エピソード,2 孤高の魔導少女

「それでは、主席入学生、前へ」

 その言葉で私は立ち上がる。隣に座っていた同学年の子はひどく驚いていた。私が主席だということに驚いているのだろう。

(才能はやっぱり階級で決まるのかな……)

 私はみんなと違う。そんなことは分かりきった話だ。誰にも理解されないことでいつしかわかっていたことだ。でも……。

(……まずは、演説に集中しよう)

 そう思った私は深呼吸をして、壇上に登る。

「……皆さん、この麗らかな春の木漏れ日が差す今日この頃。この学園に入学できたことが私は誇りに思います。この栄えあるエリステル第一学院に入学できたことを私は誇りに思っています。皆さんもそうでしょう。立場が違えど、私たちは結局人間なのです。だからこそ、私はこの学院生活でこうあってほしいと思っていることがあります。

 努力を怠らないでください。努力を馬鹿にしないでください。ただその二つです。皆さん各々の学院生活を充実した生活になることを願います」

 そう私が締めくくると、どこかで拍手が湧き上がる。それに連鎖して、会場内に大きな拍手の波が押し寄せた。

(良かった……滑らなかった)

 ここで何か変な空気になってしまっていたら、と考えると私は寒気がした。


 私含め新入生は講堂から1年生専用の教室に集まっていた。正直暑苦しくて嫌になっていたが、少しは辛抱しなければならないようだった。

「おい、少し下がれー。クラスの発表をするぞー」

 その言葉に談笑をしていた人もほとんど全員がその声の元に視線を変えた。

「まず主席のクロシエ・フォン・エリステイン。お前は……1-Aだ」

 そう言われた私はその教室を離れ、指定された教室へと歩みを進める。確か1–Aは……と少し迷子になりかけていると、

「君、見ない顔だね。新入生?」

「……え、あ、はい」

 急に話しかけられた。なぜだろう。どこかでみたことがある気がするのだが……

「どうしたんだい?ここは2年生の棟だけれど」

「ごめんなさい……私、どこが1年生の教室かがわからなくて……」

「なるほど……よくあることだよ。だから僕等がこうやって配置されているんだから」

「そうなんですか……失礼ですが、お名前は……」

「あぁ、僕はシュビリア・フォン・ワースティだよ」

「え、シュビー……?」

「そうそうシュビーだよ……って、え、クロシエ?」

 通りで見たことのある顔だと思った。こいつは私の住む領地を元々持っていたが、私たちエリステイン家に少し領地を分けてもらったことから交流がある貴族である。

「え、なんでクロシエここにこれたの!?」

「国王の御一考、ってところかな……」

 私は教室を案内してもらっている間にどういう経緯でこの学院に入学することになったのかをある程度要約して話した。それに納得したような表情を浮かべていたことにちょっと嬉しさを感じてしまっている私がいた。

「さて、ここが1-Aの教室だよ。実技とかで室外授業も多いからちゃんと覚えてね?」

「はいはい……わかってるよ」

 そうして導かれた教室に私は足を踏み入れる。すると、そこには誰もいなかった。

「……あれ?」

「もしかして、まだ誰も来てない?」

「多分。みんな迷ってるのかな?」

 私はつい顔をひょっこりだす。すると、数人の女子グループと目があった。彼女らは確か私と同じく新入生の子だったはず……。

「あ、そこn——」

「え、シュビリア様ですか!?」

「嘘、本物!?」

「え、ええぇ!?」

 私にとってそれは阿鼻叫喚としか表せない絵面だった。昔からの知り合いであるシュビーが女子に囲まれている。ちょっと妬ましさがあったが、それよりも羨ましいと思った。ああやって関わりがほとんど無い人に自ら関わりいける人柄と積極性が。

(私は、勉強でもしておこう……)

 そう思って教室に入るが、そういえば、とシュビーに願い伝をしておく。

「あ、シュビー。多分大半が迷子になってるだろうから救援に行ってあげて。特に女の子に……そっちの方が、効率的だし」

「え、あぁ、わかった」

 そしてシュビーが離れていくのを見送った後、私は適当な席に座る。この学院に席替えというものは無い。というよりまず決まった席がないのだ。だから、私は隣に誰か来たら席を離れようと思っていた。

 窓際の席を陣取り、手提げ鞄から適当に両親が書いた魔導書……の、私が複写したものを取り出す。これを複写して読み始めたのが約3年前。未だ覚えているのはその3割未満だ。

(お父さんお母さんは、庶民だったのにどうやってこんな研究していたんだろう……)

 そう思いつつ、手早くノートなどを並べていると……。

「ねぇ、あんた」

「……なんでしょうか」

 先の女子グループに声をかけられてしまった。しかも、私が関わりたくない方の奴に。

「あんた、シュビリア様とどういう関係?まさか、恋仲?」

「違いますよ。ただ……家柄的にちょっと交流があっただけです」

「それにしては、さっきあだ名で呼んでいたけれど?」

 私は少し前の自分を叱咤したくなった。確かにそうだ。ちょっとした交流なら、あだ名で呼ぶはずないのだ。

(……ちょっとやらかしちゃったな)

