第11話

次の日の朝、郵便ポストに中に一枚の封筒が投入されていた。

差出人は不明、名前が書かれてなく多分直に誰かが入れたんだと思う。

そして封筒の開け口には真っ赤な口紅のキスマークが押し印のように付けられていた。

気持ちが悪い。

封を開けると一枚の手紙が入っていてそこに殴り書きのような乱暴な字で(好き、いつになったら私を見てくれるの?)と書かれていた。

「なにこれ?」

気持ちが悪くて不気味。

誰が書いたかは知らないけどとても不愉快になる。

でも書いた人はわからないけど、送った相手は間違いなく公男にだろう。

浮気?

そんなことが頭をよぎる。

まさかとは思う、公男に限ってそんなことがあるはずないと。

けれど嫌な不安は拭えない胸のムカつきが気持ち悪くはりついている。

公男にこの事を聞いてみる?

そうするのが一番の確認方法だけど、もしそうだったらショックが大きすぎる。

それにこの文を見る限りだとまだ相手の片思いだけだという可能性だってある。

そうだ、これはあくまで相手の一方的な感情に過ぎないもののはず。

そう自分に言い聞かせ私はその手紙のことは胸にしまうことにした。


「ただいま」

囁やくような優しい挨拶、その声に誘われて玄関に顔を出すと公男が驚いた顔でこちらを見ていた。

「どうしたの?顔を出すなんて珍しいね」

「ん、良いでしょ別に」

いつもにように優しい微笑みを見せる公男に私は飼い主に駆け寄る子犬のように抱きつく。

「ん、本当にどうした?」

私の頭を撫でそう聞いてくる公男に私は答えない。

ただ自分でもわからない不快感が胸に広がっている。

「公男、私の事好きでいてくれる?」

そう尋ねた私に彼は今度は困惑する事なくはっきりともちろんと答えてくれた。

それはいつもと違う公男の態度で正直少しドキってした。

「星美の事いつも思ってるから」

そう抱きしめてくれる彼の胸の中で私はそれでもその言葉を信じて良いのかがわからなくなっていた。



けれど、私の心なんて御構い無しに日常はやってくる。

いつも通りのルーティン。

朝起きて無自宅をさっと済ませば、次は家族の料理を作る。

なんでこんな気持ちのままこんな事しないといけないんだろう。

そう不満が溜まる中、あの手紙と無言電話はあの日以降毎日やってきた。

毎日毎日あの赤い文字で書かれた愛してるという公男に当てられて言葉公男の出勤時間を見越してやってくる無言電話。

その二つは朝夜と毎日欠かさずやってきた。

電話で私がどんなに文句を言っても相手は黙ったままかと言って手紙を入れるのを待ち伏せる勇気は持てない。

そうしているうちに家にいるのが嫌になってきて、私は気づけば子供を放置してあの公園に来ていた。

ベンチに座りボンヤリとしていると今私に起きている状態がまるで嘘のように感じる。

視界に映る風景は子供を連れた親子連れや小学生たちが遊んでいる日常が映ってるのに、私もその中にいるはずなのにどうしてこんなに心が荒んでいるんだろう?

