討論の行方

パーパー、パッパラッパー、チャラン。CMが明けた。

流れを大事にしたい総一郎は間髪入れず切り出す。


「じゃあ、田中さん。田中さんが応援した候補は何とか面目を保ったものの大苦戦だった。これについてどう考える」


 まだ、先程の余韻は残っている。田中はここでぶちまけてくるだろう。


「いや、どうもこうも無いですよ。こんな出鱈目なやり方。大体何で全国区一択の投票なんですか?そんなの大票田である大都市に訴求力の有る候補が圧倒的に有利でしょ。茶番ですよ、茶番」


 CMの間も沸々と怒りが込み上げていた田中は一気にヒートアップした。相変わらずのねちっこい話し方ではあるが、急所をピンポイントで突いてきた。


 総一郎は田中の考え方と相容れないものを常々感じていた。

 だが、この意見に関しては実に共感出来る。総一郎もこの点に最も疑念を抱いていたのだ。


「茶番て事は無いでしょうよ。何言ってんすか。国民馬鹿にしてるんすか?」


 加藤が応じる。応援した候補が全国トップの票を獲得したのだ。これを茶番と言われて引き下がる訳にいかなかった。


「だってそうでしょ。常々身近な存在として貢献してきたはずの候補が軒並み苦戦してるんだもん。こんなのトレンドに乗って、思うが儘の結果を得たい側の策略だよ。魂胆が見え見えじゃん」


 この男は頭に血が昇ると発言が軽くなると言う悪癖を持っていた。これでは折角総一郎が追求したい論点がぼやけてしまう。総一郎はここで急ハンドルを切った。


「なるほど、田中さんは大票田のトレンドを利用して思う通りの結果が出る様に投票システムを作ったと、こう言いたい訳だ。じゃあ、お待ちかねの辻元さん。辻元さんは今回の総選挙、特に投票システムに関してどう考える」


「ちょっと、田原さん。私の発言の時だけお題狭めるん止めて下さいよ。もう……。じゃあ言わせて貰いますけど、私も田中さんの茶番って意見に近いです。ただね、大都市どうのこうの言うのはちょっと違うんやないかな」


 何度も遮られた辻元はここで一気に捲し立てて来た。


「今回私の地元奈良の候補だけやなくて、大阪、京都、兵庫の候補も全然票が入らんかった。関西って中央に対して対抗心があるから、こういう時一致団結するんです。それで絶対に地元を応援すんねんけど、結果は見ての通りです。これってやっぱり何か思惑があって、その結果に導こうとする力が働いたんやないですか?そのダメ押しに投票システムを利用したんやと思うんです。こんなん言いたくないけど、陰謀みたいなもん感じますわ」


「辻元さん、それはおかしいでしょ。俺、辻元さんがそんな事言う人だと思わなかったなあ」


 加藤が激高する。口角から泡を飛ばし声を荒げた。


「じゃあ逆に聞きますけど、今回の総選挙に関西勢から魅力的な候補を送り出せたんすか?ぶっちゃけ、俺は今回の関西勢に全然魅力感じなかったっすけどね。

 田中さん、あなた辻元さんと意見近いようだけど、関西の候補どう思うよ?」


 加藤は興奮しているとは言え、お笑い芸人でMCのベテランだ。絶妙の繋ぎで裏廻しを始めた。

 この展開に総一郎は内心ほくそ笑んだ。やはり今回のテーマに加藤浩次をブッキングして貰ったのは正解だったと。


「申し訳ないんだけどさ、関西の候補と一緒にしないで欲しいんだよね。加藤君も分かってて言ってるでしょ。うちの候補と関西の候補じゃ魅力が桁違いじゃん」


 田中は関西の候補と一括りにされた事に対し、あからさまに嫌悪感を示した。


「田中さん、その言い方は無いんちゃう。私は長野の候補をちゃんと評価してもっと票が取れる筈やのに取れてないのは裏があるんやないかって言ってるのに。そんなあからさまに嫌な顔せんといてよ」


 良い感じに荒れて来た。こういう時こそ人は本音が出る。いくら言葉を駆使しようとも顔や声には出るものだ。その一瞬を切り取る事こそジャーナリズムの神髄。ジャーナリストの腕の見せ所なのだ。


 ここで総一郎は次の一手を打つ。国民民主党党首、玉木雄一郎だ。


「では、玉木さんに聞きたい。あなたの候補は野党の立場でありながら今回の総選挙で上位にずらりと並ぶ与党候補の一角を崩し、見事全国二位の得票を得た。しかも石破さんが言う投票システムへの対応が優れていた訳でも無い。田中さんが言う常々身近な存在として貢献してきたはずの候補というのは同じ立場だ。更に辻元さんが言う陰謀をものともせず二位に食い込んだ。

