第38話 それでも僕は嘘をつく
「依織、大丈夫?」
「えっ、あっ、はい。大丈夫です。ちょっと感情移入しちゃいました」
「もっと内容を確認しとけばよかった。なんかごめん」
「いえ、ラブストーリーを希望したのは私ですし、内容は面白かったです。ただ最後振られてしまった女の子が可哀想で」
「ああ、あれは辛いな……」
「主人公の二人は結ばれて幸せだと思うんですけど、残った人達は辛すぎますね」
「そうだな。でも記憶が無い間の出来事は仮初めの出来事で、それ以前の感情が本来のものなのかもしれないな」
「睦月さん、今の私は仮初ですか?」
「いや、そんな意味で言ったんじゃ無い」
「今、ここで睦月さんと過ごしているこの時間は仮初めですか?」
「そんな事無い」
「私は今楽しいです。睦月さんと一緒に過ごしているこの時間は間違い無く本物です。記憶が戻ったとしてもこの時間は無くならないです」
「ああ、そうだな。今のこの時間は本物だ。仮初めなんかじゃ無い。俺も依織と一緒に過ごせて嬉しいよ」
「はい! だから映画とは違います。映画は虚像です。私は今もここにいます。睦月さんと一緒にここにいます」
「あ……」
彼女の言葉を聞いて思わず涙が流れてしまった。
彼女が俺に言おうとしてくれている事の意味が分かった。彼女は俺との今の事関係が仮初めでは無く、実像を伴った本当の関係だと言ってくれている。
彼女の気持ちは嬉しい。依織から心からの好意を向けられて嬉しく無いはずがない。
ただ……映画とは決定的に違う事がもう一つある。
映画では、主人公は最後結ばれた相手の事を元来好きだった。
だけど、俺は元来依織と何の関係も無いただのクラスメイト……。
記憶が戻っても俺を好きでいてくれる感情が依織に蘇る事はない。
元々そんな感情は無いのだから。
依織が真剣に想ってくれるほど、俺の心が張り裂けそうに悲鳴を上げる。
周りの勘違いと俺の嘘から始まった恋人関係……
俺が過ごす今の時間には間違いなく依織がいる。俺の心の中にも依織が存在している。
でも依織のこの時間にいる俺は虚像……
俺は無理矢理、笑顔を作って嘘をつく。
「依織の記憶が戻っても、俺たちの関係は変わらないよ。依織はここにいて俺もここにいる。記憶が戻ってもきっとこのままだよ」
「はい。もちろんです。だって前も今も睦月さんのことが好きなんですから」
ああ……。そうだったらどれだけよかっただろう。だけど、俺には過去を変える事は出来ない。
きっと依織の記憶が戻ったら映画と同じように俺が振られる。
全て嘘をついている俺が悪いのだから、せめてこの仮初めの時間に依織が不安を感じる事がない様に、俺の出来る限りの彼氏役を演じてみせる。
「やっぱり、映画とリアルは違うからな〜。エンディングも違って当たり前だな。また違う映画を観に来ようか」
「はい。絶対来ましょう」
できることなら今日の映画も依織の記憶になにかしらいい影響があればいいな。
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