タマゴが先か、トリが先か?(KAC20226)
つとむュー
タマゴが先か、トリが先か?
調査船が横須賀を出航して十時間が経過した。
今は小笠原海域の真っ只中を航行している。
「見えたぞ!」
他の調査員の声が船内に響く。
慌てて甲板に出ると、前方に黒い小さな島影が浮かんでいた。
――
これから我々調査隊が上陸する火山島だ。
もともとこの場所には小さな火山島があった。
噴火口の周囲の草地でカツオドリが繁殖する鳥の楽園だったが、二〇一三年に再び噴火が始まった。
溶岩流がカツオドリの巣のすぐ横を流れ、海まで達して島を次第に広くしていく。
それから五年以上も噴火活動が続き、ようやく沈静化したことを確認した我々は、島に上陸して調査を行うことになったのだ。
私は鳥類学者だ。
だから、調査ヘリからの映像を見るたびハラハラしていた。というのも、溶岩流によって草地がどんどん減っていたから。
噴火前のカツオドリの生息数は五百つがいと報告されている。
しかし、草地がこの調子で減ってしまったら?
すべての草地が、溶岩で覆われてしまったら?
五百つがいの生息数を保つことは不可能だろう。
さらに不幸なことに、似篠島の近くには他の島はない。一番近い島でも百三十キロも離れているのだ。
もし、子育て中のカツオドリの家族が溶岩流に襲われてしまったら?
親鳥は逃げることができても、ヒナは島を離れることはできない。最悪の場合、焼き鳥になってしまう。
だから島の調査ができると知った時、私は歓喜し、真っ先に調査隊に志願した。
――カツオドリが無事か確認しに行きたい。
その一心だった。
調査船は似篠島の沖に停泊する。
我々はウェットスーツに身を包み、上陸用のゴムボートに乗り込んだ。
いよいよ上陸だ。私の心は次第に高鳴っていく。
溶岩が砕けた真新しい砂浜にゴムボートが着くと、我々は海に潜って全身を水に浸す。ウェットスーツの外側についた種子や菌や微生物を洗い流すためだ。
我々は新しい島での生態系の推移を観察しようとしている。その新たな生態系の発端が、我々が持ち込んだものになってしまっては本末転倒だ。細心の注意を払わなくてはならぬ。
注意を払うのはウェットスーツだけではない。その中に着ている服もすべて新品に着替える必要がある。こうして我々は、ようやく上陸することが叶うこととなった。
「おおっ、いたぞ!」
私たち鳥類班は三人で編成されていた。私と、同じ研究室の助手、そしてテレビ局のカメラマンだ。
何かを見つけた助手の声に導かれ、彼のもとに駆け寄ると、そこには待ち望んでいた姿があった。
カツオドリだ。
「良かった……」
私は全身から力が抜けていくのを感じていた。
もしかしたら、全滅しているかもしれない。
生き残っていても、数匹だけかもしれない。
溶岩流が流れる島の空撮映像をテレビで見るたびに、眠れぬ夜を過ごしていたからだ。
しかしどうだろう。目の前に広がっているこの光景は。
元気に歩き回っているカツオドリは数匹どころではない。少なくとも百つがいはいるだろう。鳥の楽園は、溶岩流に負けることはなかったのだ。
「
新しい溶岩流の近くで助手が私を呼ぶ。
その溶岩流は、表面からまだ水蒸気を発していた。
「気を付けた方がいいぞ。それ、まだ熱いだろ?」
「確かに近づくと温かいです。それよりもここに巣があるんです」
近づくとカツオドリの巣があった。
が、可哀そうなことに巣の中の二つの卵は、熱を浴びてヒビが入ってしまっている。
「これ、絶対美味いやつですよ」
「バカ、そんなこと言うんじゃない」
私は怪訝な顔をしながらアゴで後ろを見ろと合図する。
そこにはカメラマンがカメラを回しながら立っていた。
「冗談ですよ、冗談。この島のものは、まだ持ち帰ることはできませんからね」
そうなのだ。
今はまだ、試料の持ち帰りの許可は得られていない。
まずは実態調査という名目で、我々は島への上陸が許されている。
こうして我々は、無事に島での調査を完了することができた。カツオドリの正確な生息数を観測するという成果を上げて。
しかしこの時の私は、調査班の中に不届き者がいることを知らなかったのだ。
◇
後日、調査の報告会が公開の形で行われる。
同行した放送局が用意したホールは、私たちの話を聞きたい観客で満席になった。
私は緊張した面持ちでマイクを握る。
ステージに設置されたスクリーンには、噴火前に撮影されたカツオドリの映像が映し出されている。
「島には昔、三十ヘクタールの草地がありました。しかし噴火でこんな風に草地が減っていき……」
スクリーンには、島の衛星写真が時系列順に映し出されていく。
溶岩流にだんだんと飲み込まれていく草地。観客も息を飲んで、その経過を見守った。
「この溶岩流のおかげで島の面積は三百ヘクタールになって、以前の十倍になったんですけどね。それとは裏腹に、草地の面積は元の百分の一になっちゃったんです」
という私の言葉と同時に、観客の表情にも不安が広がっていく。
――はたしてカツオドリはどうなってしまったのか?
