第49話 よかった

「そうなんだ」

「それで、悪いとは思ったみたいなんだけど、気になって水族館の中で見かけるたびに見てたんだそうだ」

「ああ」

「そしたら、もうラブラブで、彼氏と二人で見てる方が恥ずかしくなるぐらいだったって」

「…………」

「もう、二年生全員に回ってるぞ」

「全員……」

「ああ、ほぼ全員だ。爆ぜろ!」

俺たちが水族館にいたのはほんの1時間前の事だぞ。いったいどんなペースで拡散してるんだ。

「大地、壁に耳あり障子に目ありって習ったけど、本当なんだな。今まで自分が人に見られてるなんて感じたことなかったけど、ここまでか」

「そりゃあ、そうだろう。草薙さんだぞ、草薙さん。学園のアイドルと言っても過言ではない草薙さん。普通に街で歩いてても目立つんだから男といたら目をひくだろ」

「それは、そうかもしれないけど」

「山坂さん情報だと、草薙さんの方がお前に惚れてるように見えたって。まさかとは思うが、告白したのはどっちなんだよ」

「え〜っと、それは、まあ、なんていうか、お互いに、な」

「なにが「な」だよ。それにしても本当に付き合ってたんだな」

「今更、なんだよ。前回もそう言っただろ」

「この前は、ちょっと半信半疑のところもあったけど、今回で確信したんだよ。睦月〜お前が草薙さんとか。二人共夏休み前までそんな素振り一切なかっただろ。いったいなにがどうしたらそんなことになるんだよ」

「まあ、いろいろあるんだよ」

これは嘘偽りなしだ。本当にいろいろあって今に至るのは間違いない。

今時下手な恋愛小説やドラマでもこんなことは起こらない気がするけど、実際に自分の身に起こってしまっているのだから仕方がない。

「俺も負けてらんないな。夏休みはまだこれからだ。俺にも奇跡が起こるかもしれん」

「まあ、がんばってくれ」

「く〜奇跡を起こした奴はやっぱり違うな。余裕を感じるぞ。それじゃあまたな」

「ああ」

それにしても一日水族館に行っただけで、学年中に情報が回るとは、思ってもいなかった。

もしかして、近場のデートスポットとかはどこに行ってもこんな感じになるのか?

依織を引き寄せたシーンや手を繋いでいるところもしっかりと見られてたのか。

あれを全部見られていたと思うと恥ずかしすぎる。

全身が熱くなってくる。

「睦月さん、どうかしましたか?」

「うん、隣のクラスの女の子に今日の水族館でのやりとりを全部見られてたらしい。それで学年全員に回ってるって」

「そうなんですね。人に見られてたと思うと少し恥ずかしいです」

「うん、俺もだ」

依織の顔も赤くなっているのがわかる。

まさか家に帰ってきてから、こんなやりとりがあるとは思ってもみなかった。

「でも、今日は楽しかったですね」

「うん、楽しかったな」

「また、一緒にいきましょうね」

「うん」

依織のこの一言で、さっきまでの恥ずかしいという感情はどこかに飛んでいってしまった。

依織も喜んでくれたみたいなので今日、水族館へ行って本当によかったと思う。

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