第42話ターニングポイント
バルマン城の敷地内にある、実家の屋敷に到着した。
「お父様、ただいま戻りました!」
「おお、マリアよ! よくぞ帰ってきた」
到着の知らせを聞いて、お父様は屋敷の玄関で温かく出迎えてくれる。
しばらく離れていた一人娘との再会。
かなりの親バカっぷりで、痛いくらいにハグハグしてくる。
お父様……バルマン卿は年齢的には、もう中年だ。
だが、金髪碧眼(きんぱつへきがん)の整った顔立ちのイケメン中年で、全身にも覇気もある。
きっと若い頃はモテモテな美男騎士だったに違いない。
そういえばお母様……マリアンヌさんのお母さんも、肖像画を見た感じだと絶世の美女。
生前は夫婦で美男美女カップルだったのだろう。
そんな優秀な二人から生まれた私マリアンヌも、客観的に見ても顔立ちは整っている。
……『おお、この器量なら学園でもモテモテじゃん!』
と転生記憶が覚醒した直後の私は、そう心躍っていた。
ファルマ学園に入学したら、同学年の美男騎士にチヤホヤされる、と密かに期待していた。
でも同学年の美男騎士は、未だに私に近寄って来ない。
ヒソヒソと視線を感じつつも、一年騎士は誰も私に話すらかけてこないのだ。
よく考えると、どうしてだろう?
外見的には私マリアンヌは悪くはない。
家柄的にも上級貴族の第一令嬢で良物件。
バルマン家は特に悪い噂も聞かない。
お父様もこんな感じで、人当たりはいいから政敵もいないはずだ。
となると原因は中身(わたし)が原因……なのかな?
何しろ中身の私は、平凡な日本の女の子。
コミュニケーション能力が低く、ヒドリーナさんが居なくなったら詰むセミ一人(ぼっち)だ。
今のところ普通に話せる男子は、ラインハルトやジーク様しかいない。
うーん、こうして考える、これは改善点だな。
とりあえず学園祭での出し物を、大成功に終わらせて、セミ一人(ボッチ)を無事に卒業しよう。
もしかしたら流れで、男性の友だちもできるかもしれない。
よし!
その為には学園祭まで間に合って戻るのが、絶対条件だ。
今回の立ち合いの儀も、スピーディーで終わらせて、馬車で学園に戻ろう。
お父様を見ながら、そんなことを考えていた。
「? どうしたマリア。具合でも悪いのか?」
「……いえ、感動をかみしめておりましたわ」
妄想に浸っていた私を心配して、お父様が声をかけてくる。
ここは家族愛に溢れる娘の対応で、不審に思われないようにしないと。
「おお、そうか! ならばゆっくりしていけ。学園長へは私が文(ふみ)を出しておこう!」
「ありがとうござい、お父様。ですが私(わたくし)は今度の学園祭で、重役に就いております。急いで戻ります」
親バカ権力を発揮しそうなっている、お父様をなだめる。
気持ちは嬉しいけど、今回の帰郷は時間との勝負だ。
あっ、そんな寂しそうな顔をしないで……お父様。
次回の夏休(サマーバケーション)にはゆっくり戻ってきますので。
「そうか、それなら仕方がない。書状は明日の昼には、到着するという話だ」
お父様の説明によると、私の立ち合いが必要となる皇帝からの書類は、明日にでも届くという。
その開封に私とお父様が立ち合う。
同行している執政官と、簡単な儀式的を済ませたら後は終わりだ。
そのスケジュールでも時間的には余裕がある。
帰りは普通の馬車の速度でも、学園祭に間に合う。
それならバルマン土産も用意して、ヒドリーナさんやクラスの皆の持っていってあげよう。
むふふ……これでみんなの好感度が上がるかもね。
ハンス、全員分の土産の手配をしておいて!
