第7話
喫茶店ブルーラ。
駅前にあるこの喫茶店は突出した目玉商品はないものの、この場所の人通りの多さから時間帯に関係なく多くの人で賑わっている。
買い物帰りの主婦や勉強をしている学生たち待ち合わせの間の時間つぶしと様々な目的の人々がいる。
日が沈み夏の暑さも静まってきたこの時刻また1人の客がこの店へと足を踏み入れる。
若い男だ。
制服を着ていることから学生なのだろう。
恐らくは帰宅途中にこの場所へ立ち寄ったのだ。
辺りを見渡しているあたり恐らくは待ち合わせなのだろう。
店員に待ち人がいるか尋ねると店の奥へと案内される。
周囲の人が気になるのかその少年客の視線は落ち着きがない。
そんな男が通されたのは店の最奥、窓際の席だった。
そこに腰掛ける待ち人の男はこの真夏だと言うのにピッシリとした紺色のスーツを着こなしそれでいて汗はかかずコーヒーを飲むそこ姿は実に優雅で映画の一コマのようにも見えた。
「月下さん」
少年がそう呼びかけると男はそちらに気づき、やあと手を挙げる。
「なかなか良い店だ。この席からだとな、多くの人が見れて楽しいものだ。君を待つ間退屈しなかったよ」
その上機嫌な口ぶりから少なくとこ今の言葉は、少年を気遣ってのでまかせではないことがわかる。
男はここで優雅にまるで鉄柵の向こうの動物でも見るかのように人間観察を楽しんでいる。
「この感情君には分からないかい?」
「多少はわかる気がします。趣味が人間観察って人もいるし」
そう答えながら少年は男の前方へ腰掛ける。
こう向き合うと面接でも受けているかのような緊張が少年を包む。
「人間観察か確かにそうとも言えるな。私の場合は楽しそうな人を探しているのだから人探しとも言えるが」
男はそう答えながらメニューを差し出してくる。
「好きなものを頼むといい。空腹だろ」
「どうも」
少年はメニューに目を落とすがやはりどうにも落ち着きがなく、そのまま五分ほど時間が経過する。
「2度目でもやはりなれないか?」
不意に男がそう問い少年の肩がびくりと震える。
「テレビを見るといい君の成果が今まさに放送中だ」
ハッ顔を上げると、カウンター近くに置かれているTVでは夕方のニュースがやっておりそのテロップには児童連続殺人と映されていた。
それは、数週間前に起きた児童殺人事件の第二幕。
町内長の孫が今朝近所の公園の滑り台で首吊り死体で発見された。
それによりこの町は一気に恐怖に中へと突き落とされた。
「子供の死はわかりやすい悲劇でいい、誰もが可哀想だと思うそんな単純な事が人々の心に刺さる。まぁこんなものは一時的なことだが。だから君にもまだまだ続けてもらわないといけない、この事件を」
「こんなところでやめてください」
少年は小声だが強くそう否定した。
その顔は少し青ざめてもいる。
「随分と周りの目を気にしているようだ。どうせ君が殺人犯だという事実は変わらないんだもう少し堂々とすればどうだ?どうあっても捕まる時は捕まるものだ」
男がそう答えると少年は殺意に満ちた瞳を向けた。
が男はそれを笑って受け止めた。
「いい顔だ。綺麗に感情が表情に出ている。まったくこの程度で心揺りうごかすなんて面白いな、田染大地」
怒りと恐れの入り混じったいまにも泣きそうでいて今にも叫び出しそうなその表情を見ながら、男、月下忠光は愉快だと笑いパチパチと手を叩く。
まるでショーでも見終わったかのように。
「どうして俺がこんな目に」
そう頭を抱える、田染に月下は首をかしげる。
「それは絶望か?だが最初の殺人は君自身が下したもので私はそれを目撃しただけに過ぎない、あの時君は私に言ったな見逃してくれと。君の願いは叶えた、ならばその対価に私の望みを叶えてもらう当然のことだ」
田染はさらに頭を深く抱えるもう逃げられない今の自分の状況に。
あの時あの子供を死なしてしまったのがすべての間違いだった。
殺すつもりなどなかった、それだけは声を大にして言える。
あの死体が発見される数日前、ほんの出来心から兄のバイクを無断で乗り回していた田染、免許などは持っていなかったが今までなんでも思い通りにこなしてきた己の人生に慢心があったのだろう。
大丈夫問題ないと対して気にも留めることもなかった。
そんな慢心があの事故を呼んだのか?
