エピソード,1  才能の自覚のない少女

 エリステル第一魔導学院。それは最古の魔導学院と呼ばれ、世界中に存在する魔導学院の中で群を抜いてエリートを排出してきたトップ校だ。

「こ、ここがエリステル第一魔導学院……ちゃんと入学できるかな……」

 私は子爵家、クロシエ・フォン・エリステインだ。私の父と母は元々庶民だったらしいが魔法の技術に長けていることから貴族になった。だからか子爵の下の位である男爵家からは少し嫉妬、というか恨めしそうな視線を飛ばしてくる。私に言われてもな……

 それでも、この学院に入学試験を受けることができるのは侯爵ほどの位の人でなければ、まず受けることさえもダメといわれてしまうほどのものだ。でも、私は子爵家生まれなのになぜか入学試験をするまでに漕ぎ着けていた。

「怖いな……一人でも友達ができたらいいけど……」

 私は昔からこんな性格で、それに加えて元庶民だから仲良くなろうとしてくれる人がいなかった。だから、コミュニケーションなんてものの技術なんてものは知らなかった。

 だからこそ、友達が欲しいと思う。憧れでもある。

 でも、それと並行して、家同士でいざこざが起きてしまうことも考えてしまって、どうしても声をかけるまでに至らないのが私なのであるが。

「入学志望生はこちらでーす!」

 途中から道に迷いかけていたが、なんとか入り口にたどり着けていたらしい。


 私がこの学院に来れるように手回ししてくれた人、それはエリステル国王、ガスター・K・エリステルだ。幼少期の頃から私にことを気にかけてくれた幼馴染でもある。

 ……もちろん、そのことは公にされてないが。

 私が10歳の誕生日の頃、ガスターにこう言われた。

「おい、クロシエ。少し話があるのだが」

「は、はいっ……なんでしょうか……?」

「お前、エリステル第一魔導学院に入る気はないか?」

「魔導、学院ですか?何故に私がでしょうか……」

「お前の才能を買ってな。お前の家は魔法の扱いが上手い。魔力量が多ければ我が国の魔法師団の一員にも引けを取らない程度の技術を持っている」

「は、はぁ……でも、私は両親よりは劣りますよ?」

「……なら、魔法の才能ないし強さはどこで決まると思う」

「えっと……先ほどからおっしゃっている内容から考えると……魔力量と魔法を扱う技術の掛け合わせ、でしょうか?」

「そういうことだ。あとは、早口とか想像力とかが足されるがこればかりは才能だ。ここでは省く。つまりは魔力量×魔導技術だ」

 少し私は頭がこんがらがり始めていた。まずこんな場所で二人だけで話すこと自体が初めてなのに。

「お前の両親は魔導技術は特筆して上手い。だが、魔力量が今ひとつだ。だが、お前はどうだ?魔力量は普通の貴族より遥に多い。それに加え魔導技術も高い」

「つ、つまり……私は優秀な魔法師になれる可能性が高いのですか?」

「あぁ。というか、なるな。そのために通わせるんだ——」


 と、私のことを第一に考えてくれているのであろうガスターが、私をこの学院に入学させてくれたのだ。

 ……怪しまれないように、試験は受けるんだけどね。

 だから、私は魔法の基礎に関して今日の今日という日まで勉強を続けていた。一応ある程度の改竄はするから入学はできる、と言われてはいたがそれをあまり使いたくなかった。ここの試験は定員がもちろんある。私が楽大生でも改竄で入学できる。

 だが、他の努力を重ねた志望生は絶対に入学できるとは限らない。毎年3500人位の志望生がいる中で大体毎年1割行かない程度しか合格しない。そんな大志を抱いて望むこの試験を努力なしで踏み躙りたくないと思ったのだ。だから自分が罪悪感で押しつぶされないためにも、努力を重ねた。

 だが、ガスターの願いは採点官の前で打ち砕かれる。

「ガスター殿下、少々お話が……」

「なんだ?どこかの国がまた戦争を始めるとか言い出したとかではないだろうな?」

「い、いえ……クロシエお嬢様のことでご相談が……」

「クロシエに何かあったのか?」

「実は……筆記試験で、過去最高点の300点満点を叩き出しまして……採点官にいっていた3割増にするというお願いの取り消しを願いたく存じまして……」

「なっ!?は、早く取り消す連絡をせよ!大問題になりかねない!」

「は、はっ!今すぐとりあってきます!」

「……クロシエ、お前、本当に努力するんだな……この国の貴族と違って」

 そんなことがあったことなど知るはずもなく、私ことクロシエはなぜか男子に取り囲まれていた。え、私何か気に触れることしました?

