朝まで生討論 総選挙を斬る

かがわ けん

総一郎、滾る

 総一郎は納得出来なかった。


 これまで長きに渡りジャーナリストとして活動して来た。

 その彼の勘が言っている。これは危機だと。


 総選挙。民主主義の根幹であり、先人たちが血を流して勝ち取ってきた権利。

 それが今まさに崩壊しようとしている。


 総選挙を行う事自体は大いに結構だ。

 国民の信を問い日本の未来を作っていく上で、これほど有益な事は無いだろう。


 だが、今回の総選挙は認められない。

 何故なら選挙結果も投票システムにも不透明な点が多々見られたからだ。


 更に許せないのは投票システムの決定過程だ。権力を欲しいままにしている執行部は、この重大案件を国民に問う事無く自分達の都合のみで押し切った。

 これは暴挙いや国民に対する背信行為と言わざるを得ない。絶対に黙って見過ごす訳にはいかなかった。






 思えば、総一郎は異端児だった。

 体当たり取材は当たり前。時には大立ち回りをする事もあった。

 それだけでは無い。興味を持った事はどんな事であれ追求した。

 日本初のAV男優の称号を与えられた事さえあった。


 そんな自分だからこそ今回の問題に切り込めるのではないか。これまで培ってきたノウハウ、人脈を総動員して、この危機から日本を救わねばならない。

 そう心に誓っていた。


 今日此処で総一郎は己の全てをぶつける。

 後に歴史の転換点になった言われる討論会になるだろう。


 いつものスタジオ。だが今日はいつも違う。

 凛とした身の引き締まる様な空気感。そう、ここは戦場だ。


「では、本番始めまーす。五秒前、四、三」


 パーパー、パッパラッパー、チャラン。


 本番開始。先手必勝、第一声で仕掛ける。

 総一郎はいつもの老獪な運びでは無く、真っ直ぐ勝負に打って出た。

 それは血気盛んな青年将校の様でもあった。


「みなさん、こんばんは。今回のテーマはズバリ総選挙。今巷で大問題になっているこれについて議論したい。まず私は冒頭で国民の皆さんに問いたい。今回の総選挙の投票システムは正しかったのか。本当に国民の声が反映されていると言えるのか。選挙を通して日本の未来を考える機会として捉えて頂きたい」


 アナウンサーが今日の出演者を紹介している。

 だが総一郎は既に次の展開を頭の中でシミュレーションしていた。

 

 カメラが切り替わりディレクターからキューのサインが出る。


「では、まず石破さん。石破さんは今回の総選挙どう捉えてる」


 政界の重鎮、石破茂から始めた。彼もまた異端児だ。

 そしてその表情と口調からは想像出来ない熱い思いを秘めた男でもある。


「まず、今回の争点が『如何に地方に光を当てるか』であった事を評価しております。私も幹事長時代、地方の活躍こそが日本の将来に繋がるという思いから精力を傾けてきた訳ですが今回の総選挙は正にその集大成。一つの方向性を示すのではないかと捉えておりました」


 石破はゆっくり抑えめの口調で意見表明する。だがその眼光は鋭かった。

 未だに石破総理待望論があるのは、絶大な地方支持があるからだ。

 地方活性問題、更に農業分野に関する彼の見識を総一郎は高く評価していた。


「そう言うてますけどね、地方を壊したんは自民党じゃないですか。こんな……」


 黙っていられないとばかりに辻元清美が割って入る。彼女も中々の論客だ。


「辻元さん、ちょっと待って。あなたの意見も聞くから、今は石破さん」


 総一郎が絶妙の返しで辻元を遮る。この辺りの仕切りはお手の物だ。


「石破さん、では今回の選挙結果と投票システムについてはどう考える」


「これに関しては、ちょっと私にも思う所がありますね。私自身総裁選では苦い経験をした身ですので、特定勢力に有利な方法への一方的な改変、いや敢えて改悪と言わせて頂きますが、これは頂けないなと」

