第43話:家臣の説得

 多くの状況情報から私は、一つの事実を導き出す。


「この城が、バルマンの街が〝何者”かに狙われております!」


 なんの個人的な感情を入れず、私はその事実だけを、お父様に冷静に告げた。

 先に反応したのは 執務室にいた家臣団たち。


「『狙われている』ですか? はっはっは……お嬢も冗談も上手くなりましたな!」


「確かに。だが、これも成長の証かもしれませんな!」


 彼らは冗談だと受け取り、軽く笑い飛ばす。

 悪意はないので、本当に冗談と思いっているのだろう。


 信じてもらえなかったか。

 でも、これも想定内。


 なぜなら客観的に見て、突拍子ないことを言い出したのは、素人の私の方。

 一方で彼らは歴戦のプロたち。

 バルマン家に仕えていた忠義の将で、戦況に関しては自分の何倍の経験を持つのだ。


 だが私は構わず、説明を続けていく。


「〝敵”は早くて本日中には、このバルマンの城に到達するでしょう。至急、対策が必要ですわ」


 家臣団を無視している訳ではない。

 とにかく今は時間が無いのだ。


 早く対策を打たないと、バルマンの街が滅んでしまう。

 私が導き出した情報では、事態は急を要していたのだ。


「『本日中』ですか、お嬢? ですが、このバルマンを攻め落とせるほどの他国の敵勢は、この周囲には存在しておりませんぞ⁉」


 無視されたと思った家臣の一人。強い言葉で、反論してくる。



 彼は歴戦の武人。

 なおかつバルマン軍では情報統制を担う者だ。


 “バルマンの耳”とも言われ、このバルマン領内の情報。

 いや大陸中のあらゆる情報を、いち早く知り得る者だった。


 だからこそ私の仮説に、ここまで強く反論してきたのだ

 “バルマンの周囲に、それほどの軍勢は存在していない”と、強い言葉で説明してきた。


「いえ、相手は敵国軍でも、諸侯軍でもありません。おそらく、そう……“人”ですらないモノたちです。これを見てちょうだい」


 でも私は冷静に答える。

 テーブルに並べ直した書類を、一個ずつ結び付けながら、家臣団にも分かる様に説明していく。


 今のバルマンの周囲には、色んな策略と陰謀が起きていると。 

 “何者か”がバルマンから主力騎士団を引き離し、更には様々な策を張り巡らせて、今日という期を狙っていたことを、端的に説明していく。


「こ、これは、まさか……」


「ば、バカな……」


 理論的な説明を聞いて、家臣団は言葉を失う。

 ようやく気が付いたのだ。


 彼らはバルマン侯爵家が誇る歴戦の騎士であり、また優れた指揮官でもある。

 情報さえ整えてあげれば、すぐに気がついたのだ。


 ……『このバルマンが〝巨大な権力を持つ何者”かによって、滅ぼされようとしている』という、残酷な現実に。


「ふう……よくぞ、これに気がついたものだ、マリアよ」


 無言を貫いていたお父様が静かに口を開く。

 先ほどの親バカな父(パパ)ではない。

 バルマン侯爵家の当主たる真剣な表情をしていた。


「マリア、この事態に、いかが対応すべきだと思うか?」


 この窮地をどう脱するべきか。父は訪ねてきた。


「はい、お父様。状況からみて、こちらを上回る完璧な戦力をもって、敵は攻め込んでくるでしょう。ここは籠城の構えで相手の戦力を図りつつ、援軍への文(ふみ)を出し、時をみて挟撃するのが、定石かと思います」


 何者かがバルマンへ攻め込んで来ることは、私には予測はできていた。

 だが相手の戦力はまだ分からない。


 城門の外の平原で迎え撃つのは、危険であると判断したのだ。

 恐らくは相手の作戦は奇襲。

 だから万全の体勢を整えて、その裏をかく作戦だ。


「うむ、分かった。私も同じ考えだ」


 お父様は静かに頷き、目を細めた。

 そして執務室にいた家臣団に、厳しい顔を向ける。


「さて皆の者、すでに理解しているだろう。どこぞの不届き者が、このバルマンを狙っている。何が攻めてくるかは、まだ断定はできない。だが、これだけは決定している。これは戦(いくさ)である! 皆の者、戦の準備じゃ!」


「「「はっ! 承知!」」」


 バルマン侯爵の宣言に、部下たちは勇猛に声をあげる。

 先ほどまでの疑念の情は、今の彼には一切なかった。  


 彼らは既に信じていたのだ。

 乙女指揮官(ヴァルキリア・コマンダー)である私マリアンヌの、今回の状況推理を信じてくれたのだ。


 家臣団は部屋を飛び出し、一斉に動きだす。


「戦の鐘を鳴らせ! 街の城門も緊急閉鎖しろ! 敵はいつ来るとも限らんぞ!」


「全騎士団および市民兵に、緊急召集を出せ!」


「近隣諸侯と、出ているクラウド様に早馬を出せ!」


 バルマンの城内に、怒声にも似た声が飛び交う。

 誰もが声を張りあげ、甲と剣を手に取る。


(戦が……本当の戦に、なっちゃうのね……)


 こうしてバルマンの街は、戦場へと化すのであった。

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