「おい、お前に聞く。どうやってあのテストで300点を出したんだ?どうせ不正だろ?子爵如きが俺たち侯爵家よりも上なはずないからなぁ!」

「そうだそうだ!吐けよ!『私は不正しました』ってな!」

「ついでにそのお詫びに俺の家の召し使いになれよ!そうしたら告発しないでやる!」

 私はここまで頭悪い奴らにあったことが一度としてなかったからついため息をついてしまう。

「なんだ、諦めたか?なら早く言えよ、『私が悪I——」

「うるさい。貴方みたいな、人のことを羨み何も努力しないような人間に馬鹿にされたくない」

「っ……お前、侯爵に向かって何を言っているのかわかってるのか?」

「うん。あなたさまお子ちゃまに対して言っているだけですが、何か問題でもあったでしょうか?」

「こ、こいつ……仕立てに出ていれば!」

「黙って。私だってずっと暇じゃない。しかも今から実技試験なの。あなたたちなんかに構ってる暇なんてないの。わかった?」

 そして私は颯爽とそこを離れていった。

 

 入学試験の二つ目の試験である実技試験が始まった。

 実技試験の試験内容は主に二つある。一つは試射。試験に参加した人はこの試験に入る前にくじを引く。そこには行使する魔法が書かれていて、それを試験管に渡したあと、的にむけてそれを撃つ試験だ。

 次に行われる試験よりはまだ簡単な部類だ。単純な話、ある程度の魔法の制御能力と、得意な属性の魔法を引き当てる運があれば問題はない。

 かくいう私が引いた魔法は、雷属性基礎魔法『ボルテニック』だ。運よく私の得意な属性の一つ、というか魔力と同じ波長の魔法を引き当てることができた。

 魔法の属性は、主に術者による魔力の属性変換によって変わる。火属性なら、火属性魔力に。水属性なら、水属性魔力に……と、状況に応じて変えていくのが一般的だ。

 だが、そんな魔力には元々造成が決まっていたりする。なんの属性を引くかは決まっていないが、ごく稀に魔力の属性が少々偏って生まれてくる人がいた。

 私も、そうらしい。そして、その偏りは雷属性によっていたのだ。

(最近は運がいい気がする……)

 本当にここ最近の運勢は最高だ。逆に入学してから最悪な未来が待っていそうで怖いのだが。

「では、クロシエ・フォン・エリステイン。指定の魔法が書かれた紙を渡してください」

「あ、はい」

 私は試験官にその紙を手渡した。

「『ボルテニック』ですね。では、試射してください。的はあの的です」

 指さされた先には藁で作られたであろう人形……というよりカカシがそこに鎮座していた。少し前まで農業中心のところにいたせいか、藁人形ないしカカシを見ると故郷に戻った感じがした。

「じゃ、『ボルテニック』」

 少々面倒にそう言う。だが、私はいつもの癖もとい親の教育をついしてしまう。

 本来『ボルテニック』は雷の矢を指定方向に飛ばす技だ。

 私が撃った『ボルテニック』は、もはや純粋な『ボルテニック』ではなかった。一本しか現れないはずの雷の矢は何本にも集められ、それを上に向けて投げる。すると、マシンガンのごとく雷の矢が空から降ってきた。束ねられていた矢が解放されていたのだ。その数は約50本。そしてその矢は無造作に降ってきて、カカシの方へ急に方向転換をした。

 カカシのあった場所は雷の矢による攻撃によって、カカシは跡形もなく消え去り、その辺りの地面や壁は使い物にならない程度になっていた。

「あ、あの……確か試射する魔法は『ボルテニック』でしたが……」

「え、これが『ボルテニック』ですけれど」

 また、この視線だ。奇異の視線。私がおかしいわけではない……そのはずだ。でも、なぜだろう。いつもこんな視線に晒される。

(やっぱり私って、いつも一人だ……)

 こんな体質だからこそ、私は仲の良い人なんていなかった。唯一話が進むのは身分がかけ離れたガスター一人で、両親はもうすでに、冥界へと誘われた。

 そんな人生を送ってきた私にとってこの学院への入学は唯一の救いだと信じていた。様々な魔法を研究し、学んでいく。新たな出会いがそこに待っている。そして……。

 私の目指す“目標”のためにも。

 でも、やはり私を、私なんかを理解してくれる人なんて誰もいない。私を高嶺の花として誰も近寄ってくれない。それでも、私は悲しみや寂しさを全て抱え込んで、ひた隠しにしてきた。

 私は、試験管の困ったような睨むような表情に乾き切った笑みを浮かべることしか、できなかった——。

 ——全員の試射試験が終わり、宮廷魔道師団との実戦試験の時間が始まった。未だ私は疑念の視線に囲まれていた。正直鬱陶しかったが私は一応耐えることにした。ここで何か言ったって何にもならない。そんなことはわかっているから。

 私の順番は一番最後だった。それを見て私は目を見開く。

 この実戦試験は最初の方が弱い方の魔法師で、そこから最後になるにつれて強くなっていき、一番最後は〈魔導神の化身〉と呼ばれているオーディ・M・オルテリスである。オーディは宮廷魔法師団の団長で、史上最強の魔法師と名高い。

(わ、私があの団長と戦えっていうの……!?)

