第2話
私の通う君園学園は外壁から校舎まで純白と水色の美しい外観をしていて、なんだか青空を思わせる。
その美しさは私のお気に入りポイントでもあったのだけど、この雨の中だとそれも酷く霞んで見えた。
送ってくれた母に礼を言って時計を見ると時刻は8時12分。
私たち一年生の教室は3階にあるので急げば
なんとか間に合うかもしれない。
そう憶測を立てる。
こんな時教室が三階にあることが本当にうらめしく思う。
校舎の構造は三階が一年生の教室、二階が二年生の教室そして一階が三年生の教室および職員室がある。
要は年長者の方が楽できる作りになっている。
年上だからなんだってんどろう?
それは私が常々感じていた疑問だ。
単に生まれたのが早いだけじゃないか、もちろん中には尊敬できる人もいるけどそれはその人が尊敬できるだけであって年上だからではない。
少なくとも、年上でも決して敬うことのできない人を私は知っている。
そしてその人物も今私の通う君園に共にいる。
だから、私はこの一階にいる時が何よりも恐ろしい。
毎日二階への階段を登りきるまでは彼が待ち構えていないかいつもビクビクしてしまう。
数字通り三年の教室が三階にあればこんな思いもしなくてすむのに。
いつもは生徒でごった返している昇降口も時間帯が時間帯だけに誰もいない。
まるで1人っきりの世界に迷い込んだような妙な感覚を覚える。
いつもと違う風景に少しの戸惑いを覚えつつも、誰もいないという事実に私は胸をなでおろした。
彼がいないとなれば、もう気にするものはない。
私は靴を履き替えると教室まで続く木製の階段を急いで駆け上がった。
階段を登りきると、まだ教室前の廊下でしゃべっている人たちもいて先生が来ていないことに安心する。
私は弾んだ息を整えると、平静を装い一年二組の教室へと入って。
扉を開けたことで何人かの視線がこちらへと向くが、入ってきたのが先生ではないことを確認するとそれらの視線は飛散した。
「ほっしー。はよー」
そんな中、真っ先に声をかけてきた芹香は先ほどまで机で寝てたのだろうオデコが少し赤みがかっていた。
「はよー、芹香。飯田まだ来てないんだ、良かったぁ」
セーフと笑い芹香の席の前に座る私に彼女も笑みを見せる。
「やっぱ寝坊だったんだ。いつまでも来ないから、こりゃ遅刻かなって思った」
「うん、起きたの7時48分マジ焦ったよ!」
「飯田遅刻にはウザいもんね」
そう、うちのクラスの担任の飯田辰雄は年期の入った老教師で普段は温厚なくせに、ルールを破る事に対してはやけに口うるさい。
いつもボソボソと授業中でも何言ってるかわかんないのに、叱る時はびっくりするくらい声量が上がるので心臓に悪い。
おまけに罰として放課後居残りで反省文を書かされる。
まったく、昔のドラマじゃないんだからと文句の一つでも言いたい気分だ。
「でもさー珍しいよね、もう15分過ぎてるよ。飯田が遅れるなんて、どうしたんだろね?」
芹香に言われ時計を見ると時刻は確かに二十分前にさしかかろうとしていた。
なに?自分が遅刻?
そんな文句を言いたくなった。
その時私に向かって遠慮がちな声が聞こえてきた。
「あのー蓮木さん。私に席空けてほしいだけど、いいかな?
」
そのか細い声のする方へと目を向けると、おかっぱ頭の化粧っ気のない顔がそこにいた。
少なくともこんな地味な格好私には無理だなーと思う。
この人は確か肉丸って言ったけ?
クラスメイトだが話したことはない。
つまり今が初接触なわけである。
空いていたから特に考えず座ったけどどうやらここはこの子の席のようだ。
私が顔を向けると、肉丸は気まずそうにさっと目線を逸らす。
なんともわかりやすいほどに気の弱そうな子だと思う。
顔を向けただけで目をそらすなんて、別にこの子にこれまでなんの感情も抱かなかったけど、その行為はなんとなく私を苛立たせた。
だから少し意地悪をしようと思った。
「もうちょっといいんじゃない?先生もまだ来てないし。その時どくよ」
「ん、それはそうだけど」
まさか断れるとは思わなかったんだろう、肉丸は明らかにうろたえる様子を見せ、声は先ほどよりもさらに小さくなる。
「いじめんなよー可愛そう」
芹香がおちょくるような口調でそう言い私はハッとする。
確かにこのくらいのことで私はなにを苛立ってるんだろう?
