帝都スフェーン

 どうも教会兼孤児院の下に、『暁の明星団』のアジトがあるらしかった。

 ここの神官兼院長であるルビアはアジトの門番で、ここに住んでいる子供たちの世話と一緒に、ここを訪れる人々の面倒を見ているらしかった。

 カルサイトに連れられて、「神官様」とルビアに話しかけている人を見て、シトリンは言葉を失った。

 ここを通り過ぎる人、通り過ぎる人、皆幻想病の症状が出ているのだ。顔半分が鉱石で覆われている人、背中から翼のような鉱石が生えている人などなど。


「あんまりじろじろ見るんじゃねえよ、お嬢さん。あいつらは治癒院に通う金もねえから、ルビアを通じてうちに入ってもらってる」

「お金と引き換えに、テロ活動って……どうして、そんなことを?」

「んー……俺は錬金術師じゃねえし、ラリマーみたいに細かくは説明できねえんだけど。今の帝都のやり口は反対だから、こうして活動を行ってる。たしかにテロと言われてもしょうがねえかもしれねえけど、正攻法は無理だと判断して、こうなってる。こっちだってラリマーみたいなまともな錬金術師を帝国諜報機関に捕まえられるわけにはいかねえんだよ」


 カルサイトのきっぱりとした物言いに、シトリンは言葉を失ってしまう。

 どうにもこの人のよさそうな人は、テロリストになってまでなにかと戦っているらしいことだけはわかった。どの道、錬金術師の伝手がない以上は、ラリマーに彼女の村にまで来てもらわなかったら、村の皆の治療ができないのだから。

 そうこうしている間に、階段を降り、『暁の明星団』のアジトの通路を通ったところで、シトリンは驚いて目を見開く。


「こんなところに、線路……?」


 地下にびっしりと敷かれている線路に、汽車。シューシューと煙突から昇っている煙からして、明らかに石炭の蒸気機関である。

 先頭車両から、つなぎの少年がひょっこりと顔を出した。


「あー、おはよう。起きたんだぁー。もうどこも痛くない?」


 金髪の髪を汗でペタンとくっ付けた、にこにこと人懐っこい顔で出てきた少年に目を白黒とさせていたら、カルサイトが溜息交じりに言う。


「こら、ジャスパー。お嬢さんはお前のこと知らねえだろうが。ああ、こいつはジャスパー。うちの技師だよ。蒸気機関や銃のメンテナンスは皆こいつがしてくれてる。あんた見つけた列車の運転してたのも、こいつだよ」

「うん、まさかおまえが列車の連結外してくれると思わなかったなあ。びっくりしたぁ」

「ええっと……はい。シトリンです。今回は、私の村まで送ってくださるみたいで……ありがとうございます」


 とりあえず送ってくれるのだからお礼は言わないとと頭を下げると、ジャスパーはきゃらきゃらと笑った。


「いいよー、幻想病は苦しいもんねえ。おれもわかるよー」


 そうにこにこしていたところで、いきなり彼がゲホゲホと咳き込んだことに、シトリンは背中を跳ねさせた。まるで自分のおばあちゃんのような咳に「あ、あの……!?」と声をかける。

 それにカルサイトは渋い声を上げる。


「おいジャスパー。お前またラリマーの処方した薬、飲み忘れてねえだろうな?」

「飲んだよぉー。でも咳き込んで半分くらい飛ばしたかも。粉薬って飲みにくいよね」

「ばっか」


 そうペシンとジャスパーを小突くと、カルサイトは気まずそうな顔でシトリンを見た。


「あんまり顔を青くするなよ。幻想病は本当に死ぬ病気じゃねえんだ。ただ処方されなかったら、生活するのが苦しいだけで」

「……私の、おばあちゃんも。ジャスパーくんみたいな咳をしてたんで」


 しばらく咳をしていたジャスパーは、ようやく背中を真っ直ぐにすると、手にいっぱい鉱石を見せて、にっこりと笑った。


「カルの言う通りだよぉ。おれのことはあんまり気にしないで。ときどき石が喉に詰まってウエッてなるだけだからさあ」

「それって、まずいんじゃ……」

「ラリマーさんの薬もらってからは、そこまで喉が苦しくなくなったからさあ。だから大丈夫」


 ジャスパーがそう言って、ジャリジャリとした鉱石をゴミ箱に捨てた。それを眺めながら、シトリンは眉をひそめたまま言う。


「そうならいいんですけど……」

「まあ、本当にジャスパーのことはあんまり気にするな」


 そうこう言っている間に「皆、揃いましたか?」と声をかけられた。

 ラリマーは大きな革鞄を持ってこちらにやってきた。


「はーい。でも本当にいいの? 列車で。車も出せるし、帝国諜報機関の連中もラリマーさん追いかけてるのに。その上、この子も賢者の石を持ってるんでしょう? ふたりが捕まったらまずくない?」


