第7話
夏休みに入って1週間くらいのことだった。
期末テストで赤点を取った生徒の補習期間が明けてすぐ、生物部で釣りに行くことになった。年に一度か二度だけある、しらす選別以外の活動だった。学校から電車で20分ほどのところにある港の堤防みたいなところへ行き、釣りをする。そして釣れた魚を学校へ持ち帰り解剖して、胃袋を取り出し消化物からその海での生態系や魚の食生活を調査する。しらすの死骸を漁るより、胃袋を開いて溶けかけの魚を弄る方が随分やる気が出た。
朝の6時半の集合時間、磯の香りというよりは海独特の臭さが漂う港の最寄駅には普段部室に来ない浅田先生も来ていた。学外での活動には必ず教職員の引率が必要だからだ。普段は生物実験室の鍵の管理くらいが顧問としての主な役目だ。
浅田先生は40過ぎの理科の先生で、生物を中心に化学や地学など広く授業を受け持っている。理科の教師なのに変にガタイが良い。胸板は厚く肩幅が広い。オールバックで声が大きい。板書の文字が変に大きく、黒板をすぐに埋めては消すのでノートを取るのにいつも苦労する。やたらと豪快な感じで理科の教師っぽくなかった。授業終わりの休み時間、次の教室への移動中、浅田先生が地学の授業に使う地球儀を片手でダンベルを上げるように上下させ、歩いているのを見たことがあった。筋トレが趣味のようだ。体育科の教師でもないのに、意味もなく身体を鍛えている浅田先生は不必要に着飾っているみたいで、むしろ女々しく感じられた。
部員も全員集まった。僕と波多野、そして後輩が二人。もう一人は何か私用があるらしく来なかった。
四人しかいないのに、浅田先生は駅前で点呼を取った。学外での活動で教師らしく振る舞いたいという心の内が容易に読み取れた。
海沿いにある国道を歩いて15分ほどの河岸に向かう。僕は早朝の眠気と暑さ、夏休みの気怠さが合わさって誰とも会話する気など起きなかった。波多野はいつも通り、苔むした地蔵みたいに何も喋らず表情も変えず、じっとり濡れていた。これまで部員間でうわべの会話しかして来なかった四人に会話はなかった。それが普通だったし、気楽だった。でも浅田先生だけは沈黙を非常に嫌がって、僕らの間を取り持って詐欺師のように喋った。
海辺の堤防は海を区切るように湾内にせり出して、右側の海に接する部分にはテトラポッドが不細工なテトリスのように組み合わさって積み上げられていた。波が打ち寄せるたびに塩水が堤防にぶつかり、霧となっては何度もちんけな虹を見せた。
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