第6話 依織
「睦月くん、本当にあなたがいてくれてよかった。それでね、依織なんだけど今一人暮らしなの」
やっぱりそうか。薄々そうかもしれないとは思っていたが草薙さんも一人暮らしだった様だ。
「はい」
「それでね、図々しいとは思うんだけど、記憶の無い依織を一人で生活させるのは心配なの」
それはそうだろう。一〜二年の記憶がないという事は一人暮らしの記憶が全部ないと言う事だ。お母さんが心配にならないはずがない。
「はい」
「それでね、睦月くんのお家にお世話になる事は出来ないかしら?」
「はい?」
「だから、睦月くんのお家に依織をね……」
「は………い?」
「もちろん親御さんに了解を取ってからだけど……」
「あ、あの。俺の両親沖縄に仕事で赴任してて俺も一人暮らしなんですけど………」
「ふ〜ん、そうなんだ。それじゃあ、ちょうど良かった」
いや、お母さん何を言ってるんですか?
ちょうど良かったって何?
何も良くないんだけど……俺一人暮らしなんですよ?
わかってますか?
「お母さん……ちょうど良かったって」
「依織もあなたの事を頼りにしている様だしお願いね」
「いえ意味がわかりません」
「だからね、依織と一緒にね」
「いえ、その意味が………」
「睦月くん嫌なの?」
「え? 嫌という訳では……」
「依織を一人で放っておけるの?」
「いや、それは………」
「なにかあったらたいへんだと思わない?」
あれ? 何かおかしくないか? 最初お願いされていたはずなのに今は脅されてる?
しかも、俺と草薙さんが一緒に住むってお母さんおかしくないですか?
高校二年生の男女が一緒に住むって何かあってからでは遅いんですよ?
母親ならその辺の心配も必須だと思うんですが、お母さんはどう考えてるんでしょうか?
フランスの血が俺とは違う価値観を生み出しているのか?
そういえばフランスは事実婚とかが多いとか聞いた事がある気もするし、そこら辺は日本よりもハードルが低いのか?
「睦月くん、お願い。依織の事好きなのよね」
「そ、それは………」
「好きなのよね」
「は、はい、まあ」
「そうよね。じゃあ問題ないわね」
「い、いや………」
草薙さんの事が好きかと聞かれれば、間違いなく好きだ。これは嘘では無い。
だが問題が無いかと言われると勿論問題はある。
「少し依織に代わってもらえる?」
「はい」
スマホを草薙さんに手渡し代わってもらう。
「うん…………そう。そうなんだね……………。私もそれが…………。うん、良かった。それだったら………大丈夫。うん、睦月さんが…………。うん信頼してる………分かった。ママ………パパにも………うん、優しい人。帰って来たら…………うん紹介するね。それじゃあ、退院したらまた連絡するね」
草薙さんと草薙さんのお母さんとの電話が終了した様だ。
俺の名前も出ていた様だが内容が気になる。
「あ、あの……草薙さん。どうなったのかな」
「草薙さん………」
「? どうかした??」
「先程の母との電話で依織と……」
「え?」
何の話だ? 草薙さんのママとの話しで依織? 本当に何の話だ?
「先程母には私の事を依織と呼んでいましたよね」
「へっ………あ、ああ、ごめん」
確かに草薙さんのママ対しては依織さんと呼んだ気がする。ちょっと馴れ馴れしかったな。
「違います」
「何が?」
「お付き合いしているのですから、草薙さんでは無く依織と………」
「あ…………」
草薙さんの言っている事は何もおかしくは無い。
付き合っている彼女の事を名前で呼ぶ。至って普通のことだと思う。
ただ前提として付き合っている場合だ。
俺は……付き合っている訳では無い。
一方的に好意を寄せていただけ。
「い、いや………でも草薙さん」
「依織です」
「いや、草薙さん」
「依織です」
「………… 依織 さん」
「………依織です」
どう言う事だ?
俺は頑張って依織さんと呼んだぞ? 何か問題があるのか? 意味が分からない。
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