第50話覚醒

 マリアンヌ=バルマンは覚醒する。


 不思議な感覚だった。

 自分の身体が、自分ではない感じ。

 視点が頭上に浮かび、第三者のよう視点になっていた。


 室内にいるお父様は、私マリアンの変化にまだ気が付いていない。


 ――――そんな時だった。


「エドワード様、大変でございます! 城の正門が破られそうです!」

「そうか」

「このままで、この部屋も危険です! 是非、退避を!」


 伝令の騎士が傷つきながら入室してきた。

 報告を聞いて、お父様は静かにうなずく。


 遂に〝その時”がきたのだ。


 眼下に押し寄せる妖魔の大軍。

 バルマン城の正門が、もうすぐ打ち破られようとしていたのだ。


「私の力不足のため、バルマンの民、そして臣下には申し訳ないことをしたな……」


 お父様は “司令の間”からバルコニーに歩みだす。

 眼下の城の中庭は多くの者たちがいた。


 肩身を寄せて、怯えている避難して市民。

 必死で守ろうとする義勇兵の姿。


 妖魔との戦いには“降伏”の二文字はない。

 負けた方は皆殺し。

 無力な女子どもや老人が相手でも、妖魔は一切の容赦はしないのだ。


「兵たちも、よく耐えていてくれている」


 お父さまは中庭の先に視線を向ける。

 城の正門は激戦だった。

 必死で城門を守りにぬこうとする、バルマン兵と騎士がいる。


 ガガガガ……


 だが城の正門は妖魔の攻撃によって、痛いしい悲鳴をあげていた。

 正門が破られたなら、今度こそ一巻の終わり。


 妖魔の大軍は洪水のように、城内に乱入。無差別に殺戮を始める。


 皮肉なことにバルコニーからは、この街の終焉が見えていた。


「いよいよ終わり……か」


 お父様はなげいていた。

 〝バルマン”という名が、この地上から消滅する運命の残酷さ。領主としての無力さに、嘆いていたのだ。


 そんな寂しい背中の父に向かって、私は近寄っていく。


「お父様、まだですわ」(まだ終焉ではない)


