第24話新しい風習

 騎士ラインハルトとジークフリードの登場に、お花見会場はざわつく。


 何故なら彼ら二人は普通の騎士ではない。

 《蒼薔薇騎士(ブルーローゼス・ナイツ)》と呼ばれるエリート騎士なのだ。


 ファルマ学園に入学している美男騎士は、全学年で約数百人。

 その中でも蒼薔薇騎士(ブルーローゼス・ナイツ)に入団できるのは、一握りの才能ある者たちだけ。


 剣技や法術、礼節に人格。

 あらゆる分野で優れた者だけが入団できる、最強の騎士団。

 それが“蒼薔薇騎士(ブルーローゼス・ナイツ)騎士団”なのだ。


 そんなエリート集団の中でも、彼ら二人は更に特別な存在。

 入学当初の試験から優れた成績をおさめ、異例の飛び級で“一年生入団”に成功していたのだ。


 “騎士ラインハルトと騎士ジークフリードは大陸の宝”


 多くの関係者が絶賛する、将来有望な騎士たちなのだ。


 ――――そんな二人のいきなりお花見会に登場。


 “大物令嬢二人の対立に、どんな決着がつくのか?”


 遠巻きに見ていた令嬢たちは、固唾(かたず)をのんで注目していた。


 ◇


 私マリアンヌと公爵令嬢エリザベスさんが、対立する最中。

 ラインハルトとジーク様が乱入してきた。


「ん? マリア。そんなところ突っ立って、皆で何しているんだ?」


「よく見ろ、ライン。マリアンヌたちは、今は取込み中だろうが」


「ん? そうなのか?」


 幼馴染ラインハルトは首を傾げながら、更に私に近づいてくる。

 “壁ドンの射程圏内”に、私をロックオンしてきた。


 うっ……相変わらず近いんだから、この人は。


 それにしてもラインハルトは、“空気を読まない系”なのかな?

 こんな緊迫した状況に、割って入ってくるなんて普通ではない。


 ゲームをプレイしていた時は、ラインハルトは自己中心的なオラオラ系キャラ、だと思っていた。


 でも、こっちの世界のラインハルトは少し、印象が違う。

 強引さにKYが足された感じなのだ。


 その証拠にジーク様は、普通な行動をしている。

 クールな感じで、私とエリザベスさんとから距離をとっていた。


 でも視線は氷のように鋭い。

 私のことをジッと観察しているみたいだ。


 ――――そんな時、急に震えた声を出す人がいた。


「ラ、ラインハルト様⁉ こんにちわですわ」


 えっ?

 この声は、エリザベスさんだ。


 さっきまでのキツイは口調。

 でも今は一瞬で豹変(ひょうへん)して、何か女の子っぽい口調になっている。

 なんか可愛い声だ。


「ラインハルト様は、この方、マリアンヌ……様と、お知り合いなのでございますか……?」


「おっ、エリザベスもいたのか。こいつはオレの幼なじみでマリアだ」


「“マリア”……の愛称ですか⁉ それに“幼なじみ”だったのですか、ラインハルト様の……⁉」


 エリザベスさんの声は、何故かぷるぷる震え始める。

 私の顔とラインハルトの顔を、交互に見て言葉を失っていた。


「なぁ、マリア! オレ様たちは幼馴染なんだよな!」


「ええ、一応は、そうでございますね、私たちは」


 死亡フラグの可能性が高い、ラインハルトとはあまり仲良くしたくない。


 でも、こうした状況なら令嬢として受け答える必要もある。

 あまり視線を合わせないように、適度に答える。


 ん?

 あれ、周りの令嬢たちの視線が、何かおかしくなっているぞ?


 ラインハルトとジーク様を見つめながら、皆の瞳がピンクのハートになっているのだ。


 あっ、そうか。

 この二人の騎士は、学園内の女子に異様に人気がある。


 だから周りの令嬢たちは、目をハートにしているのだろう。


 ん、あれ? 


 エリザベスさんの瞳も、ハートになっているのかな?

 ラインハルトのことを、ジッと見つめている。


(もしやエリザベスさんは、ラインハルトのことを……⁉)


 まさかの公爵令嬢様が、オレ様なラインハルトに片思い中?


 まぁ、でも放っておこう。

 人様の恋愛には首をツッコまないのが、私の信条だから。


 ――――ん、でも待てよ⁉ これは使える!


