第22話お花見でトラブル

 

 ファルマ学園は三学年制度だ。


 現代の学校とは違い、ここは年齢による規則はない。

 入学時の年齢にも規定はなく、同級生が年下だったり逆もある。


 慣例的には騎士や乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダー才能ある子は、十四、十五歳くらいになると、ファルマ学園に入学する。


 入学してから三年生間、厳しい訓練や勉学の日々。

 卒業後は大陸の守るために、各地へ巣立ってゆくのだ。


 確率的に貴族や武家の家に、騎士と乙女指揮官(ヴァルキリア・コマンダー)の先天性な才能ある子は生まれる。

 それ故に学園には貴族・令嬢が多く通う。


 基本的に学園には入学している間は、生徒たちは皆平等である。

 身分や年齢・性別に関係なく生徒は、大陸の平和を守るために切磋琢磨して、互いに技と力を競い合う。


 ――――だが"学年”に関して例外であった。


 学園内では上級生に対して、ある程度の礼節を重んじるように、教師から教えられている。


『下級生は上級生を敬い、また上級生は下級生を守るべし』


 これは学園の創始者の教えの一つである。

 故に学園の中では、暗黙の規則(ルール)があった。


 “上級生には逆らってはいけない”


 狭い廊下では上級生に対して、そっと道を譲り、席も譲る。


 そう――――学年による上下関係は、この学園には確かに存在していたのであった。


 ◇


 そんな上級生の令嬢軍団に、ヒドリーナさんは取り囲まれていた。


「エリザベス様の席なのよ、そこは! 分かっているの、貴女(あなた)⁉」


「これだから無知な新入生がいる新学期は、憂鬱(ゆううつ)なのよね!」


 彼女を取り囲んでいるのは、怖そうな上級生の貴族令嬢の軍団。

 全部で五人くらいかな。


 なんで上級生と分かるかといえば、身につけている"色布しきふ”が違うから。

 この学園では令嬢に制服はなく、私服のドレスが制服代わり。

 "色布しきふ”よって学年が判別できるのだ。


 うん、確かに近くで見ても、あの軍団は上級様だ。


 それにしても、いったい何が起きているのであろうか?


 私が一人で散歩に出かけていたのは、ほんの数分の短い時間。

 その間にこの状況になったのだ。


 よし、他の野次馬令嬢たちの話を聞いて、情報を仕入れてみよう。


 ……「何でもあそこは、"あの”エリザベス様の特等席という話ですわ……」


 ……「噂では、あの騒動は、何も知らない新入生に対する、毎年の恒例とも……」


 ……「巻き込まれたドルム家の彼女も可愛そうに……」


 遠巻きにひそひそ話をしている、令嬢の皆さんの解説では、こんな感じだった。


 なるほど。

 どうやら、あの席は空席だった訳ではなく、先約があったらしい。


 それを知らずに私たちが座ってしまった。

 今はヒドリーナさんが言いがかりを、受けている最中なのであろう。


 しかも毎年恒例のドッキリ、イジメみたいな感じなのかな、これ? 

 なんか分からないけど、陰険な罠だ。


 それにしても、こんな嫌らしい罠に引っかかるなんて、私たちは運がない。

 今日はラッキーデーだと思っていた、数分前の自分が恥ずかしい。


 今、攻撃を受けているのは、今はヒドリーナさん。

 前回に引き続き、さすがは“トラブルメーカ”なのかもしれない。

 凶星の運命の下に生まれた彼女だ。


 おっと、ボーっとしてないで、ヒドリーナさんを助けに行かないと。


 ここは穏便に過ごすために、令嬢軍団に素直に謝って、違う席に移ろう。


 私は意を決して、ヒドリーナさんに近づいていく。


「遅くなりましたわ、ヒドリーナ様」


「マ、マリアンヌ様……! す、すみません、この席は……」


「どうやら私(わたくし)たちの、早とちりだったようですわね。さあ、別のテーブルに移動しましょう」


「うっ……マリアンヌ様……」


 近くに来て見ると、彼女は真っ青な顔をしていた。

 原因は令嬢軍団からの、異様な圧力だろう。


 上級生のお姉さま方は、近くで見るとかなり迫力がある。

 みんな豪華に着飾っているし、あと目つきとかも少しキツイ。


 ヒドリーナさんは腰が抜けている感じだ。

 でも早くここから撤収しないと。


 彼女のトラブルメーカ体質だと、更なる事件が起こりかねない。


 ヒドリーナさんを立たせるのを、手伝ってあげよう。

 よいしょっと。


 ――――そんな時、向こうのリーダー格風な令嬢が、私の存在に気がつく。


「あら? 今来た、あちらの方はどなたかしら?」


 この令嬢は……確か周りから『エリザベス様』と呼ばれていた人だ。


 直接、私に尋ねずに、周りの取り巻きの人たちに聞いている。

 なんか、かなり風格がある人だ。


 それにしても『エリザベス』?

