第44話作戦会議
――――何者の軍勢が迫って来る。
バルマンの城下街は騒然としていた。
「全ての城門を閉じろ!!」
「市民兵は詰所へ急げ!」
「火気の使用を禁ずる!市民は屋内にて待機せよ!」
バルマン城で鳴り出した戦の鐘。
非常事態宣言が町中に出されていたのだ。
非常事態宣言。
籠城戦を前提にしており、兵役に義務がある全市民が、徴兵される緊急事態だ。
一般市民は一切の自由は行動を禁止。
自宅や避難場所で、待機を義務となっていた。
かなり厳しい軍則にも思える。
それ故にこの非常事態宣言は、滅多なことでは発動はされない。
数百年の栄華を誇るバルマンの歴史の中でも、発動されたのは過去に一回だけ。
百年前に妖魔(ヨーム)の大軍に滅ぼされる寸前まで追い込まれた、その一度だけであった。
そのためバルマン城内も騒然としている。
「エドワード様、城内の配備は完了いたしました!」
「城下および外壁への配備も完了!」
「援軍を求める早馬と、伝書鳩も出しました!」
私マリアンヌのいる“司令の間”には、伝令兵が次々と入れ替わりに報告にくる。
バルマン侯爵である父エドワードが、彼らに指示していた。
「さて。これで籠城戦の準備は、ほぼ完成といったところか……」
高台にそびえるバルマン城。最上階にある“司令の間”からは、城下に広がるバルマンの街を一望できる。
その街の様子を見つめながら、お父様は静かにつぶやく。
「さすがお父様ですわ。まさかこれほどまでに早く、戦闘配備が終わるとは」
想像して以上の迅速さに、私は思わず言葉を失う。
私が執務室で、“敵”の襲来を訴えてから、まだ数時間も経っていない。
だが既に籠城の準備は、ほぼ終わっているのだ。
(凄すぎるわ……本当に、これは)
中世風世界の情報伝達は遅く、軍の召集にはかなりの時間がかかる。
だから異常なまでの迅速さ。
いくら魔道具や魔法的なシステムがある世界でも、今回のことは規格外の迅速さ。
恐ろしいまでのバルマン家の練度と、綿密な統治システムなのだ。
「マリアよ。不測の事態に対する訓練と投資は、このような日のために行う。よく覚えておくのだ」
私の驚きを見抜き、お父様は教えてくれる。
バルマンでは多額の資金を投入して、定期的に軍事訓練を行っていた。今回のような有事に、対策をしていたのだ。
説明する父の眼光は鋭い。
いつのも親バカな父(パパ)ではなく、武人バルマン侯爵エドワードの眼差しだ。
お父様はテーブルに地図を広げ、信頼する家臣団を集める。
「さて、“敵”はどうくる? いや、もう、妖魔(ヨーム)と断定してもよいだろう。
現在バルマン領の近隣には、人の軍勢はいない。
だから強襲してくるのは、
「定石であれば行軍しやすい、西の街道から攻めてくるかと……」
「いや、最近では北の辺境でも、妖穴(ヨーケツ)が活性化していたと……」
地図上で家臣たちは、様々な推測を立てる。
これまで彼らが培ってきた、武人として経験。それに加えて大陸随一といわれるバルマン家の情報収集の力。
色んな経験と情報を統合して、
「なるほど、そうか。では、マリアよ。お主はどう考える?」
最後にお父様は、私に意見を訊ねてきた。
乙女指揮官(ヴァルキリア・コマンダー)である私の見解を聞きたいのであろう。
「それではお答えします、お父様。まずは『妖魔(ヨーム)は妖穴(ヨーケツ)からしか湧いてこない』……その常識を、今は忘れた方がいいかと思います」
私は自分の考えを述べる。
ファルマの街で、謎の妖魔(ヨーム)兵の襲われた時のことを例にする。
「つまり
妖石(ヨーセキ)を使った謎の魔方陣。
場所を選ばずに妖魔(ヨーム)を転移させる、謎の技術が存在しているのだ。
法術に特化した騎士団長が、そんな私に反論してくる。
「ですが、マリアンヌ様。その報告は我々も聞いておりますが、魔方陣で召喚できる妖魔(ヨーム)の数には限りがあります」
彼らの調べによると、
つまり一カ国が所有している妖石(ヨーセキ)程度では、百体ほどの
私の時のように少人数への、暗殺や奇襲には効果はある。
だから騎士団長は、今のバルマンの戦力では、それほど危険はないと述べてくる。
もちろん、その情報は私も知っていた。
だから別の可能性を騎士団長に伝える。
「たしかに“一カ国の所有量”では危険はありません。ですが“一カ国”ではなかったら、どうですか?」
「えっ……マリアンヌ様? どういう意味ですか?」
「そうです。それなら、もう少し分かりやすく説明いたします。ハンス! 大陸で最も多く妖石(ヨーセキ)が保管されている場所、その貯蔵数はいくつ?」
「はい、お嬢様。約十万個の妖石(ヨーセキ)が"一か所”に保管されております」
帝国内でも最高機密である正確な数字。
後ろに控えて若執事ハンスが、私の教えてくれる。
「聞きましたから、皆さま。それだけ石があれば、大量の妖魔(ヨーム)兵を召喚できますわ」
「バ、バカな! その"一か所”は、帝都の"地下大聖堂”ではないですか、マリアンヌ様⁉」
他の家臣の一人が、声を荒げて私に反論してくる。
十万個の妖石(ヨーセキ)が大量保管されているのは、帝都の"地下大聖堂”だと。
大陸でも随一の警備が厳重な場所なのだ。
しかも保管庫の鍵は、普通の者では解除できない。
帝国の最高権力者である皇帝ですら、それらを持ちだせないと、反論してくる。
「そうですわね。でも、この世でたった一人おりますわ。"地下大聖堂”の封印の鍵を持つ者が」
「「「な⁉ ま、まさか……」」」
私の言葉に、家臣団の誰もが言葉を失う。
賢明な彼は、今回の黒幕の正体に気が付いたのだ。
「ま、まさか今回の黒幕は……」
「きょ、教皇だったのか……」
「我らがバルマン家を、滅ぼそうといるのは……」
教皇が総べる聖教会は、大陸で最大の団体。
そのトップである教皇が今回の首謀者
聖なる鍵守護者(キーパー)であり、大陸の裏の最高権力者の教皇。
私マリアンヌの推測が間違っていなければ、この者が今回の黒幕なのだ。
「さて、時は来たようだぞ、皆の者よ」
やり取り見守っていたお父様が、静かに口を開く。
その視線は窓の外に向けられている。
家臣団もつられて、視線を窓の先のバルマン平原に向ける。
――――そこには異様な光景があった。
「あ、あれは
「おい、あっちの方角も見てみろ!」
「ば、ばかな。全ての方角から、
見晴らしの良い“司令の間”。
ここから見える四方の光景に、誰もが言葉を失う。
バルマンの街の外は、いつの間にか取り囲まれていた。
尋常ではない妖魔(ヨーム)の大軍によって、完全に包囲されようとしていたのだ。
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