第21話優雅なお花見へ
ファルマ学園の春の一大イベント《ファルマ学園お花見会》。
私たちは会場入り口に到着。
そこで咲き誇っていたのは、見慣れた染井吉野(ソメイヨシノ)だった。
「サクラ……」
到着した馬車から降り立ち、満開の花を目する。
まさかの光景に、私は動けなくなってしまう。
急に目の奥から熱い液体が、溢れてきた。
「マ、マリアンヌ様……お涙が……」
「お嬢さま、ハンカチをどうぞ」
えっ? あれ?
もしかしたら、私は泣いちゃっていたのかな……。
それにしても、なんで泣いちゃったんだろう、私は?
この満開の“ファルマの花”……咲き乱れるソメイヨシノの桜の花を、間近で見たら、自然と涙がこみ上げてきたのだ。
なんか胸が苦しくなって、目頭がじんじんと熱くなっちゃった。
――――ああ、そうか。
もしかしたら感極まっちゃったのかもしれない。
こっちに来てから、初めて目にした桜を見て。
あっ……ヒドリーナさん、そんな心配そうな顔をさせちゃって。ごめんさない。
もう大丈夫だから。
あとハンスも、ハンカチありがとう。
なんか皆に心配かけちゃったね……わたし。
でも今いっぱい泣いたら、スッキリしちゃった。
きっと知らずに溜めこんでいたモノが、ぜんぶ出せたのかも。
この異世界に来たことで、私が前世の家族や友達に、きちんとお別れもできなかった、後悔や悲しみとか感情が。
ふう……でも、もう大丈夫。
私マリアンヌは涙を乗り越えて、こうして復活した!
あっ、ハンスのハンカチに、鼻水をズーって出して大丈夫かな?
じろり。
あっ、やっぱりダメよね……貴族令嬢としては。
よし、本当に復活だ。
「ヒドリーナ様、ハンス。心配をおかけしました。さあ、参りましょう!」
「マリアンヌ様……はい、喜んで」
本気で心配してくれたヒドリーナさん、顔はパッと明るく戻る。
ハンスは一瞬だけ安堵の笑顔。
でも、いつもの冷静な顔になる。
みんな本当に心配かけちゃってごめんね。
さて、いこう。
満開の桜に負けないくらいに、私も満面の笑みになってきたよ。
さあ、いざ行かん、仕切り直して、お花見会へ。
◇
お花見会のメイン会場にたどり着いた。
会場は異様な光景が広がっていた。
……「こちらの茶葉は父上さまが、遠く異国から取り寄せたものですわ……」
……「あら素敵ですわ。ではこの当家秘蔵のお茶菓子を……」
……「ほら、ファルマの楽団の演奏も、そろそろはじまるようですわ……」
貴族令嬢たちが沢山いる。
満開の桜の花を見ながら、野外で令嬢を嗜んでいたのだ。
うーん、凄い。
いろんな意味で圧巻な光景である。
普段のこの“花丘(フラワー・ヒル)”は、自然が溢れる小高い丘。
だが今日だけは華やかに変身していた。
華やかなドレスを着込んだ令嬢たちが、いたる所でお茶会をしている。
もちろんビニールシートを敷いて、あぐら座りの花見会ではない。
高そうな椅子や丸テーブルが、至る所に設置されている
令嬢たちはそこで、優雅にお茶を嗜(たし)んでいる。
ひと言で説明するなら、“野外ティーパーティー”だ。
それにしても、これだけの数の椅子とテーブルは、どこから持って来たのかな?