こんな感じで、私は余裕をもって実家に帰って来られた。
いきなりの帰郷命令がでた時は驚いたけど、頑張ればなんとかなるものね。
◇
でも予定は少し狂ってしまう。
次の日の午後を過ぎても、皇帝からの書状を持った執政官が、バルマン城に到着しなかったのだ。
「“情報”によりますと、一日遅れるそうです」
お父さまの部下が報告にきた。
「うむ、それでは仕方があるまい」
執政官の乗った馬車の車輪が壊れ、約束の今日に間に合わなかったらしい。
今は街道沿いの宿場町で修理中。明日には到着する話だ。
うんうん、事故なら仕方がないよね。
私も急いでいるけど、学園祭にはまだ余裕があったから許してしんぜよう。
◇
だが次の日も、またおかしなことが起きた。
執政官が今日の午後も、到着しなかったのである。
「“情報”によりますと、また一日遅れるそうです」
今度は執政官が急に体調を崩して、間に合わなかったのだと。
それでも体調は回復していたので、明日には到着するであろうという話である。
うんうん、体調不良なら仕方がないよね。
私も急いでいる。
でも、帰りは高速モードで馬車を飛ばしたら、まだ間に合うから大丈夫。
「あと……些細なことですが城下で、“また”おかしな報告が何件か……」
部下の人は続いて、別の報告をお父様に告げている。
執務室の中で私も一緒に聞いているけど、内容的は本当に些細なことである。
街の人が飼ったペットが、突然一斉に逃げ出した。
街の外のある麦畑が枯れた……とか、本当に些細な内容である。
だがバルマンを治める父は、こういった全ての報告をするように、部下に徹底させていた。
……『マリアよ。本当の真実とは、些細な情報の中にある』お父様が以前の口にしていた、その言葉を思い出す。
だが今回は特には何もない、普通の街の情報らしい。
だからお父様は軽く頷きながらも、後日に調査官を差し向ける指示を出す。
それらは本当に些細な情報だった。
その場にいた、他のだれが聞いても。
――――バタン!
私の中で変な音がした。
まるで棒が立ったような男だ。
「あら……?」
思わず声を発してしまう。
とても“嫌な感じ”がしたのだ。
「どうしたマリア。顔色が優れないが、具合でも悪いのか?」
心配したお父様が、声をかけてくる。
私は青い顔をしていたのであろう。
「お父様、申し訳ありませんが、少しお願いがあります」
嫌な予感……違和感がある私は、お父様に頼む。
この数日にバルマンの城下から報告された、全ての書類を見せて欲しいと。
「ああ、構わないぞ。だが、どうした?」
「もう少し調べてから、答えますわ、お父様……」
多くの書類に目を通していく。
人の出入りの報告書や、市民からの陳情書。
は炎竜(サラマンダー)騎士団の出陣依頼書。
皇帝のサインの入った、今回の立ち合いの指示があった事前の文(ふみ)。
全ての情報を調べていく。
「これも、少しおかしいわ……こっちもそう……」
全ての情報を大きなテーブルに広げ、“違和感”の正体を探す。
何気ない日常のパズルの中から、正解を探すよ作業だ。
「どうした、マリア? そんな厳しい顔をして」
私はよほど真剣で、そして怖い表情になっていたのであろう。
いつになく心配そうな声で、お父様が声をかけてくる。
でも、それすらも、今の私の耳には届いていなかった。
この“違和感”の正体を見つけようと、必死で集中していたのだ。
(“何か”がおかしい……)
自分の中にある不思議な力ちからと、マリアンヌさんの知識が最大級の警鐘を鳴らしている。
(何かが、起ころうとしている? このバルマンに?)
学培ってきた知識を総動員させて、その原因を探り推測する。
乙女指揮官(ヴァルキリア・コマンダー)としての戦術や、策略学の全てをフル稼働。
幼いころから帝王学として叩き込まれてきた、マリアンヌさんの記憶を呼び覚ます。
この世界と帝国の歴史、人物学を繋げていく。
特にバルマン家に関係あること情報は、徹底気に繋げていく。
そして最近の経験。
ファルマの街で、この私が体験したこと。
妖魔(ヨーム)に襲われた日のことを、今回のことに照らし合わせて、つ“違和感”の正体を探す。
(あっ! そうか。そういうことだったのか!」
――――ついに見つけた。“違和感”の正体を。
「お父様、大変でございます」
乱雑に並べてあった無数の書類を整頓し、順列に並べて直す。
今回の緊急事態を理論的に、父に説明するために。
「この城が、バルマンの街が〝何者”かに狙われております!」
これが今回の結論。
何者かが偽造書類で、バルマン家から主力騎士団と切り離す。
同時に偽造書類で、私とお父様を、この城に釘付けにしていたのだ。
市民からの何気ない情報も、これから起こる大事件の前触れだったのだ。
(くそっ……もしかしてさっきの変な音は、死亡フラグの旗の立つ音だったの⁉)
先ほど私の脳内響いた〝バタン”という音。
マリアンヌさんの直感が、“違和感”から察知した“死亡フラグ”だったのだ。
(つまり、このままじゃ……私は死んじゃう⁉)
こうしてバルマンの街と私に、かつてきな危機が迫っていたのだった。
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