ここで映像は、上陸後の調査風景に切り替わった。
「どうです、この光景。カツオドリはちゃんと生きていたんです!」
スクリーンに映し出されるカツオドリの姿。
それも一羽や二羽ではない。
百つがいを超えると思われる群れだ。ヒナ鳥も元気に駆けまわっている。
その映像を目にした観客は、一斉に笑顔になった。
『多度頃先生、これを見て下さい!』
映像の中の助手の声が、ホールに響き渡る。
溶岩流で焼けてしまった卵を発見したシーンだ。
私はすかさず、観客に向けて説明する。
「溶岩流のスピードはとても遅いのです。だから親鳥やヒナ鳥は溶岩流から逃げることができました。しかし卵は……」
スクリーンの映像が、焼けてしまった卵に向けてズームアップする。
そこで私は、驚愕の事実を知る。
なんと巣の中には、卵が三つあったのだ。
◇
おかしい、何で焼けた卵が三つもあるんだ?
私は自分の目を疑う。
あの時、確か卵は二つだった。
「どうかしましたか? 多度頃先生」
考えられる可能性は、誰かが一つ持ち去ったということだ。
この映像が撮られてから私があの場所に着くまでの数分間に。
それができる人物は二人。助手か、あのカメラマンだけ。
一番怪しいのは助手だが、カメラマンにも可能性がある。というのも、リハーサルを頻繁に行う放送局だったからだ。
我々は、何度上陸をやり直したか分からない。焼けた卵の発見シーンだって、少なくとも二回はリハーサルを行っていた。
「先生、先生! そんなに驚いた顔をして、もしかして新たな発見があったんですか!?」
司会者の呼びかけで私ははっとする。
観客を見ると、ほとんどの人が息を飲んで私のことを注視していた。
その様子で理解した。私はよほど驚愕の表情を浮かべていたのだと。
まさか、ここで真実を言うわけにはいかない。
卵が一つ減っているなんて。
「あの溶岩流の様子で、今、すごいことに気付きました」
私は咄嗟に言葉を紡ぐ。
先ほどの自分の表情について、観客が十分に納得できる説明をでっち上げながら。
「スロースリップです。この溶岩流は地下でスロースリップが起きている兆候なんです。すぐに研究室で解析しなくては大変なことになる……」
私は解説を止めて、ステージの袖に向かって駆け出した。
「先生、先生! それは本当なんですか? 鳥類学者でもそれがわかるんですか!?」
司会者が何か言っているが、これは非常事態だ。
卵のことが気になりすぎて、これ以上、解説なんてできそうもない。
しかし、一体誰なんだ? あの卵を持ち去ったのは!?
どうか読者の皆さん、私に教えて欲しい。誰が犯人なのかを。
私が知りうる情報はすべて提示しました。あとは貴方たちの推理に希望を託します――
◇
「という物語を書いてみたんだけど……」
文芸部長、
なんでも彼は今、『焼き鳥が登場する物語』を書いているらしい。
私は率直な感想をぶちまける。
「そもそもこの作品のどこに焼き鳥が登場したの? 出てきたのは焼けた島と卵じゃない」
まさか、焼き鳥じゃなくて焼き島でしたってオチじゃないでしょうね?
「それに何? 最後の挑戦状。これってミステリーだったの?」
「いやぁ、この文言って一度書いてみたかったんだよね」
私の罵倒なんて気にせず、彼はニヤニヤしている。
そういう奴なのだ、渡は。私に虐げられることに快感を覚える変態と言っても過言ではない。
そして彼はひとこと呟いた。
「タマゴが先か、トリが先か?」
何? その意味深な言葉。
焼けたタマゴは、元はトリだったと言いたいわけ?
「これって、永遠のミステリーなんだよね」
ふっふっふっと笑いながら渡は部室を出て行った。
またそうやって誤魔化すんだから。
ていうか、卵を食べた犯人って一体誰だったんだろう?
すごく美味そうだったけど……。
タマゴが先か、トリが先か?(KAC20226) つとむュー @tsutomyu
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