますコーラルです」


 真っ白な髪に落ち着いた色のワンピースの女性に、ラリマーは挨拶をする。


「シトリンさんに呼ばれて伺いました、ラリマーです。村を見て回り、彼女からも事情聴取をしましたが、少し村長さんにお話をしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「ええ……幻想病は今までうちの村にまでは届かなかったものなんです。もし原因があるのでしたら、取り除きたいものです。私やトパーズみたいな年寄りだったらともかく、若い子たちが外に出られないほどひどい症状なのは気の毒なので」


 シトリンはおろおろしながら、ラリマーとコーラルの話を聞く。ラリマーから聞かれるがままに答えていたが、あれだけの会話で、なにかわかったことがあったんだろうか。

 コーラルが麦湯をラリマーに差し出し、彼はそれを少しだけ口にしながら「単刀直入に言います」と伝える。


「帝国工業機関の農業機器をこれ以上買うのは危険です。今、僕の助手であり、機関技師のジャスパーくんに村の蒸気機関を見てもらっていますが、おそらくそこまで勘は外れていないと思います。あの蒸気機関を使い続ける限り、幻想病が発症する人は減らないかと思います」


 それに、シトリンもコーラルも、言葉を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る