「ん? マリア、どうした? お前は……何者だ⁉」


 私の顔を見て、お父様は目を見開く。

 何故なら今の私は、いつものマリアンではない。


 瞳が真っ赤に輝き、全身から得体の知らないオーラを発していた。

 その表情は明らかに正義の乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーではない。

 第三者視点で見ていた私にも分かる。


 ――――まるで妖魔ヨームの“ソレ”なのだ。


「大丈夫です、お父様。私はマリアン=バルマン。そして、これから行う“勝手”をお許しください」


 警戒する父に声をかけ、私は笑みを浮かべる。

 そのままバルコニーに出ていく。

 眼下には、絶望に沈みかけたバルマンの民がいた。


 このままでバルマンの全ての民と騎士兵士が、妖魔によって全滅してしまう。

 だから私マリアンは力を振るう。


「全てのバルマンの民に告げます!」


 バルコニーの上から、私マリアンヌは叫んだ。

 今の眼下は激戦の金属音と、怒声によって一人の少女の声など響かない。


 だが私の“全てのモノ”に届いていた。

 この視界に入る“全てのモノ”に対して、私が魂の声を届けていたのだ。


「皆の者よ。生き残るのです! 諦めることは、この私が許しません!」


 ザワザワ……


 突然の脳内に響き渡る少女の声。

 肩身を寄せていた市民は、何事かとザワつく。


「そしてバルマンの兵よ……いえ、バルマンに生を受けた者たちよ、戦うのです!」


 ――――その時だった。


 前線で戦っていたバルマン兵は、信じられない光景を目にする。

 押し寄せる妖魔の動きが、ピタリと止まったのだ。


 全ての妖魔は“何か”を見ていた。

 その視線にあるのは城のバルコニー。

 妖魔たちは一人の少女を見ていたのだ。


 そして兵たちも視線を移す。

 バルコニーで叫ぶ乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーに気がつく。


「あれは……マリアンヌ様……?」

「マリアンヌお嬢様が……?」


 彼らも気がつく。

 先ほどから頭の中に響いていた声の主。

 それは自分たちの守るべき存在なことに。


「全ての兵とバルマンの民に告げる! 今こそ、その蛮勇の力を振るうのです! バルマンの誇りと魂を胸に、妖魔共を薙ぎ払うのです!」


 瞳を赤く燃やした麗しき乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーから、命令が下された。

 その抗えない言葉に、バルマン兵は反応する。


「ああ……」

「ううぁ……」


 命令を聞き兵たちは身体を震わせる。

 つい先ほどまでは、折れそうなっていた勇気と希望。

 だが今は不思議な力が、全身から込み上げてきたのだ。


「あぁあああああ……」

「うぁあああああ……」


 今、兵の誰もが誓っていた。


 最後の一兵になろうとも戦う、と。

 この片腕がもがれようとも、残る腕で剣を振う、と。


 腕すら朽ちても、残る口と歯で、妖魔どもの喉元を食い破ってやる、と!

 自分の命が燃え尽きようとも、妖魔を駆逐してやる!


 ――――それは破壊の力であり、狂気の力だった。兵たちは雄叫びを上げる。


「ウォオオオオオ! 妖魔どもを血祭りに上げろ!! マリアンヌ様のために!」


「オォオオオオオオ! 最後まで血を流しつくせぇええ! マリアンヌ様に捧げるのだぁあ!!」


 狂気なまで興奮したバルマン騎士兵士。

 彼らは雄叫びを上げる。


 その姿は異様で異質。

 伝説の歌われる狂戦士バーサーカーの集団が出現したのだ。


「妖魔どもを皆殺しだぁあああ!」

「奴らの臓物を、マリアンヌ様に捧げるのだぁあ!」


 今の彼らには仁義も礼節、騎士道もない

 あるのは破壊と殲滅せんめつの衝動のみ。


「我らも続けぇええ!」

「妖魔どもに復讐をぉぉおお!」


 無力であったはずの市民も、狂気化していた。

 死体から武器をはぎ取り、前線に駆けている。


 破壊の戦士として、全てのモノが覚醒していたのだ。


「城門を開けろぉおお!」

「全ての妖魔どもを、駆逐するのだぁあ!」


 兵たちは守るべき城門を、自らの手で開門。

 尋常ならざる力で、妖魔の群れに突撃チャージしていく。


 今の彼らは破壊の尖兵。

 覚醒したマリアンヌの〝声”を受け、“破壊の戦士”と化。


 その戦闘力は人を超えていた。

 妖魔の大軍を、烈火のごとく切り裂さいていく。


『フロォオオ⁉』


 突然の反撃に、妖魔たちはおののく。

 全ての妖魔は混乱していた。

 マリアンヌの〝声”を受けて、妖魔の群れは大混乱に陥っていたのだ。


 ――――こうして狂戦士化したバルマンの者によって、反撃の狼煙が上がる。


「ああ……これで……」


 その光景を見て、覚醒したマリアンヌの意識と途切れる。

 バルコニーの上に倒れ込む。


「マリア! 大丈夫か⁉」


 咄嗟に支えてくれたのは、一人の騎士。お父様だった。


「お父様……?」


 私の意思は自分に戻ってきていた。

 先ほどまでの記憶が曖昧になっている。

 私は何をして、何を言ったのだろう?


「マリア、お前は、もしや……」


 私を見つめながら、お父様が何かを呟こうとしていた。


 ――――だが、その時だった。


「――――⁉ 危ない、マリア!」


 お父様は突然叫び、腰の剣を抜く。

 私を守るように防御の体勢に入る。


「えっ、お父様……?」


 突然のことで何が起きたか理解できなかった。

 私の前に立つお父様、身体から大量の血を流している。

 “何かの攻撃”から、私をかばってくれたのだ。


「くっ……ぬかったわ。この部屋の結界を、破ってくるとは、キサマ……上級妖魔の亜種か?」


 お父様の血を流しながら、剣先を室内の奥に向ける。

 剣先には一体の妖魔がいた。

 いつの間にか部屋の結界が破られていたのだ。


「あれは槍の……妖魔?」


 妖魔は真紅の槍を持っていた。

 そうか……あの槍で、お父様の身体を貫いたのだ。 


『見つけた。我らが神の器よ』


 槍の妖魔は無機質な声を発する。


 こうして異質な妖魔に襲撃を受けるのであった。

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