 うーん、どこかで聞いたような名だ。


 しかも彼女は、かなり上級な貴族の令嬢なのだろう。

 着ているドレスやアクセサリーも、他の軍団メンバー段違いに高そうだ。


「エリザベス様、あちらの方は、バルマン侯爵家の……“あの”マリアンヌ……様でございます」


「“あの”……真紅血(クリムゾン・レッド)の令嬢?」


「はい、そうでございます……エリザベス様」


 ん?

 なんか上級生たちはこそこそと小声で、私のことを噂しているのかな。


 アノとか意味深だ。

 それに真紅血(クリムゾン・レッド)とか、聞こえたような気がするけど?


 いや、それよりも今は退避することが先決。


「さあ、ヒドリーナ様。一緒に皆様に謝って、向こうの席に行きましょう」


「マリアンヌ様がそう仰(おっしゃ)るのであれば……」


 立ち上がったヒドリーナさんは、深く息を吸い込む。

 令嬢軍団に向かって、謝り始める。


「上級生の皆さま、この度は無知とはいえ、この席をとってしまい、まことに申し訳ございませんでした……」


 ヒドリーナさんは席を譲り、上級生たちに謝罪する。

 私も合わせて一緒に謝る。


 なんか悔しいけど、ここで波風を立てても仕方がない。


 なんといっても今日は花見会。

 めでたい席なんだし、この後は気分を切り替えていこう。


 ヒドリーナさんも、早くここから離れて、別の場所でワイワイ楽しみましょう!


 ――――だが、そんな謝った後だった。


「あら? お逃げになるのですか、ドルム家のお嬢さま?」


 この場から去ろうとするヒドリーナさんに、向こうのリーダー格……エリザベスさんが挑発をしてくる。


 わざと挑発した口調だ。

 うわ……なんか本当に面倒くさいな、この人は。


 でも我慢だよ、ヒドリーナさん。

 ここで相手の挑発にのったら、こちらの負けで。


 何しろ相手は上級生。

 こんな公の場で上級生に逆らったら、今後が大変になる。


 私とヒドリーナさんの学園生活に、支障をきたしてしまうのだ。


「うっ……」


 よし、ヒドリーナさんは耐えてくれた。

 はやく、ここから離れよう。


 ――――だが相手は追撃を仕掛けてきた。


「あら、これだけ言われても、何も言い返してこないのね? さすがは“び伯爵”として有名な、ドルム伯爵の娘さんであること。オッホホホ……」


 ヒドリーナさんのことに関して、エリザベスさんは何か馬鹿にしてきた。

 合わせて取り巻きの人も嘲笑している。


 とても嫌な感じだ。

 でも我慢だよ、ヒドリーナさん。


 それにしても“媚(こ)び伯爵”って、何のことだろう?


 ――――あっ! もしかしてヒドリーナさんのお父さんのことを、今馬鹿にしたの⁉


 そう思いながら、視線を隣にむける。

 ヒドリーナさんは、涙を流していた。


 軍団に気がつかれないように、令嬢扇で顔を隠しながら泣いている。

 身体を小さく震わせて、口元を食いしばっていた。


(ああ……ヒドリーナさん……)


 彼女は悔しい涙を流していた。

 自分の愛する父親、ドルム伯爵のことを、侮辱されても我慢していたのだ。


「オッホホホ……それなら“媚(こ)び令嬢”というのはどうかしら、あの子の新しいあだ名は?」


「流石です、エリザベス様!」


 そんなヒドリーナさんに対して、相手は更に口撃をしてきた。

 言ってはいけない言葉で。


 そんな時だった。


 ――――ブチン!


 私の頭の中で“何か”がキレた音がした。



「上級生の皆さま、今の言葉を訂正して下さい!」


 キレてしまった私は、振り返る。

 令嬢軍団に向かって、強い言葉と叩きつける。


「「「えっ…………」」」


 突然のことに相手は絶句する。

 凍り付いたように静まっていた。


「ダ。ダメです、マリアンヌ様! あちらにいらすエリザベス様は、公爵家の令嬢様で、王族の御親類の……」


 キレてしまった私を、ヒドリーナさんが止めにかかる。


 そうかエリザベスさんは公爵家の令嬢だったのか。

 だからヒドリーナさんのも我慢していたんだね。


 でも先に言っておく。

 ヒドリーナさん、ごめんね。


 ここは譲れないし、許せないの、私は!

 絶対に退く訳にいかないのよ。


「今すぐヒドリーナ様に謝って下さい! 彼女と、そして大事な家族を、あざ笑った事に対して!」


 私はこの身がバカにされることは、いくらでも我慢できる。


 でも、仲間の……大事な親友であるヒドリーナさんを、泣かせたことは、絶対に許すことはできない。


 例え相手が公爵家の令嬢だろうが、王族の親戚だろうが、絶対に。

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