私だけが日常に置き去りにされている。

なんでこんな不安な気持ちにならないといけないんだろう。

日常にいる人たちと私の心の差があまりにも大きすぎて涙が溢れてくる。

声などあげない、涙だけが流れ落ちる静かな涙だ。

周りの子供達はそれに気づいたが母親たちがきみ悪がって私から遠ざける。

世界に私はひとりぼっち、そんな錯覚に陥る中、

「なんだまたここにいるのか」

そんな懐かしい声を聞いた。

少し呆れる様で、それでいて懐かしさをかみしめるかの様な口調。

太陽を隠すかの様に立つ男に目を細める。

「幹さん?」

「ああ久しぶりだな、もしかしてと思ってここに寄ったが、まさか本当にいるとはな」

彼は少し嬉しそうに笑った。

10年ぶりに見るその顔は以前と変わらず優しいく、目尻の深くなったシワは時の流れを感じさせた。

「どうしてここに?」

予想外の人物の登場に辛うじて言えたのはそれだけ、でも心はいろんな感情が混じり合ってカオスな状態だ。

「また仕事でな。10年ぶりの帰郷さ。月日は経ったがこの街は相変わらず代わり映えがない、退屈なカゴだ。そう思わないか?星美」

言葉通り退屈そうにため息を吐く幹さんに私はなんと言えば良いかわからず声を発せずにいる。

幹さんはもしかしてこの街が嫌いなのかも、そう考えてしまう。

そんな幹さんだけど私を見るなりニコリと笑う。

それはやはりかつてと同じ天使を思わせる微笑み。

「だけど、君にこうして会えたのは嬉しい。この10年でまた綺麗になったな。けれど、顔に曇りがある。どうした?」

以前と変わらないその優しい言葉に私はためにためていた思いをぶち撒けた。

手紙のこと無言電話のことそして夫が浮気しているのではないかという疑念その全てを洗いざらい吐いた。

その言葉の全てを幹さんはただ静かに聴いてくれた。

話が終わる頃には人目もはばからず嗚咽を漏らす私の頭を撫でる幹さんにしがみつく。

そうして私が落ち着くのを待つと幹さんはポツリと言う。

「疑問なんだが、その手紙の主の好意の相手は本当に君の夫なのか?」

「へ?」

その予想してなかった問いかけに私は素っ頓狂な声を上げてしまう。

「お前は手紙の主の相手は夫だと思ってるみたいだが、そうじゃないとしたら?」

「どうゆう事?」

意味がわからず聞き返す。

「疑問に思ったんだ。なぜ相手は決まって君しかいない時間に無言電話をかけてくるのかと。

君は自分への嫌がらせだと感じているようだが嫌がらせにしてはどれもこれも消極的なものだ。それに本来は君の夫にこそ自分の存在をアピールしたいはずなのに手紙を受け取るのも君だけ」

「それはポストを見るのがいつも私だから」

その反論に幹さんは首を横に振る。

「君の家のことを知り電話番号、勤務時間まで把握しているだろう犯人がそんなことを知らないとは思えないな。あるとすれば犯人の狙ってる相手が別人の可能性」

そう言いながら幹さんは真っ直ぐに私を見る。

そのこちらの心まで見透かすような視線に目をそらせたくなる。

「なんですか?」

「私はな、犯人の狙いは君じゃないかと思ってる」

まるで胸に弾丸を撃ち抜かれたかのような衝撃が走った。

まるで世界が一変したかのような感覚。

今までの不安が恐怖変わる。

そんな事認めたくはないが、答えはストンと私の胸に落ちる。

「そんなまさか」

見知らぬ男の視線、自分も知りもしない男が私を見てる?

そんな事があるなんて。

酷い吐き気を覚える。

「いいや、それは違う」

こちらの考えを見透かしているのだろうか?

ギラリと幹さんの目が光った気がした。

「君は相手は男だと考えてるんじゃないか?だとしたらそれは違うと言ったんだ」

「なんでそんなことわかるの、アナタに」

「感のようなものだがね。引っかかる点は手紙だな。君は手紙に口紅がベットリとついていたと言ったな。女の象徴でもある口紅をわざわざ強調している点も相手が女だと考えられる」

「まさか」

信じられないそんな事。

思考が回らず呆然とする。

「世に中そんなものだ。信じられないことが不意に起こる。だから世界は理不尽なんだ。さて、となると犯人は君に聞くのが一番なわけだが心当たりは?」

そんなものあるはずがないと私は強く首を横に振る。

「本当に?犯人は君たちの生活習慣を把握しているもしかしたら意外と身じかにいるのかもしれない」

「そんなこと言われても」

そうわからないものはわからない。

というか知り合いにそんな人がいるなんて思いたくもない。

「確かに突然こんなことを言われても混乱するだろう。こうして話を聞いた身だ私も力になろう」

そう言ってくれた幹さんは今の私の住所を聞くと様子を見ようと言い別れた。

家に帰り着いてからも悶々と言われたことを考える。

狙われているのは自分?

