第7話 親公認?


「あ、あの……どういう」

「私の名前は依織です」

「それは分かってるんだけど」

「だから依織と呼んでほしいです」

「え………そ、そう。い、依織」

「はいっ。睦月さん」


草薙さんの表情が一気に明るくなった。この天使の様な表情を俺が壊す事など出来るはずがない。

本当の事を言ってしまえば、草薙さんは1人になってしまう。せめてご両親が戻って来れるまでは俺が支えてあげたい。

これは俺の嘘。俺の欺瞞。信頼を寄せてくれる彼女と彼女のママへの裏切り。

だけど今彼女を1人にしてしまう事が正しいとはどうしても思えない。

俺が今嘘を突き通せば、そのうち彼女の記憶が戻るはず。戻ってさえしまえば俺は必要ない。

どれだけ謝っても構わない。きっと彼女には軽蔑されて嫌われるだろう。

でも今の彼女を放っておく事は俺には出来そうにない。

俺は普段目立つ方では無い。よくも悪くも普通なので、普段そこまで極端な行動を起こす事も無い。

まさか自分がここまで自己中心的で身勝手な人間だとは思っていなかったが、今ここにどうしても彼女を彼女笑顔を守りたい自分がいた。


「そ、それで、い、依織のママとの話しはどうなったんだ?」

「はい、ママと話しで退院したら当分睦月くんと一緒に暮らしなさいって」

「……………本気?」

「だって私記憶も無くて、ママも帰って来れないし睦月さんしか頼る人がいない……です。1人で住むのは怖い………です」

依織は不安で押しつぶされて泣きそうな顔をして言葉を口にする。

「あの……俺1人暮らしだけど。2人で住む事になってしまうんだけど大丈夫?」

「はい、それは聞いていたので分かっています。睦月さんと一緒がいいです」

「家、狭いけど大丈夫?」

「はい大丈夫です」

「…………………」


確かに今の状況で彼女を一人で生活させる事には抵抗を感じるが俺と一緒に暮らす事にもそれ以上の抵抗を感じる。

そういう対象でない事は理解しているが、彼女がいた事も無く、姉も妹もいない。人生で女性と仲良くした記憶が全くない俺が、彼女と一緒に暮らす………

所謂同棲をしかも彼女のママ公認で………

どうすればいいんだ………


「ダメですか? 無理なら………」


そんな泣きそうな顔はやめて欲しい。依織には天使の様な笑顔が似合う。涙は似合わない。


「ダメ……じゃない」

「それじゃあ………」

「うん……退院したら一緒に帰ろうか」

「はい!」


依織は弾ける様な笑顔を見せて頷いた。

俺には何が正解なのかは分からないが、これ以外の選択肢を選ぶ事は出来なかった。

せめて彼女の記憶が戻るまで精一杯彼女を支えてあげようと思う。

だけど、俺の部屋は1ルームの間取りしか無い。

俺一人であれば十分な広さがあるが、女の子と一緒に二人で住むには狭すぎる気がする。

そもそもあの部屋で女の子は生活できるのか?

女の子がどんな生活を送るのか想像もつかないので不安しかない。

それから三日間俺と依織は同じ病室で入院した。

二日目には依織にぶつかって来た子供とその両親がやって来てひたすら謝られたが、子供が学校経由で保険に入っているそうで、治療費等はそこから支払われるので心配いらないと言われた。

賠償やら何やらの話しもされたが依織の事は俺が決める事は出来ないので、依織のママの連絡先を教えておいた。

俺は別にお金が欲しい訳でもなかったので、治療費さえ出してくれればそれ程責める気にもならなかった。

小さな子供がやった事だし、子供の両親も心から謝罪しているのが感じ取れたので、もういいかなと思ってしまった。

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