目の前で変わらずオドオドしているその姿に不快感がないといえば嘘だけど、同時に可哀想なことをしたと申し訳なさも込み上げてきた。
「はいはい。どきまーす」
とは言え謝るのもなんだか嫌だったので軽い感じですます。
バーイと芹香に手を振り席に戻ると少し先ほどのことを考えてみる。
なぜ私はあんなにもイラついていたんだろう?
今だに胸の中にはモヤモヤと煙のような不快感が残っている。
前提として肉丸が嫌いだということはない。
そもそもあの子に対して好きだとか嫌いだとかそんな感情は微塵もない。
正直にいうとまるで興味がないからだ。
それは今も変わらない。
ならどうしてこんなにも胸の内がざわつくのだろう?
暫く考えてみたけれど答えは出なかった。
まぁ単に気に入らなかったんだろう。
そう結論づけ自身を納得させた。
そんな考え事をしているうちに時刻は8時半を過ぎようとしていた。
教室内でもどうしたんだろう?という声が上がり始めている。
だんだんと不安が伝染しているようだ。
かくゆう私も流石に今の状況は少しおかしいと感じ始めている。
職員室見てこようかなどと声が上がる中誰も動かないのは本当に動いて大丈夫なのだろうか?という疑問が頭にあるからだ。
私の場合は変に目立つのが嫌だからだけど。
心配そうに周囲を見渡すみんなの視線がまるで互いを監視し合っているようで、動きにストップをかける。
そんなこんなで誰も動かない中、飯田が教室に姿を現したのはそれからさらに五分ほど経過した後の事だ。
いつもどんよりとした、黒煙のような重い空気を放っている飯田が今日はさらに暗いオーラを纏っているように感じた。
そう、飯田が入った瞬間教室の空気に鉛が混ざりこんだじゃないかと思うった程に。
いや、それは言い過ぎだった。
とにかくそんな飯田は遅れたことをお詫びすることもなくいつものように教卓の前に立っち静かに教室を一瞥する。
今までの人生の苦悩が刻み込まれたようなシワだらけの顔からは感情がまるで読み取れない。
年輪みたい。
痩せ細った姿が枯れ木に見えたせいでついそんなことを思ってしまった。
切り裂かれたかのような細い目は周囲を見渡しやがて誰も私語をやめないことを認識すると注意することもなく連絡事項を話し出した。
「皆さん、先ほどの職員会議で決まったことですが。今日は学校はお休みにします。皆さんは直ちに帰宅して自宅待機をするようにして下さい」
相変わらずのそのか細い声では後ろの席まで届かないのだろう、飯田がきたことすら気に求めていないように私語が続いている。
多分何人かは本気で気づいていないんだと思う。
けど、流石に前列に座る人たちの耳には入ったのだろう、何人かがどうゆうことと疑問の声を上げた。
「もしかして、朝の事件のことでですか?」
そう切り返したのは、さっぱりとした短髪に私も憧れるほどパッチリ目のサッカー少年、田染大地くんだ。
ひょいと手を上げながら聞くそのクラスでも珍しい謙虚な姿勢を見せる彼だけど、その凛とした佇まいには他の39名の生徒達にはない圧倒的な存在感があった。
決して声を張り上げてるわけでもないのに後列まで田染くんの声は響、お喋りをしてたみんなも、なんだと注目しだす。
そういった光景を見ると飯田と田染くんはまさに正反対、陰と陽の存在なんだなぁと考えちゃう。
もちろん陰は飯田だ。
いや、そんな事より朝の事件っていうのは私がラジオで聞いた事件のこと?
「その通りです。行方不明の少女が今朝遺体で見つかりました。事故か事件か判明はしていませんが、職員会議の結果今日は生徒を帰らせる事となりました。間違っても遊びになど行かないように」
結局その後は学校に残ることも許されずすぐに下校ということになった。
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