第39話 カッペリーニは何の味?

「それじゃあ、そろそろお昼食べに行こうか」

「はい」

「何か食べたい物とかある?」

「出来たらパスタがいいです」

「ああパスタね。いいよパスタのお店ってどこだろう」

「無くなって無ければ、あっちにあるはずです」


依織は行ったことがあるようだが、記憶が2年以上前のもののはずだから、どうだろうか?

二人で歩いてお店に向かうと、そこには依織の言った通りにイタリアンのお店があった。

中を覗くとかなり流行っているようで人で溢れている。

お店の人に声をかけて席に案内してもらう。


「俺こんな店初めてかも」

「パスタ美味しいですよ」

「そうなんだ。だけど男はあんまり来ないんじゃ無いかな」

「そんな事ないです。ほら周りの人を見ても男の人もいるでしょ」


依織に促されて周りを見回すと確かに男の人もいるが、全員カップルか家族連れの

男性だけだ。

どう考えてもこのお店は男だけではハードルが高すぎるが、依織は天然なんだろうか。

メニューを見ると、お洒落な料理が並んでいるが、俺は無難にミートパスタを頼んだが、依織は、冷製トマトのカッペリーニを頼んだ。

カッペリーニって何? と思ってしまったが、メニューを見て写真を確認すると何となくイメージ出来た。


「依織、カッペリーニって食べた事あるの? 」

「はい、結構夏は食べますよ。睦月さんは?」

「俺? 俺は食べた事も見た事も無い」

「それじゃあ、私のを少し分けるから食べてみてください。きっと気に入ります」

「じゃあ、せっかくだからそうしようかな」


カッペリーニを結構食べてるって、依織の家庭はやっぱり俺とは少し違うらしい。

俺が夏に家族で食べるとなるとざるうどんかそうめんなのでかなり違う。

しばらく待っているとパスタが運ばれて来た。


「それじゃあ食べようか」

「はい」


そこで初めて俺はパスタを頼んだ事を後悔してしまった。

左手が使えない状態では、フォークとスプーンでは上手く食べる事が出来ない。

どうしようかな……


「睦月さん、大丈夫です。私がお手伝いしますね」

「えっ?」


そう言うと依織は俺のミートパスタの皿を自分の方に寄せてフォークとスプーンで器用にくるくると巻いていき


「はい、あ〜ん」

「はい?」

「ですから、あ〜ん」


あ〜ん? もしかしてこのまま食べろって事か?

いやちょっと待ってくれ。それはカップルがやる事では?


「睦月さん、片手が使えないんですから、私が代わりに食べさせるのは当たり前です。だって彼女なんですから」

「あ、ああ、そうか、じゃあお願いしようかな」


そうだった、俺達は付き合ってるんだった。

あまりに衝撃的な出来事に忘れてしまっていたが、俺は依織の彼氏だった。

正直恥ずかしい。恥ずかしすぎるが、ここで拒否する事は出来るはずもない。


「あ〜ん」

「…………」

「どうですか?」

「おいしいです」

「よかった。それじゃあもう一口。あ〜ん」


これは、あれだよな。全部食べ切るまで「あ〜ん」で食べろと言う事だよな。

依織の気遣いは大変嬉しい。嬉しいがその百倍恥ずかしい。

恥ずかし過ぎて段々味も分からなくなってきた。


「それじゃあカッペリーニの方もどうぞ。あ〜ん」

「………」

「どうですか?」

「うん、おいしいです」


初めて食べたカッペリーニは冷たくて多分おいしい。

おいしいのは分かるが細かい味を今感じる事は俺には難しかった。味わう余裕がない。

周りを見るのが怖いがチラッと目に入った斜め前の席の人達はこちらを見て何が話しているようにも見えたので、流石にこれは目立ってしまっているのだと思う。

依織は一向に気にする素振りも無く俺にパスタを食べさせてくれるので、とにかく完食する事にだけ集中して口を動かした。


「ごちそうさまでした」

「はい、ごちそうさまでした」


ようやく食べ終わる頃には俺の精神力は削られ、食後とは思えないほどの疲労感が漂っていた。

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