 心の中で私は焦っていた。徐々に自分の番が迫ってくる中、集中なんてできなかった。自分なんかでは勝つどころか勝負なんてできないだろう。だから——。

 ——私は、『個性』を発現させる——。


「では、クロシエ・フォン・エリステイン、前へ!」

 かくして私の番がやってきた。高鳴る心臓を無理やり抑え込み、対戦相手と対峙する。私の対戦相手は案の定〈魔導神の化身〉、オーディ・M・オルテリスだった。

(私、そのまま戦ってたら終わってるだろうな……)

 私は今『個性』を発動させていた。私の、私にしか宿っていない『個性』。その効能は単純。魔眼の使役だ。

 魔眼とは、人間としての目の能力に加えて特殊能力を加えたものだ。生まれついて魔眼はその人に根付く。それが普通だ。

 だが私は、生まれついて7種類、この世界に存在する魔眼全てを得た。そのことは両親も知らなかった。私は両親に安心して逝ってほしかった。だから私はこのことを、隠してきた“秘密”を余すことなく話した。

 そのことに最初は驚いた様子だったが、話を進めるうちに理解してくれていた。そのことに安堵した私だったが、今度は私が驚かされる番だった。

 両親に教えられたのだ。魔眼のことを。その使い方と効果を最大限に引き出すために方法を。死期が近いのに私のことを思ってくれる両親だった——。

「お前がチート魔導師か?思ったよりも子供なんだな。ずる賢い大人だと思っていたぞ」

「あ、はは……私はチートなんかじゃないですよ……」

「そうか……なら、始めようか」

「お手柔らかくお願いしますよ?あ、あと魔法の条件とかってあります?」

「?ないはずだぞ」

「わかりました……なら、始めようか」

 オーディと対峙する。そして、

「試験開始!」

 その合図とともに俺は『ボルテニック』を3発上空に投げる。そして火属性初級魔法『フレアソード』を顕現させて、それを複製コピーしてそれらを私の周りに待機させる。

「さて、なぜ攻撃してこないんだ?オーディ」

 どうやら俺の様子を窺っているようだった。流石の〈魔導神の化身〉と呼ばれるだけあって、俺の変化に気づいているようだな。

「今攻撃していたって、カウンターを食らうだけなのはわかっているからな……」

「ふーん、ま、あんたがそれでいいなら……」

 俺は時属性特急魔法『テレポート』を使って背後に回り込む。そして

「俺は別に構わないけどな♪」

「なっ、いつの間にっ!?」

 相手の判断速度よりもはやく雷属性初級魔法『エレキブレイド』を顕現させて、オーディの意識を刈り取った。

「さて、討伐完了……した感じかな?」

「し、しょ、勝者!クロシエ・フォン・エリステイン!」

 直後、観客によるざわめきがその場を支配した。その中には私の実力を真相はともかく信じる者、何か不正をして勝っただけの非道、という意見が飛び交って……いや、大半は後者の意見を支持しているようだった。

 ……どうせ、いつまで経っても私はこうなのだろう。どれだけ功績を残してもこんな風に批判しか飛びかわない。私が何をしたってそこには私に対しての不幸しか待っていないといいうことだ。

(本当に、私に優しくない世界だ……)

 それでも、勝ちは勝ちという事らしく、私は全成績トップで入学することが叶った——。


「ガスター殿下、クロシエお嬢様が主席入学されたそうです」

「そうか、良かった……これで落第でもされたら困っていた……今の状況の方が面倒なのだが」

「そうでございますね……まさかクロシエお嬢様があの学院の試験を全て満点で通って主席入学するとは……」

「俺の手助けは、いらなかったらしいな……」

「クロシエお嬢様が起こした事による反感が高まるばかりですし……」

「……あいつは、いつもそうだったな……」

 俺が彼女、クロシエと初めて出会った時、彼女はただ俯いていた。誰からも理解されない。関わってくれない。自分だけ除かれる疎外感……それらの感情がのしかかってきていた状況だった。俺が話しかけるようになってからも、そんな表情が続いていた。

 だから俺は彼女の悩み、『理解されない』という悩みを少しでも解消しようと勉学に励む事にした。本来王の勤務もあるが、休憩時間はその時間位費やしていた。そのおかげか、俺は彼女とある程度話が合うようになっていた。

 彼女が理解されない理由。それは話しているうちにわかった。

 彼女が見ている世界は、常人が見ている世界とは違っていた。世界にいるほとんどの人が”A”と思うものを彼女は、いや”B”に見えているというわけだ。

 価値観が誰とも違う。彼女だけの世界。それが俺は気になってしょうがなかった。だから彼女と話を進めていっていた中、俺は

『魔法学院に行ってみないか?』

 と誘っていた。もちろん、好成績を残すことは叶わないだろうと考え、救済措置も用意しておいた。

 だが、それに甘えず誰よりも勉強したのだろう。その証拠に今の惨状が生まれていた。

「クロシエお嬢様は、この世界とは別の世界にいらっしゃったのでしょうか?」

「さぁ、どうだろうな……だが、俺から一つ言えることは、クロシエはこの型にはまった魔法の考えを覆してくれる、ということだな」

 俺はクロシエにかすかな希望を抱え、勤務にまた取り掛かっていく——。


エピソード,1 〈了〉

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