第13話
公男が私を迎えにきたのは警察が到着してから30分後の事だった。
職場からそのまま来てくれたのだろうか?
彼はまだ汚れで黒ずんだ作業着姿だった。
「星美!」
「あなた」
力なく顔をむけた瞬間に抱きしめられる。
作業着特有の独特な匂いが鼻についたが、公男の温かい人肌に少しだけ心が安堵する。
「怪我は?」
そう聞かれ私は右頬をさする。
すると鈍い痛みが右顔全体に突き抜ける。
「っ」
「右頬に打撲痕があります。腫れが出てきているので骨に異常があるかもしれません念のため病院で検査しましょう」
私のすぐ横にいた救急隊員がそう告げると公男がすぐに行こうと私を急かした。
「でも警察の人に話とかしないと」
「それは私が話しておこう」
私の心配を予測していたのか、幹さんがそう告げると公男がジロリと彼を見た。
「貴方は?」
公男にしては珍しいほどの敵意が感じられる。
そんな視線なんて感じないのか幹さんは平然と挨拶をしてきた。
「はじめましてではないな。君は覚えてるかわからんが、私たちは以前会っている君がまだ学生の頃に」
その言葉に驚く。
確かに幹さんと公男が顔を合わせるのは初めてじゃない。
一度だけ私たちがまだ学生の頃会ったことがある。
でもその時、公男はそばにいるだけだったはず。
まさかそれを覚えてるなんて。
現に公男はピンときていない様子で不審げに幹さんをみる。
「まぁいい。私を睨むのはお門違いだ。彼女を襲ったのは架橋芹香だ」
「架橋さんが?まさか」
信じられないと私を見る公男に頷く。
「本当だよ。芹香に襲われた、幹さんは私を助けてくれたんだ」
それからあらかたの流れを説明すると公男は感謝しながら幹さんに頭を下げた。
「ありがとうございます!妻を助けていただいて。本当にありがとうございます」
頭を何度も下げる公男を幹さんは苦笑しながら
止める。
「いや気にしなくていい。星美さんは友人の妹であり私にとっても大切な友達だからな。そんなことより早く病院に連れて行ったほうがいい。後から警察が来るだろうがそれまでは休むんだ」
「分かりました。本当に色々ありがとうございます」
公男は最後にもう一度礼を言うと私へ向き直る。
「行こう。動ける?」
「うん」
公男をに連れられ現場を離れる、過ぎゆく私たちを見つめる群衆の目それは私たちを労るような優しいものではなくて、ドラマの撮影現場でも見にきたかのような好奇に満ちたものだった。
「空人はお母さんが見てくれてるから安心して」
病院で検査と処置が終わりタクシーに揺られながら家路についていると公男がそう教えてくれた。
「そう」
「明日にでも警察に行かないと行けないだろうから、このまま預かってもらうようお願いしたよ」
「うん、ありがとう」
空人の心配をしていないわけじゃ無いけれど、まるで心に麻酔をかけられたかのように揺れ動かない。
耳では聞こえているのにまるで無音室にいるかのようにあらゆる言葉が消えていく。
そんな私を公男は不憫そうに見つめ頭を撫でる。
幸い体には打撲以外の目立った外傷がなかった私はすぐに家に帰ることができたが時刻はもう夜の9時に差し掛かろうとしていた。
人工の星が地上に灯り闇に閉ざされた街を照らしまるでこの世界に闇なんて無いかのように世界を華やかに彩る。
歩道を楽しそうに歩くカップルや家族連れを見るとまるで別世界をモニター越しに見ているように感じる。
このタクシーが宇宙船で私はまるで違う星に迷い込んだ異星人。
同じ場所にいるのにどうしてこんなに違うのか。
この気持ち公男にわかるはずがない。
私が受けていた恐怖を今まで何一つ知らなかったこの男には。
孤独だ。
なんだか何もかもが嫌になって私は目を閉じた。
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