いつもの見慣れた道、ヘルメットもきちんとして運転にも気をつけていたというのに曲がり角であの女の子をはねてしまった。
地面に倒れて泣く女の子、曲がり角での接触でスピードがあまり出ていなかった為幸い軽症で済んだようだったがその声にパニックになったのだろう、こんな状況人に見せるわけにはいかない、でもこのままだと人が来ると黙らせなければと反射的に田染は少女を抱えその口を塞いだ。
最初は暴れていた少女がおとなしくなった頃、田染の目の前にその男月下忠光が現れた。
「へぇ、こんな昼間から大胆だな君」
少しだけ珍しいものを見た。
まるでその程度の落ち着いた口調に田染は一瞬だけ思考が停止した。
もちろんそれはほんの刹那の事ですぐに思考を取り戻した脳は本能的に逃げることを選択して子供を投げ出し走り去ろうとするが、月下はその手を引き止め逃避を阻止する。
「逃げるな。こんな物残したうえ目撃者の口も塞がないなんて捕まえてくれと言ってるようなものだ。君もその家族の人生も終わり。残念」
「俺は、」
そう言葉を途切らす田染の肩を月下は優しく叩いた。
「安心しろ。警察には言わないさ君が私の願いを叶えてくれるなら。なに難しいことじゃない簡単な作業だ肩の力を抜いてやってくれれば良い」
そうして月下が田染に望んだことは新たに子供を殺す事だった。
「アンタはあの子供にあの家族に恨みでもあったのか?」
新たな犠牲者となった町内長の孫は月下が指示したものだ。
なんであの子を選んだのか田染は知らない。
ただ言われるがままに今度は自らの意思で名前も知らない初めて見た子供を殺してしまった。
自分の保身のために。
躊躇いももちろんあったけれど、月下は田染の家族まで破滅すると脅してきた。
事実、月下が警察に話をすれば田染の家族は犯罪加害者として一生その十字架を背負って生きることになる。
なにも悪いことなんかしていないのに。
それを考えると月下の申し出を断ることはできなかった。
出来るだけ何も考えず機械的に終わらそう。
そう心に決めてその子供を誘い出し首を締めて殺した。
だけど、そんな考え通りに心を機械にするなんてできるはずもなく、自覚なく殺めてしまった1度目とは比較にならない痛みが田染を襲った。
首を絞められながらももがき必死で生きようと抵抗をしてくる子供。
その懸命に生き抜こうとする姿を見ると苦しいのは首を絞められている子供の方なのに苦しくて涙が出た。
こみ上げる胃液を必死で飲み込んで頼むからもう終わってくれと祈ってただ首を絞め続けた。
やがて子供がその動きを止めると、パチパチと軽い拍手が響いてきた。
「いやぁ、随分と必死な顔だ。君もその死体も苦しみが顔に刻み込まれた随分と面白い顔だ」
月下はそう我慢できないと言うように笑っていた。
その笑顔の意味が田染には理解できなかった。
「恨み?あんな子供にそんなものある訳ないさ、もちろんその家族にも」
なにを言ってるんだ?
と月下は不思議そうな顔をする。
「ならどうして?あの子を?」
「言っただろ子供の死はわかり易い悲劇だ、そういったわかりやすさに人の心は揺さぶられる。現にたった2人死んだだけでこの町は混乱に陥っている。この店で客を見るだけでそれは見て取れる。不安や恐怖、誰もが安心したいがためいつもと同じような日常を過ごそうとし人と群れる。人の死殺人など世界で見ればありふれたものだというのに、滑稽だと思わないかい?そんな人々を見るのが好きなんだ。私はね」
そう告げると月下はコーヒーを一気に飲み干し満足げに息を吐いた。
「いいか田染、人が生きていく上で必要なことの一つに刺激がある。どんな人間でも大なり小なり刺激を求め生きているんだ。美味し物を食べるのも恋をするのも友人と遊ぶのも全てそれだ。その刺激が活力となり人は生きていける、私はそう考える。だから私は自分が楽しみを全力で頑張ろう思っている。要は趣味なのだよコレは」
手を挙げコーヒーのおかわりを頼むその姿は仕事帰りの青年と言った感じで誰も今ここにいる男が悪魔のような人間だとは気づけないだろう。
おかわりをウェートレスが持ってくると月下はありがとうとアイドルなような微笑みを見せる。
それは何事もそこつなくこなせる田染から見ても完璧な振る舞いで、けれどその本質を知っているが故に憧れの感情などは持つことはい。
「こんな風に、・・人を殺すのが趣味なのか?」
その質問に月下は首を振る。
「殺人に興味はないよ、それが趣味なら自分でしてるだろ」
「ならなんでこんな事を?」
吐き出すような問いに月下はニコリと答えた。
「今回はそうだな街の人々の様子を見たかったというのもあるが、一番は君がどんな顔をするか見たいからだな」
「なんだよそれ?」
頭を抱え塞ぎ込む田染に月下はなんでもないようにコーヒーを勧める。
「君もどうだ、少しは落ち着くだろう。ふふ、そんな様子だと君が捕まるのも時間の問題かな?」
なんてことを言うんだと顔を上げる田染、そんな様子を月下は愉快そうに眺める。
今すぐコイツを殺したいそんな殺意が湧くが周りの目線がそれを止める。
恐らく月下はそんな田染の心境も見透かした上でここを選んだろう安全に特等席でこのショーを楽しむために。
「驚くことはないだろう、警察だってバカじゃない。私がいくら口を噤んだところで君がそんなざまでは近いうちに捕まるさ」
「そんなことになってみろ俺は警察にあんたのことを話す」
せめてもの反撃を見せるがそれでも月下の余裕は崩れない。
「どうぞお好きに。それをしたところで私が捕まる保証はない、だが君の家族が私に殺される可能性は大いに大だ。君の人生の破綻に家族を道ずれにしたいならそうすればいい」
そう告げられると田染は再び頭を抱える。
「君の人生はあの時あの子供を死なせてしまった時点で終わりを告げたんだ。そんなことわかっていただろう。そうだなせめて家族だけでも救える方法があるとすれば、真相が解明される前に全てを消し去るくらいか」
虚ろな絶望の瞳を向ける田染に月下は今日で一番優しい微笑みを浮かべてみせた。
それは、あらゆる不安など消し去るかの様な慈悲深い仏のようにも見えた。
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