第53話 終 それでも君に会えてよかった


「へ〜うちの睦月がね〜。恋は盲目ってやつかしら」

「いえ、本当に睦月さんは素晴らしい人です」


ぐっ……依織の言葉にいたたまれなくなる。


「信じられないけど、依織ちゃんも睦月のことを好きでいてくれてるみたいね。愚息だけどこれからもよろしくね」

「はい、もちろんです」どう考えても初めて会ったにしてはやり取りがおかしいと思うけど、両親ともに依織のことを歓迎してくれているようなのでひとまずよかったのかな。

依織も母親の勢いに圧倒されている感もあるけど嫌そうではないな。


「とりあえず、明日から四人で温泉にでもいきましょう」

「え? 何で四人で温泉?」

「だって私達、泊まるところが無いじゃない。この部屋で四人は無理でしょ」

「それはそうだけど」

「とりあえず今日はホテルをとってるけど、明日からどうせ泊まるなら温泉とかがいいでしょ。沖縄は温泉少なめなのよね」

「いや、ちょっと待て。依織の都合もあるんだから勝手に決めるな」

「依織ちゃんも行くわよね〜」

「はい、お邪魔じゃなければ」

「邪魔なわけないじゃない。依織ちゃんと一緒に行きたいのよ」

「はい、お願いします」

なぜか、俺達の意見を一切無視した母親の強引な誘いで明日から四人で温泉に行く事になってしまった。

「それじゃあ、今日は一旦ホテルに戻るわね。二人とも明日の準備しておいてね」


そう言って母さんと父さんはホテルへと帰っていった。

明日から四人で温泉旅行?

全く想像もしていなかった展開に正直頭がついていっていない。

依織のことをどうやって親に伝えていいか悩んでいたのが馬鹿らしくなるような急展開だ。


「依織、大丈夫? 嫌なら言ってよ。どうにか断るから」

「いえ、素敵なご両親ですね。誘ってもらえて嬉しいです」


依織が嫌がっている様子はとくにない。

なんとなく気がついてはいたが、依織は環境への適応能力がすごく高い気がする。

この状況に違和感なくついて来れていることがすごい。

両親と四人で温泉旅行……

依織もすごいけど、俺の両親の反応も俺の考えていたのと違う。

怒られたり、反対されたりするんだろうと思っていたのに、さっきの反応はなんだろう。

母親の強引さは今に始まったことではないけど、父親まであんな感じになるとは思ってみなかった。

ここで反対されても、依織を追い出すわけにはいかなかったのでよかったといえばよかったけど、明日からが心配で仕方がない。


「依織、どうかした? やっぱり嫌だった?」

なぜか依織の顔が真っ赤になって、俯いているので心配になって声をかける。

「いえ、将来的に………お義母さま、お義父さま。う〜〜〜」


俺の両親に言われるままにお義母さま、お義父さまと呼んだことが、今になって恥ずかしくなったのかもしれない。


「まあ、ただの呼び方だから嫌ならおばさん、おじさんでもいいし」

「いえ、嫌ではないんです。むしろうれしいというか……」


依織が更に顔を赤くして答えてくれるが、その恥じらった感じが、なんとも言えずかわいい。

ただ、依織が俺の両親をお義母様、お義父様と呼ぶことに、俺の方が恥ずかしくなってしまった。


「それはそうと、明日からの準備をしようか」

「は、はい。そうですね。そうしましょう」


この変な空気に耐えきれずに話題を変えた方がいいと思い、明日の準備を二人ですることにした。


「睦月さん、わたし温泉とか行ったこと無いんですけどなにが必要ですか?」

「用意って言っても着替えぐらいじゃないかな。あとは向こうにあるだろうし」

「そうなんですね」

「それにしても依織って温泉とか行ったこと無いんだ」

「はい。ママが行く習慣がなかったというか、家族で行く機会がなくて。旅行に行ってもホテルについているお風呂しか入ったことないです」

「明日、大丈夫? 嫌じゃなかった?」

「はい、一度行ってみたかったのでお義母様が誘ってくれて嬉しかったです」


依織が嬉しそうにそう答えてくれた。

準備といっても本当に着替えを用意するくらいであっという間に終わってしまった。


「あとは、明日行く前に詰めればいいかな」

「そうですね。明日楽しみですね」

「温泉か〜久しぶりだな」


それにしても夏休みに入るまでは、依織と家族で温泉に行くなんて想像もしていなかったし、今の状況を十日前の自分に説明しても信じてもらえなかったと思う。

高校二年生の夏休み、偶然から俺は依織を助けて、そして今の依織と出会った。

今の依織は、俺の知っている依織とは違うけど、たしかに依織でそして俺の一番大事な人だ。

依織と過ごすようになってからまだどれだけも時間は経ってないけど、俺の中でどんどん依織の存在が大きくなっている。

以前、依織に抱いていた気持ちは、可憐なクラスメイトへの憧れだったのかもしれない。だけど今は護ってあげたいと思うし、力になってあげたいと思う。

依織の記憶が戻るまで支えてあげたいと思う。

依織のことを知れば知るほど、惹かれる自分がいる。

依織のことをかわいいと思う自分がいる。

依織のことを大切だと思う自分がいる。

依織の記憶が戻るまでの間、どのくらいの時間かはわからないけど、その間だけは恋人役として俺の一番大切な人と一緒に過ごしたい。

たとえ、記憶が戻った後俺の望まない未来が待っていたとしても、今の俺にできることを依織にしてあげたいと思う。

不謹慎かもしれないけど、今、俺は依織に出会えて本当によかったと思えるから。

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それでも僕は君が好き きっかけは勘違いと嘘で告白もしていないけど 海翔 @kawakaito

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