第5話 彼女のママ

彼女は荷物の中からスマホを取り出して電話をかけ始めたがコールしはじめて間もなく繋がったようだ。


「もしもし、ママ? ちょっといいかな………うん。実は今日階段から落ちて今入院してるの。うん、そう。身体はね大丈夫。うん、でもね記憶が…………そう。お母さんとお父さんの事は憶えてるけど、最近の………うん、一〜二年の記憶が無いの。なんとかね…………。大丈夫。お付き合いしている睦月さんが庇ってくれて………うん。それで助かったってお医者さんが。睦月さんも腕を骨折したんだけど……………うん同じ病室に入院してる…………」


「睦月さんお母さんが代わって欲しいそうです。電話代わってもらっても大丈夫ですか?」


草薙さんのお母さん!?

そうか、俺も事情を説明しないとな。

あ〜緊張する。しっかりしろ俺!


「はい、お電話かわりました。高嶺睦月と言います。初めまして」

「この度は娘の依織の命を助けていただいたそうでありがとうございます」


電話越しに依織のママの声が聞こえてくる。


「いや、命を助けたというか、たまたまというか………すいませんでした。助けきれませんでした。依織さんの記憶が………」

「お医者さんは何て言ってるのか聞いてる?」

「はい、外傷も大した事無いしCTでも異常はないそうです。ただ記憶はすぐ戻るのか時間がかかるのかは分からないそうです」

「そう………。依織は睦月くんの事を憶えてるの?」

「いえ………それは……」

「睦月くんお願いです。依織を、依織をお願いします」

「えっ?」

「今すぐ飛んで帰りたいのは山々ですが、今世界中で流行しているウィルスの影響で渡航制限がかかってるの。だから行きたくてもすぐには無理なのよ」

「あ、ああ………」


そう言えばフランスからの渡航は数ヶ月前から出来なくなってるんだったな。

世界中で流行しているウィルスは動物から人へ感染するらしく、人から人の感染は確認されていないものの、ペットや野良猫などから人への感染を防ぐことが難しく世界各国で猛威を奮っていた。

主に欧米での流行が確認されており、不思議なことにアジア圏ではそれほど確認されていないが、日本でも欧米からの渡航は厳しく制限されている。

今のところ俺の日常には影響が出ていないので、完全に頭から抜けていたが、もしかして草薙さんの両親は当分戻って来れないって事か?

他に親族もいないっていってたしどうするんだ?


「ごめんなさい。依織からあなたの事を聞くのは初めてだけど、身を挺して依織を守ってくれたあなたなら信用できるわ。いえあなたしか信用できる人がいないの、お願い……お願いします……」


電話越しに草薙さんのお母さんのすすり泣く声が聞こえて来る。

娘がこんな状態になって帰ってくる事が出来ない母親の気持ちは想像に難く無い。


「お母さん、大丈夫です。俺がついてるので安心してください」


草薙さんのお母さんの気持ちを考えるとこう答える以外の選択肢を思いつかなかった。


「ありがとう。ありがとう………」


草薙さんのお母さんは泣きながら俺にお礼を言ってきた。

お母さんの気持ちを考えると他人の俺でも心が痛い………

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