第23話緊迫状態

 

 ファルマ学園のお花見メイン会場に、気まずい空気が流れていた。


 本来なら今日のこの場は、年に一度のめでたい花見会。

 満開の“ファルマの花”……サクラのもとに、誰もが幸せな気分になれるイベントだ。


 だが、そんな花見の会場の空気が、ピーンと張りつめていた。

 原因は特等席であるテーブルを巡る言い争いだ。


 一見すると、どこにでもあるような些細(ささい)な言い争い。


「ごめんあそばせ」「いえいえ、こちらこそ失礼いたしました」


 普通ならそんな事が済む、些細なこと。

 だがこの場で対立している両者に、今回は大きな問題があったのだ。



 片方の者は『公爵令嬢エリザベス』


 帝国貴族の最高位である公爵家、長女である彼女は“ファルマの女帝”とも呼ばれ、学園の中でも有数の派閥を有していた。


 本来の強気な気質と、生まれ持っての王家親戚の血筋。

 エリザベスに逆らう者は、学園内にほとんどいない。


 万が一でも彼女の機嫌を損ねたら、大変なことが起きる。

 喧嘩を売った当人にはもちろん、その両親までどんな悪影響が及ぶか、誰も想像もできない。

 それほどまでに帝国内で公爵家の地位は、他の貴族とは一線を画す、絶対的な権力を持っていた。



 ――――だが今回の場合、もう片方の令嬢にも問題があった。


 彼女の名は『バルマン侯爵家のマリアンヌ』


 そう、帝国の“裏三役”を代々任せられ、帝国中の貴族に恐れられている“あの”バルマン家。

 その令嬢だったのだ。


 また彼女自身も学園内では、別の意味で注目を集めていた。

 《顔合わせ会》のパーティー会場で鮮烈なデビュー、花見会場にいる令嬢たちの記憶にも新しい。


 彼女の学園内での別名は《真紅血(クリムゾン・レッド)のマリアンヌ》。


 不敵な笑みを浮かべならが、自らドレスに赤ワインをかけた猛者。

 更に見事な演説で、その場にいた者たちの心を掴んだ驚異の新入生だ。


 そんな学園内の二大令嬢がトラブルを起こしていた。


 “ファルマの女帝”エリザベスと “真紅血(クリムゾン・レッド)”マリアンヌ。


 存在感のある両者のにらみ合いに、周囲の貴族令嬢たちは息をのみ注目してしたのであった。


 ◇


 ああああ!

 やってしまったよ……。


 私は公衆の面前で、上級生に刃向かってしまったのだ。

 しかも今も絶賛継続中で、対立中。


 先輩であるエリザベスさんと、私はにらみ合っている。


 互いに無言で目を逸らさず。

 ぞくにいう“ガンのつけ合い”という危険な状況だ。


 私はマリアンヌさんの地力を借りて、相手に負けじと精いっぱいの眼力で、視線を逸らさないようにしている。


 そんな自分の迫力に気圧され、先ほどまでうるさかった令嬢軍団も、今は静まり返っている。


 あと周囲のテーブルで優雅にお茶会をしていた生徒たちも、今は手を止めて遠巻きにこちらに注目してくる。


 先ほどまで優美なBGMを演奏していた楽団の人たちも中断。

 今は無音状態でかなり緊迫状態だ。


 ああ……やっちゃったなー。


 私は改めて少しだけ反省。

 親友であるヒドリーナさんの名誉を守る為、と私がブチ切れちゃった。

 でも喧嘩をうった相手が、今回は悪かった。


 目の前で凄い形相で私を睨んでいる先輩令嬢、エリザベスさんは、"公爵令嬢”だったのだ。


 前にも説明したかもしれないけど、この世界での貴族の階級は上から順に、次のよう感じだ。


 ――◇―――◇―――


 王族


 ――――超えられない壁――――


 公爵:エリザベス先輩


 ――――超えられない壁――――


 侯爵:私

 伯爵:ヒドリーナさん、相手の取り巻きの人たち

 子爵

 男爵


 ――◇―――◇―――


 ざっと大まかに、こんな感じ。

 貴族といっても、ある程度の順位がある。


 そんな中でも"公爵家”は、別次元に最上位の権力を持っていた。

 他の侯爵以下の貴族と違い、彼らには王族と親戚関係で権力も強大だ。


 ちなみに私の家のバルマン侯爵家も、貴族の中ではけっこうな上位。

 でも公爵家に比べたら、象とパンダ、ダイヤと鉄、みたいな感じかな。


 えっ、今回の例えが分かり辛い? 

 まあ、とにかくこの世界の常識では、絶対に勝てない相手なのだ。


 だから私マリアンヌのパパにも厳しく言われていた。

 ……『公爵家の縁(ゆかり)ある令嬢と、トラブルを起こしては絶対にだめだ!』


 それを思い出したのは、今なんだよね。

 本当にどうしよう……。


 ◇


「マリアンヌ様……」


 ヒドリーナさんが不安そうに、私のドレスの後ろをギュッと握ってくる。

 なんか心配かけちゃってごめんね。


 でも本音を言うなら、今でも後悔はしていない。

 ヒドリーナさんを貶(けな)した、この上級生たちを許せなかったから。


 もしも公爵家から権力的な圧力がきても、大丈夫だからヒドリーナさん。

 私一人で罪を被ってでも、貴女のことを守るから。


 うーん、でも、この後はどうなるんだろう?

 正直なところ、どうやって、この場の"落としどころ”を見つけようかな。


 ついカッとなって啖呵(たんか)を切ってしまったけど、後のことをぜんぜん考えてなかった。


 ここまで緊迫した感じだと、「謝ってください!」と言って「はい、申し訳ありませんでした」では終われなそうだ。


 それに相手の反応も不気味。

 エリザベスさんは真っすぐに、私を見つめてきている。


 最初は彼女も他の取り巻きの人たちと同じように、顔を真っ赤にして激怒していた。


 でも今は怖いくらいに、冷静さで怖い顔になっている。

 私の真意を見抜くように、鋭い視線で見てくるのだ。


 “この人はできる”……そんな感じの強いオーラである。


 私マリアンヌは気が付く。


 エリザベスさんは"公爵令嬢という地位に甘んじているだけの、嫌な上級生”ではない。

 乙女指揮官(ヴァルキリア・コマンダー)として学園で厳しい訓練に、耐え抜いてきた強者なのだ。


 ――――そんな時だった。


「おっ、いたぞ!」


 更なる乱入が、お花見会場にやってきた。


「よう、マリア。ようやく見つけたぞ! ん? お前、そんなところ突っ立って、皆で何しているんだ?」


「よく見ろ、ライン。マリアンヌたちは、今は取込み中だろうが」


 颯爽(さっそう)と現れたのは、長身の美しい青年たち。


「ラインハルト……様、それにジーク様も?」


 私の幼馴染である“壁ドンオレ様”ラインハルトと、“氷の貴公子”ジークフリード。


 さわやかな春風と共に、私の窮地に登場したのであった。

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