 ジャスパーがさらりと言うので、シトリンが顔面を強張らせると、ラリマーがやんわりと言う。


「どっちみち、帝国諜報機関は我々を追いかけてくるでしょう。まずは地下鉄道で出発し、夜間に貨物列車に乗り換えて、その足でアンバーに向かうのがいいかと思います。列車のほうがいいというのは、帝国機関は一般人に公に知られたくないでしょうから、一般人を巻き込んだほうが、相手の動きを牽制できるからですよ」


 シトリンがまたも顔を青褪めさせているのに、カルサイトはペチンと彼女の額を弾いた。


「あんたも難儀だなあ。わざわざ連結を切ってまで俺たちの列車に乗り込んだんだろ。大丈夫だ、あっちも一般人をやるような真似はしたがらないからな。ただ、あんたのことを知られたらいろいろまずいから、もう自分を一般人のくくりに入れるのはお勧めできねえ」

「わ……かりました……」

「まあそんな顔すんなって、ちゃんと故郷まで送ってやるし、それまでは守ってやるから」


 そうカルサイトに言われ、シトリンは力なく頷いた。

 列車は一両。運転席にわずかな席の中、ジャスパーは「それじゃあ、出発進行ー」と言いながら蒸気を噴かせながら、列車を動かしはじめた。

 地下列車が動くのを、シトリンはまじまじと眺めていた。


「あの、ここ。教会の下ですよね? どうして教会の下に、線路があるんでしょうか?」


 いくら田舎娘とはいえども、こんなところに線路が敷かれていたら違和感くらいは持つ。

 向かい側に座っているラリマーは「ああ」と簡単に答える。


「失われた文明や文化、と言いましょうか。大昔は今よりももっと文明が発展していて、今よりももっと列車が多かったようです。この地下列車の線路も、廃線になったまま忘れられていたものを、我々が再利用させてもらっています」

「そうだったんですか……帝都はアンバーよりももっと蒸気機関が栄えていると聞いていたんですけれど。アンバーだと列車に乗るまでにもひと苦労でしたから」

「どうなんでしょうね、昔が栄えていたからこそ、今が危ういのかもしれません……」


 そうふたりが話をしている間に、地下から列車が出た。そこから見えた景色に、シトリンは息を飲んだ。

 どこもかしこも、蒸気で白んだ世界であった。車からも蒸気、列車からも蒸気、時計塔や高い建物からも蒸気……。

 網の目状に敷かれた列車があちこちに走り回っているのには、目で追っていると目を回しそうだ。


「もっと……線路は少なくって……ジャスパーくんが運転してたら、まずいんじゃないかと思ってました……こんなにあちこちに線路が張り巡らされてるなんて、思ってもみませんでした……」


 シトリンが呆気に取られて、去っていく列車を眺めていたら、あぐらをかいて座っていたカルサイトが口を挟んできた。


「個人列車に貨物列車。帝国のお偉方専用列車と、列車はいくらあっても足りないのが現状なんだよ。空路は全部帝国の諜報機関用で制限されてるから、無制限な列車のほうに金持ちが群がったのが現状って訳だ」

「こんなに、自動車みたいな感覚で列車を動かしているんですか?」

「燃料が現状だと石炭が一番安いからなあ。自動車もこれだけ列車が増えたら郊外にまで出ないと出番がないってことで、貨物列車に自動車を積んで郊外まで運んでるんだよ」

「なるほど……?」


 この目まぐるしい網の目状の路線であったら、なかなか『暁の明星団』も見つからないはずだと納得する。

 帝都スフェーン。シトリンの第一印象は、なんだかすご過ぎてよくわからない、というものであった。

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