 

 石破の眼光が鋭くなる。ここぞの場面で彼が見せる表情だ。


「実際に中央に顔の利く候補が大きく票を伸ばしている訳でこれはフェアではない。こういった地方を蔑ろにする行為は日本の食料安全保障、ひいては世界に冠たる日本食文化まで崩壊しかねないと申し上げたい」


 石破は強い口調で訴える。やはり総裁選でシステムによって敗北した経験からかここは譲れない様だ。


 あの時国民の人気は明らかに石破だった。それに敏感な地方組織も石破を押した。

 つまり国民の声をシステム次第で改変してしまう恐ろしさ、危うさを最も知っているのが石破なのだ。


「いや、中央で物事を決めて地方を支配して来たんは自民党……」


「辻元さん、後でちゃんと時間取るから。今は待って」


 辻元vs総一郎の攻防。一部のファンはこれを楽しみにしている。

 今日は序盤から熱い攻防を見せていた。


「石破さん、今回の総選挙では地元候補を熱心に応援していましたが、残念な結果だった。党幹事長も経験した立場からこの敗北をどう受け止める」


 総一郎はギアを上げデリケートな話題に斬り込んだ。この痛快さが総一郎人気の秘密でもある。


「やはり知名度の低さ、イメージ戦略の失敗が大きかったですね。投票システムを一方的に改悪されたのは受け入れられませんが、そうであるならばもっとやるべき事はあったと反省してます」


「なるほど、システムは常に万能ではない。受け入れ難くとも対応はするべきと、これは踏み込んだ意見が聞けた。じゃあ、石破さんが踏み込んでくれたところで、加藤さん。加藤さんは朝のワイドショーで長く司会をされている。私も何度か拝見して中々面白い人物だと予てから思っていたが、加藤さんは今回の選挙結果についてどう考える」


「いやあ、田原さんが僕の番組見てくれた事があるなんて感激すよ。あざます。

 そうっすね、今回の総選挙は巷では色々言われているみたいですが、結果に関しては順当なんじゃないですかね。違う投票システムでも上位に関しては大差ないと思いますよ。十分国民の意見を反映していると言えるんじゃないすか」


 加藤浩次は朝の顔とは違うフランクな感じで話す。だが表情から選挙結果への満足感が見て取れる。若い頃は狂犬と言われた彼の事だ。不満があればストレートにぶつけるだろう。


「加藤さんは政治とは一線引いておられるが、今回に関しては地元候補をかなり応援された。結果予想を上回る全国トップの得票を勝ち得た訳だが、これについてはどう分析してる」


 総一郎が上手くバトンを渡す。加藤の表情から一押しすればもっと深い意見が引き出せる事を感じ取っていたのだ。


「いやあ、前評判が低かった方がびっくりでしたよ。正直自分はトップ当選行けると思っていましたからね。きちんと評価してもらえばそのポテンシャルの高さは絶対に伝わるなと」


「なるほど、開票前からそこまで自信を持っていたと。候補のポテンシャルの高さがあればシステムに左右されないと言いたい訳だ。確かにこれは芯を喰った意見だ」


 総一郎の太鼓判に加藤もご満悦の様だ。そんな加藤の表情を苦々しく見つめる人物がいた。田中康夫元長野県知事だ。


 総一郎はそんな田中の表情を見逃さなかった。

 バトル。ここで切り出せば面白い展開になるという確信めいた思いがあった。


 だが、目の前のディレクターがCMのカンペを執拗にアピールしてくる。


 ここで流れを切りたくない。だが、これは宿命。総一郎はやむなく引き下がった。


「じゃあ、一旦CM。CMの後は田中さんから」


「え、私じゃ無いんですか?田原さんズルいわ」


 パーパー、パッパラッパー、チャラン。CM入りましたの声。

 辻元はやってられないとばかりに椅子にもたれ、横目でモニターを確認してから、ごくりと水を飲んだ。

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