「はやく答えろ、返答次第では……」

「……うるさいです」

「は?お前、何言っt」

「貴方にとやかく言われる筋合いはないと思うのですが。彼と私の関係?それがどうしました?別に恋仲だっていいじゃないですか。というよりそんなに知りたいのならシュビーに聞いてください。私と大体同じような返答をするはずですよ」

 そう言い切る。こういう相手を切り捨てるのだけは、私の得意分野だ。そうしてまた勉強に戻ろうとして——。

「……て、る」

「?なんでしょう」

「言いつけてやる!お前がテストで不正をしたことをな!」

 私はその言葉に血が上りかけた。それをクールダウンさせ、私は冷静に聞いた。

「……それは、?」

 ……冷静には、なれないようだ。演説で私は言ったずなのにな。

「ひっ……お、お前はその本に答えを記したんだろ!それをバレないように今こうやって隠蔽しようと……」

「あぁ、そうですか……私、言ったはずなんですが……」

「な、何をだよ」

 そして私は笑顔で、こう告げる。

「『努力を馬鹿にするな』、って言いましたよね?」

 私は即座に防御結界を発動させて、私とこいつ以外のものに防御結界を張る。ついでにそれに防音も仕込んでおくか。

「な、なんだこれ!?」

「簡単な刻印魔法の一つですよ。こういう時用でもある、防御結界です」

「は、はやく出せ!さもないと……」

「私を殺す、ってところでしょうか。ですが、意味ないですよ?なぜなら……」

 私はこの結界の〈固有能力〉を告げる。

「この結界の外。今時止まってるので」

「……は、はあ?嘘をつくならマシな冗談にしろよ」

「残念ながらこれが正解なのです。正確には、ここの時間だけを進める、ですけれど」

「な、何が目的だ!」

「え、『努力を馬鹿にする』ことがどういうことなのか、体に教え込もうと思いまして」

 そして、私は魔法を構築し始める。父と母の研究の一つ。それは複合魔法。魔力の属性を二つに分けて魔法を合成させるものだ。本来なら構築に単項魔法の2倍はかかるが、私は魔力を使って二重詠唱にする。そして、いつもと同じ時間に構築を終わらせる。

「さて、苦しんでもらいましょうか。光闇複合魔法中級『ヒーリング・ニードル』」

 私が繰り出した複合魔法。それは『ヒーリング・ニードル』。体に無数の棘が突き刺さる魔法だ。もちろん、激痛を伴う。本来なら死に至るのだが……。複合した魔法は、光属性魔法初級『ヒーリング』。接触したものを回復させる力だ。つまり、イバラに触れている部分はほぼ永続的に死ぬことなく痛みを伴い続けるのだ。

「っ!!!???……あ、がっ」

「あは……あははははっ!どう?自分が陥れたかった相手に天罰を下される気分はぁ!」

「お、前……悪魔か……」

「一応、人間だよ……ただ、私が嫌いな人には、こうするってだけ」

「それを、悪魔って、いうんだよ……!」

 こんな状況でも私を馬鹿にする、いや私の研究の賜物を馬鹿にするこいつに堪忍袋が切れた。

「ごめんね……君には本当は死んで欲しいけど、ま、これで許してあげる。闇属性魔法中級『エイク・カース』」

 私がこいつにかけた魔法。それは痛覚を何倍にも跳ね上がらせるものだ。本当はかけるつもりなど毛頭なかったが、ここまでほざかれてはこちらの気が済まない。少し痛めつけておくことにした。

「ねぇ、もうわかったでしょ?『努力を馬鹿にしてはいけない』ってこと。これ、元々の才能じゃないから、ね?私が研究して編み出した独自の魔法だよ」

「わ、わかった!だからこの棘を外してくれ!」

「わかった。解いてあげるよ」

 私はその棘に放っていた魔力を途切れさせる。すると、その棘は消えていった。

 一応そこで回復はなくなる。だから『ヒーリング』をかけようと思ったのだが、

「引っかかったな!」

「だと思ったよ。私を魔術師と思って関わってこないで」

 回し蹴りを綺麗に上へと方向転換させ、その運動力のまま腹に蹴りを入れる。私の手応え的に右下の肋骨2本が折れたってところか。

(さて、どうくるか……)

 この結界の中、どれだけ戦っても人はこない。まずそれを理解しているのだろうか……?

