第41話領地に到着

 

「マリアンヌお嬢さま、バルマンの街が見えてきました」


「ようやくですわね」


 故郷であるバルマン領内に、私たちの乗った馬車が入る。

 数日前にファルマの街を出発して、強行軍にも近いスケジュールだった。


「お嬢さま、お身体の方は大丈夫ですか?」


「もちろん。こう見えても鍛えているのよ、ハンス」


 普通の貴族馬車ではあり得ない速度で、ここまで街道を進んできた。

 中世的な馬車の揺れによる疲労は大きい。


 だが学園での厳しい訓練の成果があったのであろう。私自身には特に疲労は残ってはいなかった。


「何とか間に合いましたわ」


 強行軍のお陰で、日数的には余裕ある到着だ。

 更にはハンスの道中での手配で、トラブルも無くスムーズで帰郷できた。

 心の中で彼に感謝する。


「懐かしのバルマンね」


 遠目に見える街の城壁と、その奥にあるバルマン城の尖塔のシルエット。

 懐かしさがこみ上げてくる。


 マリアンヌさんの十数年の記憶が、今の私と混じっているから、なんか不思議な感情だ。


 まあ、最近ではマリアンヌさんと、私は一つの身体で仲良くしている。

 自分も寂しい時は、彼女(マリアンヌ)と心の中でお話もできるから『私たちは二人で一人!』みたいな感じだしね。


 えっ、危ない人みたいだから、それは他の人には言わない方がいい……と?

 そ、そうだったわね……気をつけないとね。


「それにしてもバルマンの街……領内の雰囲気が、前と少し違いますわね?」


 街に近づくにつれて、私は何か違和感があるのだ。


 なんだろう……領民たちがバタバタ慌ただしいというか、バッと台風が過ぎ去った感じ。そんな感じだ。


「話によりますと、炎竜(サラマンダー)騎士団が遠征に出た後だと……」


 若執事ハンスの情報では、バルマン侯爵家の主力騎士団が、妖魔(ヨーム)退治へ出陣したという。

 その影響ではないかと。


 騎士団の遠征ともなれば、領内にいる騎士と乙女指揮官に召集がかかる。

 領内は慌ただしくなるものだ。


 ふむふむ、そうことか。


「炎竜(サラマンダー)騎士団ということは、クラウドお兄様が率いていったのかしら?」


「はい、そのようであります」


 ハンスの情報によると、私の推測は当たっていた。

 それにしてもクラウドお兄様が率いて行ったのなら、妖魔(ヨーム)退治も大成功で終わるであろう。


 えっ、『お兄ちゃん』なんていたのか? って。

 そういえば言っていなかった……ような。


 そう、私マリアンヌには血の繋がった兄が、一人いた。

 名前はクラウド・バルマン。


 兄は凄腕の美男騎士であり、バルマン家が誇る炎竜(サラマンダー)騎士団の団長でもあった。


 年齢は私よりも二歳ほど上で、本来ならまだファルマ学園の三年生である。


 だが既に卒業の儀を、飛び級で済ませて正規騎士となっていた。

 “飛び級卒業”を果たした逸材の騎士なのだ。


 自分の兄ながらクラウドは凄い騎士である。 

 騎士としての能力は、伝統ある学園史上でも随一。指揮官としても部下からの信頼も厚い。


 "完璧(パーフェクト)騎士(ナイツ)”の二つ名の通りに、非の打ち所がない完璧な騎士。

 そしてもちろんイケメンである。


 私の記憶が覚醒する前のマリアンヌさんにとって、この世で尊敬できる数少ない人物の一人だ。


 うん、格好いい優れたお兄ちゃんって、やっぱり誇らしいよね。

 私は前世に兄はいなかったから羨(うらや)ましいものだ。

 今世ではそんなお兄様ができて嬉しい。


 あれ……?

 でも、そんなクラウドお兄様には、ここ最近しばらくは会っていなかった。


 最後に顔を合わせたのは確か……"私の記憶が覚醒した”次の日だったはずだ。バルマン家の屋敷の朝食会場で。


 でも、そういえばその時のおクラウド兄様は、なんか変だったような。

 私の顔を見てギョッとして、何かに驚いていた。


 あんなビックリ顔をしたお兄様の顔。

 マリアンヌさんの記憶にも無かったほどだ。

 それからは兄とは顔を合わせていなかった。


 そして今回の帰郷中でも、兄に会えないかもしれない。

 クラウドお兄様は炎竜(サラマンダー)騎士団を率いて、妖魔(ヨーム)退治の遠征に出ているのだから。



「お嬢さま、街の正門に着きました」


「あら……」


 ハンスの声で、意識を馬車の外に向ける。


 いつの間にか目の前には、堅牢なバルマンの街の城壁が迫っていた。

 奥にある小高い丘には、我が家でもあるバルマン城が見える。


「懐かしの我が家に帰って来たのですね……」


 久しぶりの帰郷に思わず心がホッとする。

 でも、気をつけないと。


 気を引き締めて気合いを入れなおす。

 ここでの用事を速やかに済ませて、私は学園に急ぎ戻るのだから。


「では、城へ参りましょう」


 街の正門を顔パスでくぐり抜け、馬車は進んでいく。


 ――――これから待ち受ける、残酷な罠にも気がつかずに。


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