 これについてどう分析しているか、CMの後じっくり」


 パーパー、パッパラッパー、チャラン。CM入りましたの声。


 先程は流れを切りたくなかった総一郎だが、ここは逆に間を置く事で玉木の意見が映えると考えた。やや荒れた展開を一旦落ち着け、今回のテーマの核心に迫るかもしれない玉木の意見をじっくり視聴者に届ける。そうする事で色々な物が見えてくるのではないかと考えていた。


 玉木は総一郎の前振りの意図を読み抜こうと必死に思考を巡らせていた。

 党首とは言え地味な男。政策には明るいが政局には弱い男のレッテルを剥がさんと意気込んでいたのだ。


 パーパー、パッパラッパー、チャラン。CMが明ける。

 ここで玉木の発言と思わせておいて、総一郎は一つのギミックを用意していた。

 アナウンサーによる視聴者意見とデータ紹介だ。

 

 ベテラン渡辺アナが名調子で視聴者意見を読み上げる。そして下平アナが持ち前の美声でデータを紹介する。


 十分に間を取った事でスタジオは玉木の意見を聞く体勢が出来ている。恐らくテレビの前の視聴者も同様だろう。


 さあ玉木、今回の総選挙の核心を突け。そして日本を護るのだ。

 総一郎は満を持して玉木に発言を促した。


「では玉木さん、今回の総選挙の結果を受けて総括をお願いしたい」


「今回の総選挙、賛否両論あった事は私も理解しています。では何故わが候補が全国二位の得票を得る事が出来たのか。それはやはり加藤さんの仰った候補の魅力に尽きると思います。勿論我が候補は来るべき日の為に時間をかけて知名度を上げ、イメージ戦略にも力を入れて来ました。ですがそれだけで本当に国民は票を入れるのでしょうか。あの候補に一票入れたい。その想いこそ原動力であり国民の意思なのです」


 玉木の言葉に熱がこもる。彼にとっても勝負なのだ。


「ですが、今回の総選挙に問題が無かった訳では決してありません。投票システムに関してはもっと議論を尽くし、国民が納得する形で投票が行われるべきでした。この前提が崩れた時、我々は取り返しのつかない過ちを犯してしまうでしょう」


 玉木の熱量が最高点に達する。やや悦に入っている感が否めない。


「ぶれず、奢らず、おもねらず。真に正しい総選挙の在り方というものを追求しなければ、結果はいとも簡単に捻じ曲げられます。総選挙とはそういった怖さも内包している。その事を我々は肝に銘じなければならないのではないでしょうか」


 玉木の演説とも言える発言がスタジオに余韻を残す。名だたる論客たちはこの空気に支配されるのか、それとも自ら覆すのか、総一郎自身楽しみにしていた。


「まあ、言いたい事は分かるんだけどさあ。結局綺麗事だよね。やっぱり香川はさ、大都市から絶妙の距離を置いているって言うのが強いよね」


 静寂を破ったのは田中だ。どうにも納得出来ないという顔をしている。


「おっさん、いい加減にしろよ。何ケチばっかりつけてんだよ。うちの北海道の候補は頑張った。玉木さんとこの香川の候補も頑張った。国民はそんな候補に票を入れたいと思った。それが全てだろうが」


「だってさ、讃岐うどんって中々本場の味楽しめないじゃん。札幌ラーメンだってそうだよ。様は大票田である大都市の人に如何に訴えかけるかだけじゃん」


 相変わらず間延びした軽い話し方で田中が訴える。


「その点信州そばと言うかそば自体がさ、東京に名店がずらりと並んでて身近過ぎるんだよ。態々票を入れるまでもないって言うサイレントマジョリティ現象が結果に表れているだけだって。大体トップ5の内ラーメンが4つって有り得ないじゃん」


「はあ?おっさん何言ってんの。そばの中で断トツ人気なら、そば票固めてトップ取れんだろうが。六位は所詮六位の魅力ってだけだっつうの。よし分かった。相撲とろう。相撲で決着つけよう」


「いや、だから関西に麺の文化が無いって思わせてる時点で陰謀なんよ。関西にだってうどんはあるし、揖保乃糸もあるし、和歌山ラーメンだってあるのに……」


 総一郎は思った。ご当地麺の世界は無限に広がる宇宙だ。その中でご当地麺総選挙と銘打って順位を争う事が如何に小さな事か。

 だがそれでも問いたかった。ラーメンが多すぎると。


 玉木なら、国民的与党ラーメン党の一角を崩した讃岐うどん擁する玉木ならその核心に迫ってくれると思ったが…。


 斯く言う総一郎の好物はうどんである。

 だが讃岐うどんでは無く、ふわふわもちもちの関西風うどんである事を付け加えておく。

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朝まで生討論 総選挙を斬る かがわ けん @kagawaken0804

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