第16話

「海峡先輩、どうしてここに?」

数年ぶりの再会できれば二度再会などしたくなかったこの人がなぜここにいるのかわからない。

約10年ぶりの再会、その体格はより男らしくたくましいものに変わっていてより威圧感が増している。

変わらないのは私に対する圧倒的な敵意。

それだけは10年前のまま、あの頃に戻ったようなフラッシュバックが起こり吐き気を覚える。

「お前こそ何やってる?なんだあの男は?」

なんなんだこの状態は?

なんでこの人がここでこんな質問をしてくる?

周囲の酸素が急に喪失したかのように息苦しい。

視界が揺れるように感じるのは酸欠でも起こしているのだろうか?

先ほどまでの幸せが嘘のそうに気分が悪い。

嫌だ今すぐここから逃げ出したい。

家に帰って平和な平穏な空気を吸いたい。

そんな衝動に駆られるけど、海峡先輩がそうさせない様に私の前に立ち塞がる。

「あの人は昔の知り合いで、最近は相談に乗ってもらってたんです。色々あって」

真実ではないけれど嘘も言っていない。

そんな言い訳を胸の内でする。

そんな私を見て海峡先輩は軽薄そうに笑う。

「相談?ホテルでか?」

スッと差し出されるスマホ、その画面には腕を組んで寄り添いながらホテルに入る私たちが写っていた。

一体いつの間に。

監視された事実に険悪感と恐怖が隠せない。

「オイ、クソ女ふざけるのも大概にしろよ。公男の事を裏切っておきながらクソみたいな言い訳するんじゃねーよ」

裏切り?

そんな事言われなくてもわかってるだけど、幹さんが居なかったら私は救われなかった。

それをどうすればこの人はわかってくれるの?

反論したいけれど何も言葉が出ない代わりに出るのは涙。

そんな私を見て海峡先輩はさらに顔を険しくする。

「黙りこくって涙か。泣きたいのは公男だろうに、献身的に尽くしてきた妻が影で浮気最悪な事。俺なら殺してやりたいねお前」

ずいっと詰め寄る海峡先輩、私のことを殺すという彼はあの時の芹香をどうしても思い起こさせ恐怖が一気に体を包み込んだ。

「いや!」

咄嗟に逃げ出そうとする私でも海峡先輩はそれをさせまいと手を掴み大声を出させないように口を塞ぐ。

殺されるむがみ中で抵抗する私の顔を海峡先輩が殴りつけた。

体が吹き飛び、頭が釣鐘になったかの様にグワングワンと響く。

それは芹香の時と比にならない痛みと衝撃。

そのたった一発殴られただけで私は何も言えない無抵抗状態にさせられてしまった。

何もできない私は体が動かない分頭だけは少し冷静になって海峡先輩をここで初めてちゃんと見ることができた。

「逃げんな話終わってないんだよ。クソ殴っちまった、公男に悪いことしたな」

海峡先輩は殴りつけた自分の拳を見ながら少し罰が悪そうにそうぼやき、忌々しそうに舌打ちをした。

その様は以前の芹香の様な狂人の振る舞いじゃなく確かに理性的な部分が見える。

「オイ、公生はなお前のことずっと心配してた事件の時も自分がいればって自分を責めてたしその後はできるだけ側にいたいってお前に付きっきりだった」

知ってる公男が私の心配をしている事なんて私が誰よりも知ってた。

「今回のお前の不自然な外出だって心配だけど外に出られる様になった事は嬉しいって話してた。馬鹿なやつだよ」

それは知らなかった、いつも出かける私を不審げに見る公男。

あれは私を疑ってたんじゃなくて単に心配してただけだったなんて。

「私のこと疑って公男が海峡先輩に私をつける様に言ったわけじゃない?」

「アイツがそんなこと頼むか、これは話を聞いた俺が不審に思って勝手にやったことだ。出来れば何もなければ良いって思ってたけど案の定だな」

その通りで情けなくて何も言えない。

公男馬鹿だよ私なんか信じて本当に。

忘れてたはずの罪悪感が再び振り戻る。

「人間として最低だなお前。昔っから変わってないな、適当に周りに合わせて真剣にお前を見てる公男に対してもそれは同じでそれが側から見て凄いムカついてた」

そっかだから海峡先輩は私のこと嫌ってたのか。

長年の疑問が今解けた。

面倒なことが嫌いでなんでも適当に済ませる。

人間関係もゴチャゴチャしたくなくて強い人には従って弱い人には自分の意見を押し付けた。

そうやって生きてきた。

楽だったから、真剣に物事を考えなくて済んだから。

海峡先輩の指摘通りだった。

真剣に公男の事を考えなかったからこんなことができた。

結婚した時もそうだ、あの時も結局なんとなく決めてしまった。

幹さんがいなくなって私の周りにいたのは公男だけで、みんながする結婚だからって決めてしまった。

そう思えば公男だけだったあの頃から変わらず私のそばにいてくれてるのは。

「私最低ですね」

自覚してそう呟くと海峡先輩が鼻で笑った。

「お前が最低なのはわかってるんだよ」

そう遠慮なく言われて分かってるはずなのにズキリと胸が痛んだ。

自分でも分かってるはずなのに胸が痛むなんてまだ自分に甘えてるみたいだ。

「そうですよね。この事公生は知ってる?」

「言えるかバカが。そんなアイツが苦しむ事言えるわけないだろ。それでお前はどうする」

「あの人にはもう会いません」

幹さんに会えないそれは辛いけど、それが良いそうじゃないといけないそう言い聞かせる。

「なら今すぐアイツのところに行くぞ」

そう言い海峡先輩は私を引っ張り起こす。

「行くぞって先輩も来るんですか?」

驚きに声を上げる私に海峡先輩は当たり前だと鼻で笑う。

「お前がちゃんと手を切るのを見ないと信用できないからな、それに相手のクズ男の口車にお前が載せられないとも限らない」

そう言うとタクシー電話でタクシーを呼び寄せるのだった。

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