よし、若執事ハンスに聞いてみよう。
ふむふむ、えっ⁉
年に一回のこの花見会の為だけの、特注のテーブルなの、これ全部⁉
そう言われてみれば本当だ。
椅子の装飾品には"ファルマの花”が彫られている。
つまりお花見会でしか使わない専用機なのだ。
ものすごく贅沢なお金の使い方。
でも、この学園の財力と豪華さに驚くのは、今に始まったことではない。
何しろ変なとこはゲームしているからね。
経済概念とかは、気にしないでおこう。
よし、それじゃ私たちも、お花見を楽しもう。
「マリアンヌ様、あちらのテーブルが、ちょうど空いておりますわ」
「そうですわね。それではあそこに座りましょう、ヒドリーナ様」
自分たちの座る椅子を探していたら、ちょうどいい場所が見つかった。
頭上には純白のソメイヨシノの桜が、見事に咲き乱れている席。
更には会場のど真ん中という事もあり、絶好のお花見ポジションだ。
かなりラッキーな場所が空いていたものだ。
少し遅れて来たから、場所取りの心配をしていたから、本当によかった。
もしかしたら今日の私は運がいいのかもね。
「それでは座りましょう、マリアンヌ様! ああ、なんて素晴らしい席!」
「そうでわすね。これも日頃の行いのお蔭かしら、ヒドリーナ様の」
「あら、マリアンヌ様のお蔭ですわ」
そんな感じで、二人でオッホホホしながら着席する。
うーん、それにしても、本当に絶好のお花見スポットだ。
何でもこんな良い場所なのに、誰も座ってなかったんだろう?
もしかしたら前の人たちが急用で、先に帰った跡だったのかな?
それだったら空いていたのも納得できる。
ん?
でも周りのテーブルの令嬢たちから、何か視線を感じるかな?
まっ、いつものことなので気にしないおこう。
「では、お嬢さま方の紅茶を、取って参ります」
「ええ、よろしくお願いします、ハンス」
会場内には臨時カフェコーナーもある。
執事ハンスが飲み物を取りに行ってくれる。
あっ、ハンス。
甘くて美味しいお茶菓子も、一緒に持ってきてちょうだい。
できれば、三人前……いや四人分の菓子を!
じろり。
ご、ごめんさない。
そうね。昨夜も食べ過ぎて、今日のドレスはギリギリだったね、私は
うっうっ……お菓子は一人前だけで我慢します。
「それにしても綺麗なお花……ヒドリーナ様、私(わたくし)、ちょっとお散歩してきてもよろしいですか?」
「はい、もちろんですわ。私(わたくし)は席の番をしておりますわ」
紅茶を待っている間、ちょっと一人で散歩に行くことにした。
本当だったらヒドリーナさんも誘って、二人行けばいいのかもしれない。
けど、懐かしのこの桜の光景の中を、なんか一人で歩きたくなっちゃったのだ。
満開の桜の中を、私は一人で歩いていく。
「いい香り……」
散歩していると頭上から、ソメイヨシノの香りが風にのり流れてくる。
自分が忘れていた、この懐かしい匂い。
マリアンヌさんの身体では、生まれてはじめて体験する、サクラの香りだ。
こうして桜を眺めていると、不思議な感じがする。
純白の桜の花に、隙間から見える青い春の空。
そして聞こえるのは、春の到来に心躍らせる笑い声とざわめき。
まるで故郷の公園を散策している……そんな錯覚におちいる。
ひと時だけのタイムスリップした感じだ。
あっ、でも、大丈夫だよ。
もう、さっきみたいに泣いたりしなんだから。
私はマリアンヌとして、この世界に目を向けて、ちゃんと生きていくって決めていた。
何しろこっちの世界は最高。
私は貴族令嬢だし、それにイケメン揃いの美男騎士もたくさんいる世界だ。
ん?
さて、そろそろ戻ろうかな。
紅茶もできた頃だし、ヒドリーナさんも一人だと寂しいと思う。
この学園でたった二人のお友だちだからね、私たちは。
◇
ゆっくりと周囲の桜を眺めながら、ヒドリーナさんの待つテーブルへと戻る。
ん、あれ?
戻る席を間違えたかな?
そう思うほどに、ついさっきとは違う光景であった
「ヒドリーナ様?」
戻ろうとしたテーブルには、留守番のヒドリーナさんがいた。
どうやら自分の間違いではないようだ。
でも彼女の周りには沢山の人がいて、異様な光景だった。
先ほどはとは違う、ピリピリした雰囲気なのだ。
「なぜ、"その席”に座っているのかしら? どういうこと、貴女!」
「見ない顔ね。一年生かしら? 無知も大概にして欲しいわ、まったく!」
ヒドリーナさんは取り込まれていた。
なんか怖そうな上級生の貴族令嬢の軍団に。
これはマズイ雰囲気だぞ……何が起きているんだ?
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