第14話

それからは怒号のような日々が続いた。

警察に連れられ話、マスコミが現れて話、近所の人が様子をみにきては話。

起きている間はまさに質問責めの毎日。

いやでも事件のことを思い出さされる。

まるで毒のように体の内側から壊される気分。

そんな時だった幹さんから連絡が来たのは。


『しばらくぶり。一度会って話がしたい。あれからの事が気になっている。落ち着いた時でいいので連絡をくれ』


心配してくれているのかな?

だとしたら嬉しい。

そう思えたのが自分でも意外だった。

あの日以来、自分でも不気味に思うほど感情の波が揺れ動かなかったのに、嬉しいだなんてそんな事まさか思えるなんて。

会った所で私の環境が変わるわけではないことはわかってるのにそれでも彼に会いたいただ会いたいと我慢ができない。結局私はその思いの赴くまま今日会えるかと返信を返した。

そしてそのまましばらくスマホと睨めっこを始める。

待ち構えたって幹さんがすぐに返信できるとは限らないのにまだかまだかと構えちゃう。

返信はすぐに来た。

『それで大丈夫。じゃあ13時にブルーラで』

今は11時余裕を持って移動はできる、けどその前にしなくてはいけない事がある。

寝巻きから着替え寝室から居間に向かうと公男が洗濯物を畳んでいる所だった。


「おはよう朝食つくってるよ。おじや、温めたらすぐ食べられるけど食べる?」

私は首を振る。

「ごめん食欲ない」

公男はその返答に残念そうに『そっか』と頷く。

公男はあの日以来私を心配して長期休暇をとって家に居てくれている。

家事も全部してくれてどれだけ彼に愛されているか今回身をもって知る事ができた。

だからこそこれから自分が他の男と会いに行くなんて事言えるはずがない。

罪悪感はあるけど想いは止まれない。

「今日少し出かけるね。ずっと家でいい加減頭にカビ生えそう。気分転換に一人でブラブラしてくる」

嘘をついてやり過ごそうとするけど公男は渋い顔をする。

「一人?大丈夫?危ないんじゃない?」

そう心配してくるのは当たり前だった。

けれどその心遣いも今は迷惑だ。

「ごめん一人で気分転換したいんだ。一人でのんびりしたい」

最近の質問責めの毎日を知りつつ何も助ける事ができなかった公男にはこの言葉がよく効く。

その予想通り公男は少し困るような考えるようなそぶりを見せると分かったと納得してくれた。

「本当に気をつけて」

玄関を出る時公男が再びそう言ってくれる。

「大丈夫、芹香はもういないから」

そう告げると公男は申し訳なさそうにシュンと体を縮める。

そのいかにも申し訳ない事を言ったと言う態度が少し感に触る。

まるで私の方が悪いみたいだ。

「じゃあ行くから」

公男の返事を待たず外に出る。

後ろ髪を引かれるが足を止めず私はブルーラへ向かう。



チリンと入店を知らせるベルが鳴るとふくよかな体型の婦人が「何名様ですか?」と尋ねる。

パンチパーマが印象的な明朗快活と言う言葉がよく似合うおばさんだった。

「あの待ち合わせで」

そう答えると「どうぞお探しください」と店内に通された。

薄暗くも暖かな暖色のライトで照らされる店内は上品でオシャレだ。

人が賑わっているわけじゃないけど、繁盛していないわけでもないのんびり過ごすにはちょうどいい落ち着いた空間。

いい場所だと素直に思う。

店の奥へ向かうと幹さんはすぐに見つかった。

あちらも私に気づいたようで手を挙げ挨拶をしてきたので私もこくりと頭を下げた。

「あ、あの久しぶりです」

こうやって外で人と話すなんて何週間ぶりだろう?

最近は時間の感覚も曖昧でよく分からない。

久しぶりに人と話すのは妙に緊張して、声が上ずったのが自分でもわかった。

それを誤魔化すように咳払いをしたけれど幹さんはそんな事気にも留めないように「久しぶり」と挨拶を返してくれた。

「少し痩せたか?アレから大変だったろ?」

「ええ、そうですね」

椅子に着きながら答えると目の前にメニューを置かれた。

「まぁとりあえず何か頼め。お勧めはレモンティーだな、気持ちが落ち着く」

「はぁ」

気の抜けた返事をするものの特にこれと言って食べたいものも飲みたいものもなかった私は素直にその言葉に従った。


「美味しい」

私のこぼした言葉に幹さんは満足げに頷いた。

「それは良かった。お勧めした甲斐があったな」

「本当に美味しいです、香りもすごく良くてサッパリしてて飲みやすい。それに何だか胸が暖かい」

そうまるで枯れ果てた荒地に水を与えたかのような安心感が私を満たす。

「レモンティーにはリラックス効果もあるからな。今の君には良いだろうと思ってな」

「そうですか」

今の君、幹さんには一体私がどんなふうに写っているのだろう?

心配される程酷い顔してるのだろうか?

「その様子だと大分参っているようだな。無理もないあんな事が起きるとはな。苦しかっただろう?」

憐むような幹さんの目に私はつい目を逸らす。

自分がそんなにかわいそうなやつなんだとひしひしとその目が感じさられるのが嫌だ。

そんな同情ではなくもっとちゃんと私を見てほしい。

「大丈夫です。色々ありましたけど時間が嫌で未解決してくれましたから。あの事件なんて世間はもう忘れてきてるし、私だって芹香のことでもう胸が痛んだりしない。アレがあの子の選んだ道だったんですよ」

強がって発した台詞は感情的になって突き放すような乱暴な言葉になった。

だけど、事実それが真実だった。

無数の世間の波、あんな事件そのうちの一つに過ぎない小さなものだそんなの大海の荒波にすぐ消されてしまう。

それが世界なんだ。

「確かに世間はそうかも知れん。けれど君はそうじゃないだろ。胸が痛まないわけないだろ君が、もし本当にそう感じているなら痛みを感じないほどに君に心は傷ついてるんだ。私の前でくらい弱音を吐け、もう無理しなくていいんだ」

そっと右手に添えられる幹さんの手。

それはとても暖かいくて温もりは右手から腕を通し脳まで届き私の視界を揺らした。

ポタリと落ちる涙は頬をつたい幹さんの指で拭われる。

「この席は角で人目が届かない。周りは気になくていいから今は素直に心の赴くままに泣けばいい」

それがスイッチとなり私は机に顔を伏せると静かに涙を流した。

その涙はあの日以来となる確かな感情の昂りだった。

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