相手は女に人?

どれも私からすれば現実味のない話だった。

誰か他の人の意見も聞きたい、そう思ってしまったのはこの悪夢のような現実から逃げ出したいと思ったからだろう。

でも誰に話せば良いのだろう?

公男に話すのは抵抗がある。

変に自意識過剰な女だとは思われたくないし、今日幹さんと再会したばかりでなんだか頼ろうと思う気分になれなかったからだ。

結局電話をかけた相手は、高校からの友人である芹香、彼女なら幹さんのことも知っているし事情も話しやすいそう考えてだった。

しかしこうして芹香に電話するなんていつ以来だろう。

なんだかんだ私が結婚してから会う機会も減ってしまった。

まさかこんなことでまた連絡を取ることになるなんて思わなかったけど。

連絡帳の中から芹香の名前を選び発信する。

何度か着信音が響いた後、電話はつながった。

『もしもし?どうした、久しぶりじゃん❕』

数年ぶりに聞く芹香の声はやけにはしゃいでいるようで、私の心境との違いに胃が痛くなる。

「うん本当久しぶりごめんね連絡全然取れないで」

『しょうがないさ、お互い家庭もあるしね。それでどしたの急に!』

「えっと」

その明るく楽しそうな声を聞いているとどうにもはなしを切り出せない。

そもそも久しぶりに話す友人にこんな相談していいのか?

そこを気にしてしまう。

「いや最近何してるかなぁーって気になって」

結局はそう言ってごまかす。

「なにそれ』

電話向こうの芹香がクスリと笑った。

『最近と言ってもなー別になんもないよー。子供の世話して料理して買い物してそんなことの繰り返し』

「私も似たようなもんだよ毎日同じ事。たまには遊び呆けたいね」

主婦に休日はないというがまさにその通りだと思う。

今になると母のありがたみがわかる。

『じゃあさ今度久しぶりに遊びに行かない?気晴らしにさ!』

それはとても魅力的な申し出だった。

そういえば最近プライベートで遊んだ覚えがない。

遊びといっても家族とばかりで結局は子供主体だ。

自分の時間がない。

友達と久々に会うのも良いかもしれない。

そうすれば気持ちも少し楽になるかも。

「イイねいつにしようっか?」

『そうだねー』

そう言いながら移動しているのだろうか電話越しに芹香の足音が聞こえる。

ズリズリと引きずるようなどこか聞き覚えのある足音。

その音に血の気が引いた。

この音はここ最近何度も聞いている。

間違いなんてない。

震える口で私は芹香に尋ねる。

「ねぇ、芹香だったの?あの無言電話」

『・・なに?急に』

先ほどまでの弾んだ声が嘘だったかのように芹香の声は洞穴の中のように暗く冷たいものに変貌していた。

「ねぇ、その足音毎日聞いた電話の向こうで毎日!アナタなの?今までのこと全部!」

『全部じゃないけど、電話は私だよ。遅いんだけど、気づくの。私ずっーとアピールしてたのに。でもタイミング悪すぎるよせっかく会える約束したのに思い通りに行かないな』

すんなりと自らの行いを認める、その神経が理解できなくてなにを話すべきか分からなくなる。

『あーでも会えないなら会いに行けばいいんだ!もう気にしなくていいもんね我慢しなくて!』

最後に芹香はそう笑って一方的に電話を切った。

電話を持ったまましばらく唖然とする。

受話器を置きソファーに腰掛ける。

脱力という言葉が当てはまるほどストンと腰から落ちなにも映さないTVと対面する。

画面は暗く反射した私の姿が映し出される。

表情ない自分と対面していると画面の私が揺れていた。

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