第13話
似顔絵大会が終わって、僕たちはそれぞれに描いた絵を交換し合った。
一番最後のページと裏表紙の間に、彼方さんの描いた自分の顔を挟み込みながら、僕は胸がざわざわとするのを感じていた。心の奥、砂漠のようなところに、未だ感じたことのない何かが芽生え始めている。そんなことを思ってしまうくらい、不思議な感覚だった。
「そういえば、美味しいナポリタンが食べられるところが近くにあるの。お腹、空いてる?」
訊かれて、僕は遠くの空を見る。まだ朝の九時にもなっていない。まあ朝食は食べてきていないので、別に構わないけれど。
「まあ、普通に」
「じゃあとびきりのんびり歩こう。お店が開くの、確か十時からだから」
「まだ一時間くらいありますよ」
「お話しながら歩いたらあっという間だって。ほら、行くぞ少年」
「なんですかその喋り方」
僕が訊ねると、彼方さんはしまらない、といった顔で頬を掻きながら答えた。
「……年下の男の子のことを『少年』って呼ぶの、お姉さんキャラって感じでいいじゃん。いちいち細かいなあ、遥は」
「彼方さん、中二病って言われたことありません?」
「うわ、それ友達にしょっちゅう言われてたなあ」
僕は呆れを表情には出さないように心がけた。というより、こんなことでいちいち呆れていたらこちらの身が持たない。
「そんなことはいいんだよ。ほら行こう、今行こう」
「分かりましたって、今片づけてるんで待ってください」
急かす彼方さんを宥めながら、僕は傍らに広げていた文房具の一式を筆箱にしまった。右手の側面が鉛筆の炭で黒く汚れていた。
七月末の朝は、それなりに暑かった。じりじり、とまではいかないけれど、主張の強い太陽光によって、足元の地面がゆっくりと確実に熱されていくのがわかる。さっきまで自分たちがいた海辺は眩しいくらいに光り輝いていた。
あらゆる場所は、自分がいないときの方が強くその魅力を発揮しているような気がするから不思議だ。まるで僕の存在が彼らの在るべき姿を崩しているような、そんな気になる。案外、ただの事実かもしれないけれど。
宣言通り、極めてのんびりと歩きながら、彼方さんは僕にいくつか質問を投げた。
「昨日の、あのバンドどうだった?」
「良かったです。……そういえばあのアルバムの最後の曲、昔母さんがよく聴いてた曲で、何回聴いても中々サビ以外の歌詞が入ってこないあの感じ、すごく懐かしかった」
「へえ、いい趣味してるね。お母さん、今は聴いてないの?」
「分かりません。もう、いないので」
「そっか、音楽の趣味が合うなら、私も話してみたかったな」
彼方さんの調子があまりにも変わらなくて、少し動揺する。別に同情してほしくて言ったんじゃない。けれど、こんなに当たり前に受け止められるのも初めてだった。
「……確かに、ちょっとだけ似てるかもしれませんね」
「え? もしかして、私と遥のお母さんが?」
なんだか嬉しそうな反応をされたので、僕はもっと困った。
「本当にちょっとだけ、風味だけですよ」
「ははっ、なんだそれ」
海の方から、鳥の鳴く声がした。一羽が鳴くと、それに共鳴するようにいくつかの鳴き声が重なっていく。
僕はそれが少しだけ、波の動きに似ている気がした。もしかしたら彼方さんが言っていた海の鳴き声とは、こういうことをいうのだろうか。すぐ側に本人がいるのに、僕はわざわざそんなことを考察する。
そしてそんな自分が、少しだけ面白かった。
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