第49話滅亡の危機

 ――――《バルマン攻防戦》八日目――――


 西門が落とされた翌日になる。

 バルマンの攻防戦は最終局面を迎えていた。


 最終防衛線であるバルマン城が、妖魔ヨームの大軍によって落とされようとしていたのだ。


「まさか城下の街を素通りして、ここを攻めてくるとはな」


「想定外でしたな、エドワード様」


 “司令の間”から眼下に広がる光景に、お父様は目を細める。

 妖魔の群れは西の城門を破り、バルマンの街に侵入した。


 普通の妖魔は街の各地を破壊してくる。

 だが今回は街を無視。一直線にバルマン城を目指して、進軍してきたのだ。


「今回の妖魔は、明らかに普通では。誰かに操られて、ここを目指しているとでもいうのか?」


 お父様が指摘する可能性。

 相手は短期決戦で、バルマン城を落とそうとしているのだ。


「狙いはこの私か? 城内の占拠か? いや、違うな」


 予想外の妖魔の行動に、お父様は思慮を広げていた。

 そして情報収集を専門とする部下に、城内の探索を命じる。

 不審な物や人を見つけてこいと。


「さて、マリア。怖くはないのか?」


 隣にいた私に、お父様は声をかけてくる。


 今、〝指令の間”にいる重鎮は、私とお父様の二人きり。

 保管の家臣や護衛の騎士たちは、全て出払っていた。

 陥落寸前の城の城壁を、守るために最前線に出ているのだ。


「はい、お父様。『どんな窮地、死ぬ刹那までも冷静沈着に』……ですわ」


「そうだったな」


 バルマンの家訓を口にして、私は強がる。

 だが本音を言えば怖い。

 すぐそこまで“死”が迫っているのだ。


 死は自分の一人だけはない。

 バルマンと我が家、街の全てが消滅の危機にあるのだ。


(バルマンのみんな……)


 転生してきた当初の自分にとって、このバルマンの街への想いはほんの少しだけ。

 でも今の私マリアンヌは違っていた。

 この〝バルマン"の全てが大事に感じるのだ。


(私マリアンヌの故郷……か)


 この街に戻ってきてから、私とマリアンヌさん。

 ずっと距離が近くなってきた。

 マリアンヌさんの身体と記憶。

 私の記憶と気持ちが、一体化しているのだ。


(みんな……生きて欲しい……)


 バルマンの者の顔を思い浮かべる。


 幼い頃からバルマン家に仕えている、優しい騎士たち。

 身の回りの世話をしてくれた、メイドや執事たち。

 お忍びで街に出かけて時に、笑顔で私にお菓子をくれた街の人。

 そして名も知らぬ多くの市民。


 それらの全ての記憶が、私の中にあった。

 かりそめの記憶なんかじゃない。


 実際にマリアンヌとして、この街で生きた自分の体験と想い。

 今の自分にあるのだ。


(そっか……私はもう〝私”じゃなくなったんだ。マリアンさんと私は、融合したのね)


 窮地に陥って、ようやく気がついた。 

 どちらかといえば、これまでは他人事のように過ごしていた。


 自分の正体は、現代日本に住んでいた女の子。

 ここは乙女ゲームによく似た世界なんだと。


 貴族令嬢として転生して、不自由なく暮らすパラダイスは楽しいと。 

 学園に通っても、周りは素敵な貴族令嬢と、かっこいい美男騎士だらけ。


 世界を妖魔から救う訓練ための、三年間の学園生活。

 だけども毎日が充実していた。


 華やかな式典に豪華な晩餐会とお茶会。

 ヒドリーナさんとおしゃべりをしながら食べた、昼食会は本当に楽しかった。


 思えば空気が読めないラインハルトが、邪魔しに来たりして。

 その脇ではジーク様が、呆れた顔で苦笑いをしていた。


 あとジーク様と少しだけ仲良くなれた。

 木の枝さんの導きのおかげだ。


 いつもラインハルトが邪魔してくるから、なかなか二人きりになれない。

 でも皆で本当に賑やかで、楽しかったな。


 例のお花見会の後。

 公爵令嬢エリザベスさんも、そんな輪にたまに入ってきていた。


 取り巻きの子たちは何かとうるさいけど、普段のエリザベスさんも悪い人ではなさそう。

 できればもう少し話をしてみたかった。


 あっ、そういえばクラスのみんなとも、少しだけ距離が縮まっていた。

 委員長を中心に、学園祭の出し物をみんな決めた。

 遅くまで残って準備をして、みんなと仲良くなれた。


 ヒドリーナさん以外で、はじめて友だちができそうな予感がしていた。

 これで学園祭のクラス出し物が、成功に終わったら。きっとみんなと本当の友達になれたんだろな。


 うんうん、そうじゃない。

 たぶん成功しても失敗しても、結果は変わらないんだよね。

 結果じゃなくて、過程が大事だったんだね


 友達を作るためには、きっと。


 ――――そんな時だった。


(あっ、そういえば。今日は……?)


 記憶と思い出が込み上げて、〝大事なこと”を思い出した。


 今日は当日だった。

  ファルマの〝学園祭"の当日なのだ。


(そっか。間に合わなかったんだ、私)


 こんな時に不謹慎かもしれない。

 でも思い出さずにはいられなかった。間に合なった後悔も、込み上げてきた。


 きっと今頃、みんなで学園祭を、楽しく満喫しているのだろう


 バルマンからファルマまでは、北の山脈を迂回して数日の距離がある。

 今は妖魔の影響で、遠距離通信の魔道具も使えない状況。

 妖魔のバルマン襲撃の情報が、学園に伝わるのも学園祭の数日後。


 ……それはバルマンの街が消滅した後だ。


 私が死んだ、と聞いたら、みんなどんな顔をするんだろう?


 悲しんだり泣いたりするのかな。

 それとも武人として冷静に事実を、受け止めたりするのかな。


 まるで想像できない。

 自分の死に対して、みんながどんな顔をするのか浮かばない。


 ああ……。

 もっと色んな行事と活動を、みんなと一緒に過ごしたかったな。


 沢山の苦楽を、皆と共にして。笑って、時には喧嘩して。

 悩んで、泣いたり、励まし合いたかったな


 ――――『学園のみんなと、また会いたい!』


 生きるための願望が、溢れ出してきた。

 そのためには、どうすればいいのか?


 知恵と力を、また教えてちょうだい、マリアンヌさん。


 ――――いや違う。


 解決策を導き出すのは、マリアンヌさんや、他の誰でもない。


 ――――この“私”がやるのだ。


(もうマリアンヌさんの力に頼るだけじゃない。マリアンヌ=バルマンとしての力を。“真紅の戦乙女”と呼ばれるようになる潜在能力を……ルートによっては『妖魔ヨームすら従えるラスボスの力』……生き残るために、“全ての力"を出すのよ、私!)


 ――――その時だった。私の身体の奥から。魂の奥底から、何か強烈な力が込み上げてきた。


 ……『全ての滅びと狂気の力を、今ここに』


 その悪魔のような声と共に、私マリアンヌは覚醒するのであった。

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