第15話

「すみません、泣いてばかりで」

「気にしなくていいさ」

どのくらいの間泣いただろう?

ようやくおさまった涙を拭いながら謝罪するが幹さんは少し微笑むだけで嫌な顔など見せない。

「本当に幹さんには何時も助けられてばかりで」

「そんな事はない。私が助けれたことなんてどれだけ有ったか?私はいつも一歩遅い結果君を傷つけてばかりだ、すまない」

そう頭を下げる幹さんに私は大きく首を振る。

「そんな事ない!いつもいつも本当に助かってる!幹さんが居なかったら私きっと今生きていない。今回も昔もいつも私を助けてくれるのは幹さんなんです」

そう必死で訴えると幹さんにはありがとうと微笑んだ。

「出来る事なら常に君のそばにいられたらどれだけいいだろうか」

再びそっと握られる掌、それにドキリとする。

幹さんの目がじっと私を離さない。

「あの?幹さん手熱いです」

「ああ、私自身胸が高鳴ってるのがわかる」

「え?」

「私は今回君を失いそうになって初めて実感した。星美君が好きだと。君を守り愛したいと強く思えた」

そのいきなりで、幹さんにしてはあまりにまっすぐすぎる告白に私は狼狽する。

「好きってそんな困ります」

隠しきれない動揺が声を震わせる。

そう困るそんな事言われても。

何で今なんだと思ってしまう。

幹さんの事は好きだ、それは今更否定する事はできない。

男として誰よりも魅力を感じてしまう。

だけど今の私にはもう家族が居る。

立場がもうあるんだ、幹さんと一緒になるなんて無理だ。

まだ学生だった頃幹さんがこの街を出て行ったあの日同じことを言われていたら全てが変わっていただろうに。

「私もう結婚して子供も居るんですよ、なのにそんな困ります」

「もちろんそれはわかってる、君がそれで幸せなら私もこの思いを胸に秘めておくつもりだった君を幸せにするのは私ではなく家族の役目だと諦めるつもりだった。けれど星美君はその家族によって救われているのか?君はコレまで家族といて幸せを感じられていたのか?君の家族は傷ついた君を癒してあげる事ができるのか?」

家族といて幸せか?

私が家族と公男と空人といて幸せを感じた事は何度あっただろうか?

公男に対して幹さんのように胸が高鳴った事が一体どれほどあっただろうか?

そもそも私は本当に公男を愛しているのか?

自問自答をしてみたが最悪な私はどれも強くそうだと頷く事が出来なかった。

「私なら君を守り幸せにしてみせる。私と共にいてくれ」

手を握る力はさらに強くなり私を逃さないようにする。

その今まで感じた事がない男の力強さに逃れる術なんて確固たる意志もない私には出来るはずも無かった。




「幹さんあなたと一緒になるのもう少しまってくれませんか?」

彼の腕に抱かれながらお願いをすると幹さんは髪を撫でながら「ああ」と答える。

薄暗い部屋の中私たちは裸で重なり合っている。

公男より幾分も男らしく筋肉質な幹さんの体に抱かれながら私の目線の先には未使用のコンドームがベッドの脇に置かれていた。

結局つけずにしてしまった。

幹さんはゴムをつけるのを嫌った。

ちゃんとつながったことを感じられないからだと言っていたが結局はやりたいだけなんだろうかと少しだけ失望してしまう。

けれど結局私も流されてそれを受け入れたんだから同罪か。

こんな事してもしかしたら子供も出来るかもしれないのに私はまだ家族を捨てる決心ができず曖昧な返事をしてしまう。

決断なんて正直出来る気がしない出来ればこんな関係がばれずに続けばいいとずるいことを考えてしまう。

やはり家族を捨てるのは世間の目が気になるし惜しい、けれど私の事を女として求めてくる幹さんとの関係も続けていきたい。

先ほどのセックスを思い出すと体がまた熱くなる。

あんな風に求められたのは初めてだった。

なんていうかお互いの体が溶け合ったかのような満たされた気分だった。

公男とのセックスでも他の男たちとのでもここまで満たされた事はなかった。

体の相性もあるのかもしれないけれど、きっと幹さんが私の事を思ってくれているからだと確信している。

「星美」

幹さんが再び私に覆いかぶさってくる。

私はそれを受け入れた。



それからも私と彼の密会は月に2、3度そして5、6度とだんだん増えていく。

だんだんと家を空けることが多くなった私を公男が不審げに問いただす事もあったけれど気分転換だとはぐらかして詳細な事を語らず家を出る。

もしかして気にした公男が後をつけているかもと気にした事はあったけれど今のところその気配もない。

そうしている間に人目もだんだん気にしなくなっていきこの前は大胆にも手を繋いで街中を歩いてしまった。

手を繋いだだけでドキドキしてしまうなんてまるで学生時代に戻ったみたいだ。

もっとも学生時代にそんな経験はしなかったけれど。

私たちが会う時は毎回彼からの連絡がある。

待ち合わせ場所はまちまちだけれども車を持っていない私を気遣ってくれて徒歩で行ける場所にしてくれる。

会う時間はまちまちだけれども夜に待ち合わせをした事はない。

これも私を気遣ってくれてだ。

そんな小さな心遣いが嬉しい。

そこからは買い物やご飯を食べて最後は毎回ホテルに向かう。

特別なことなんて解くのは何もないけれど彼といるだけで幸せだった。

ただ一つ気になる事はセックスをする時彼は決してゴムを使おうとしない事だった。

もう何度も体を交わった妊娠の可能性も高いそれでも私は彼と会う事をやめられない。

もうこれは一種の依存なんだろう。

そうして今日も別れの時間がやってきた。

家近くのコンビニの跡地人通りの少ないココは

私を送り届けるにはうってつけの場所だった。

「それじゃあまた連絡する」

「はい!待ってます!」

彼の車が見えなくなるまで見送ると、すぐにLINEを開いて公男に今から帰ると連絡する。

もう何度も繰り返した行為、慣れてしまって罪悪感ももう出てこない。

後は公男の待つ家に帰ればそれでまた日常に戻る。

その筈だったのに、何で今この人が私の前に現れるんだ。

「クソ女。良い身分だな」

震える私を前に海峡笠矢は不愉快そうに私を睨みつけていた。

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