 ……少し待ってみたが、目を覚さない。気絶しているようだった。彼女を適当な席に座らせ、結界を解く。私は先の席に座ったままだ。彼女の連れは、あいつのいる席に近くに行って、談笑している。

 一応『ヒーリング』をかけてあるから、死んでるという線は薄いだろう。起きた時に騒がれても困るから闇属性魔法高級『タンプレッド・マインド』をかけてあるから私が何かをしたという記憶は無くなっているだろう。

(これでやっと研究ができる……)

 私はまた鞄から例の本とノートを取り出し、研究を始めていった——。


 研究を始めてから多分15分くらいだろうか。急に肩にポスッという感覚に超特急でこちらの世界に意識を引き戻された。感覚の元を見ると、そこにはクラスメイトが私の肩を枕がわりにして寝ていた。

 正直、席を移動しようか悩んだ。私としてはそっちの方がいいのだが、こんなに気持ちよさそうに寝ているのだ。少々起こす気になれない。

(さて、どうしようか……)

 私は少しの時間熟考した後、そのまま寝かせてあげることにした。研究の邪魔になっているわけでもない。しかも、音のない世界にちょっとした音が混ざることになる。逆にこちらとしてもありがたい。

 そして私はまた研究に没頭し始める——。

 ——つもりだった。

「みんな席についてるか?授業始めるぞ」

 担当教師が教室に来てしまった。私は少しため息をついてノートと本を鞄にしまう。そして厳重に守った後、隣でぐっすり寝ている人を起こす。

 肩を揺さぶる。ちょっと呻くような声を出しただけ。

 頬をつねる。へにゃリとした顔になるだけだった

 私は打開策を見つけるのに苦戦していると、いつも私がされていたアレを思い出した。そして私はその子にデコピンする。

「んあっ!?」

「……や、おはよ」

「うん、おはよ〜。なんか今日気持ちよく寝れた気がする」

「だって私の肩に寄りかかってきてたから」

「え、本当?ごめんなさい……」

「別にいいよ。そんなことでキレるほど私は短気じゃないし」

「ありがと」

 こんなことで話は繋がるものなのか、と私は戦慄していた。今までの自分の苦しみがちっぽけだったと感じた。

「寝てるやつはいないよな?いたら武力行使でもいいから起こしてやれ」

 その声に周りを見ると、案外寝てる人は多かった。

「……全員揃ったようだな。なら、1時間目の授業を始めるぞ。とは言っても、ただの交流会だがな」

 担当教師の発言に、クラスメイト(主に男子)の目がキラッっと光った、気がした。本当になぜだろう。こう男どもが休みを喜ぶのは。野生本能か何かなのだろうか。

「まず、俺の名はアルガス・T・メイザーだ。アルガス先生とでも呼んでくれ。さて次はお前らの自己紹介だが、最初に行くやつはいるか?」

 その発言にみんな同じく顔を下に向ける。誰も、最初に当たりたくないようだ。

「そんな嫌か?……まぁ、こうならくじ引きで決めるか」

 アルガス先生は突如にしてくじを作り出した。その中に手を入れ、引き出す。どうやらそこには番号が書いているらしい。“7”が当たらないよう祈っておこう。

「最初は……“7”、7番のやつだな。誰だ?」

 ……こういう時になぜ不幸なのだろう。そう思ってしまい、ついため息をついてしまう。そして諦めて手をあげる。

「お、今年の期待の星が最初か。ま、始めてくれ」

 ハードルを上げないでくれ、と心の中で呟きつつ話し始める。

「皆さん初めまして。私はクロシエ・フォン・エリステインです。仲良くしていただけると嬉しいです。ただ主に研究をしているので反応できない時があるかもしれないですが、よろしくお願いします」

 まばらに拍手が上がる。それで私は席に座る。

 そして紹介は着々と進んでいった。うたた寝をしていた彼女はエリネ・フォン・プロッテストというらしい。交流は無いに等しい家系だった。ちょっと期待できそうだ。

「それでは、二人一組の席になってくれ。余った奴は3人班な」

「え、え?」

 ちょっと私は驚いた……というより、頭が真っ白になった。今までこんなことが何度もあったが、いい思い出がひとつもない。結局私だけ一人ぼっちの運命だ。

 もはや教師に苛立ちを覚えるレベルだったが、私はそれをため息で流して、どうせ選ばれないのだから、何もしないで待っておこうと思った時——。

「あ、あのっ!私とグループ組んでくれませんか?」

「いや、俺と組むんだ!」

「少なくとも男子は無理よ!」

「え、えぇ……」

 無法地帯と化したようなそれは止まることなく言葉が飛び交っていた。今までこんなことがなかったから、少し焦っていた。どうしようか、悩んでいた。こんなにも私が“必要”とされたことがなかったから、少し驚いていた。

「あ、あの……」

「みんな、一回落ち着こう。一度クロシエさんの方見てみて」

 その言葉に、みんなが私を見る。そして、みんな黙った。

「明らかに困ってるように見えたでしょ?本人の確認もしなきゃ」

「そ、そうだな……すまない、勝手に話を進めてしまって」

「ごめんなさい……」

「え、あ、いや……別に、構いませんよ。誘ってくれた方のところにいこうと思ってたので」

 そういうと少し活気が溢れ出した気がした。……主に男子から。

「あの、男子たち?私たちもいること忘れないでくれる?」

「あ、すまん……だってよ、秀才でスタイル良くて、しかも美人がパートナーだぞ?絶対その座を取りたいに決まってるだろ」

「あんたね……クロシエさん、あんたを選ばないわね」

「まじっ!?」

 そして私をみた時には、赤面して失神していたらしい。初めて言われた。美人、だなんて——。

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