悪魔の足跡
宮下理央
第1話
その月の第3週は一際雨の多い一週間だった。
太陽なんて久方見ていない。
今日も目が冷めればまず聞こえてくるのは雨音。
ああ、嫌だ嫌だ。
外の物置、そのトタン屋根に響く雨音がうるさく布団を被ろうとしたところで母の呼び声が耳に入る。
「星美!朝~」
そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるよと内心愚痴を言いながら目覚まし時計を見ると時刻は午前7時48分を指していた。
それを見た瞬間私の寝ぼけた頭はすぐに覚醒をして計算を始める。
朝礼が朝8時20分から、家から私に通う君園学園までは自転車で15分、そして私は今だベットの上身支度なんて何もできていない、間に合わせるには無理だろう。
そんな諦めと、なんとか間に合わせないという焦りでパニクりながらも布団を蹴脱ぎパジャマを辺りに脱ぎ散らし制服へ着替える。
「ねぇ学校連れて行ってよ」
リビングで私の朝食の準備していたママは、少し驚いたように眼を見張る。
「ご飯はどうするの?」
「そんなの食べてる時間あるわけないじゃん!いらないよ!今すぐ出ないと!」
当たり前の事を聞くママに苛立ちどう怒鳴ってしまう。
「すぐ出られるの?」
車のキーを片手に聞いてくる母に私は頷く。
「メイクは車の中でする」
本当はもっとちゃんとしたいけど時間的に諦めるしかない。
車に中で化粧を簡単に済ませスマホを取り出す。
開くのはLINE。
緑色のアプリ画面を押すと見知った名前がずらりと並ぶ。
私はすぐさまトーク画面を開くと昨日の夜までやり取りをしていた彼、栗見公男の名前が現れる。
今もこの雨の中私の到着を待ち続けている
彼にトークを送る。
本当は電話の方が良いのだろうけど、ママの前で彼氏に電話するのは勇気が足りない。
ーごめん寝坊!先行ってて!ー
と送るとすぐに了解と返信が来た。
特に文句も無く、すぐに了承してくれるその様は実に彼らしいと感じる。
たまには文句の一つでもいえば良いのに。
その味気ない返信に物足りなさを覚える。
ニヘラと無害を貼り付けたかのような笑顔をを思い出すたびになんだか申し訳ないような罪悪感が湧く。
そんな想いが湧いてしまうのは単に自分が彼に優しさに甘え過ぎなのだからだろうか?
最近は彼のこと思うたびにそんなことを考えてしまう。
やめよう!
胸の中にある粘着質な罪悪感を振り払うため、私がラジオを入れるとちょうど地域のニュースが流れ出した。
ニュースなんて普段は興味なく聞かないけれど、今日の内容は聞き耳を立てずにはいられないものだった。
3日前よりこの来住央町で行方不明になっていた小学三年生の女の子。
その出来事はママからの話やニュースで知っていた。
ここはそれなりに大きな街だけど、少女の行方不明事件だけにそれなりに大きく報道されていたし、偶然にもその子は私が通っていた小学校の生徒だったんで私の耳にも残った。
もちろん、私とその子は顔見知りなどではないのだけど、なんとなく大丈夫だろうか?
なんていう、興味と心配の中間のような感情を抱いていた。
その子が今朝、遺体で発見された。
ラジオの向こうの女性は感情の読めない声でそう告げた。
少女の遺体は彼女の通う小学校から600メートルほど離れた用水路で発見されたそうだ。
近所を散歩していたおじいさんが発見したんだという。
身近で起きた大きな事件に衝撃はあったけど、正直この結末に驚きはなかった。
薄情かもだけど、行方不明って時点でこの最悪の結末は少しは想像していたから。
現在、事故と事件両方の可能性で警察が調べていると告げるとニュースは終わった。
こんな、雨の中用水路に浮かぶ少女の体、その姿を想像すると心が締め付けるような痛みを覚える。
「かわいそう。子供なのに」
ママがそう呟いた。
かわいそう、確かにこの結末を一言で言えばこれ以上に適切なものはないだろう。
だけど私の胸を締め付けるこの感情は、少女に対する悲しみなどではない。
漠然とした不安、身近で起きた事件という非日常に自分とは関係ないと思いつつも、湧き上がる不安は拭い去れなかった。
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