 そんな時、私は閃(ひらめ)いた。

 この窮地を脱出する好機(チャンス)だと。


 終わりの見えない、この対立構造な女同士のにらみ合い。

 解決するために、ラインハルトにひと肌脱いでもらおう。


 ふう……よし、マリアンヌモードを発動だ。


「エリザベス様、先ほどは大変失礼いたしました。お詫びといってはなんですが、よかったら、皆さんでお花見をしませんか? もちろん、“ラインハルト様”やジーク様も一緒に?」


 ラインハルトの名前を強調して、私はエリザベスさんに提案する。

 喧嘩を止めて、ここで一緒に花見をしないかと。


「ラ、ラインハルト様と、私が一緒にですか……⁉」


 エリザベスさんは驚きながらも、顔を赤く染め、喜びの表情を浮かべている。


「おっ、マリア。それはいいな!」


 ラインハルトも私の提案に、賛同してくれている。

 よし、これで第一段階は成功だ。


「だが席がないぞ、マリアンヌ?」


 ジーク様の的確なツッコミが来てしまう。


 うーん、たしかに。


 この場で空いているのは、四人がけの小さなテーブルだけ。

 場所はあるけど椅子が、明らかに人数には足りていない。


 一緒に花見をするのは状況的に。私とヒドリーナさん、ラインハルトとジーク様。

 それにエリザベスさんと、取り巻きの先輩が四人。


 全部で九人分の席が必要になる。

 他の席は埋まっているし、どうしたものか?


 ……“まさか何も考えずに、提案していたのか?”


 そんな疑問の視線が、ジーク様から飛んでくる。

 これは早く解決しないと。


 うー、でも、どうしよう。

 大人数でも椅子がいらない、花見の方法は、何かないかな?


 ――――あっ、そうだ!


 ナイスアイデアが浮かんできた。

 皆に伝えよう。


「私の故郷バルマン領では、昔は“このように花見の宴を楽しんでいた”と言い伝わっておりまわす。皆さんも、いかがですか?」


 みんなの視線が集まる中、私は新たなる花見の席を設ける。

 自分の持っていた野外用マントを、足元に敷き、そこに座る。


「えっ……地面に座るなど、なんて無作法な……」


 取り巻きの子が小さくつぶやく。

 常識的に貴族にあるまじき、下賎(げせん)な行為であるのだ。


「そうかもしれません。ですが、こうすると、満開のファルマの花を、いろんな角度から見ることができますのよ?」


 地面の上に敷いたマントにお嬢様座りをしながら、私は頭上で満開に花開くサクラの花を見つめる。


 うん……素晴らしい眺め。


 やっぱりこの低い視線が、私的には一番しっくりくる。


 豪華な貴族椅子の上からではなく、前世のようにより地面に近いこの視線が心地よい。


「おっ、これは確かに⁉ マリアの言う通りだ! ちょっと来てみろよ、エリザベス! それにジークも! ここからの花は最高だぞ!」


 私の真似をして、ラインハルトはマントを敷いて座り込む。

 行動が早い。


 そして唖然(あぜん)としている二人を、強引に誘う。


「ラ、ラインハルト様が、そこまでお勧めするのでしたら、私(わたくし)も……」


「なるほど。これは悪くないな」


 それは不思議な光景だった。


 公爵令嬢であり、王族の親戚筋にもあたる令嬢エリザベス。


 エリート集団“蒼薔薇騎士(ブルーローゼス・ナイツ)”のラインハルトとジークフリード。


 そんな三人が庶民と同じように、地べたに敷きものをして、笑顔で花を愛でていたのである。


「おい。そこで突っ立ってないで、お前たちもどうだ?」


「……ラインハルト様が、そう仰(おっしゃ)るのならば、私たちも……」


 ラインハルトは取り巻き軍団も、強引に誘う。

 彼女たちも野外マントを敷いて、地面に座り出す。


「ヒドリーナさんは、こちらへどうぞ」


「ありがとうございます、マリアンヌ様!」


 私は隣にヒドリーナさんを誘う。 


 何かよく分からない状況になってきた。

 でも、せっかくの花見会なんだから、皆で楽しまないとね。


 ――――そして“その流れ”は一気に、周囲にも広がっていく。


 ……「おい、我々も真似してみるか?」


 ……「いいな、のった!」


 ……「エリザベス様とマリアンヌ様、楽しそうにですわね……」


 ……「あら、それなら私(わたくし)たちも、習いましょう」


 ……「そうですわね」


 輪はどんどんと広がっていく。


 今まで椅子に腰をかけていた騎士と令嬢たち。

 彼らも真似をしてマントや布地を、地面に敷き花見を始めていく。


 誰もが最初は戸惑い、遠慮しながら。


「「「おお……この眺めは!」」」


 戸惑いは、すぐに感動へと変わっていった。


 初めの視界からの〝ファルマの花”の美しさに、誰もが言葉を失っていたのだ。


 地面での花見会には、高価な紅茶セットやテーブルはない。


 だが邪魔な物がない分だけ、隣の人と距離が近い。


 誰もが新しい花の魅力に感動して、仲間たちと感動を共有していたのだ。


 ◇


 これは後日談である。


 後日、ファルマ学園に新しい風習が生まれた。

 椅子やテーブルを撤去して、地面の敷き物から花を鑑賞する、新しいスタイルが流行していったのだ。


 この時が、長い伝統あるファルマ学園の風習が、変わった歴史的な瞬間だったのだ。


 ◇


 だが、この場にいた者たちは、心から花見会を楽しんでいた。


(うん、やっぱりサクラの花見は、こうじゃなくちゃね!)


 誰もが心から楽しんでいた光景に、私の心はほっこりしていた。

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